乾杯は湯呑み茶碗で「そういうことじゃあないんだよね」
形の良い眉を潜めてマルチは言った。
今日も当然のごとく客がいない駒刃寿司のカウンターに頬杖を付いて、手元の野菜ジュースを啜る。
「ボクが聞きたいのは、何でエクスはバードをチームメイトに選んだかってことで、二人が出会ったエピソードじゃないんだよ」
「そんなこと言われても……」
チームとしてスタートしたオレたちだけど、まだお互いに知らないことは多い。今後の配信のネタになるかもしれないからと、オレとエクスがチームを組んだ成り行きを訊かれたのだ。
確かに有名なチームの意外な結成秘話とかはよくテレビで取沙汰されているし、かつてのライバル同士がワンチームになったとかは話題性がある。あのズーガニックもキングがチームメイト選抜のオーディションを行ったとかどこかで聞いた。チームペルソナにもそんなドラマがあればと思ったのだろう。
「ボクがチームにスカウトされたのは分かるよ。エクスには負けちゃったけど強いし人気もある。むしろボクを選ばないなんて損だよね」
この自信とプライドの高さ。でもマルチは自他共にそう評されるだけの実力と実績がある。何より、それらを得るために常に努力しているのを目の当たりにしているので全然嫌な感じには聞こえない。
それはさておいて。
エクスがオレをチームに誘った理由か……うーん……
「オレのチームが解散になっちゃって路地で落ち込んでたら……突然声を掛けられたんだ」
これ以上も以下もない。
そもそも「何で」なんて深いことをあいつは考えて行動するだろうか。
大体あいつがマルチを勧誘した理由だって「実力と人気があるから」ではなく「面白いから」が主な理由である。……これはマルチに言わないでおこう。
「うーん、バードにビビッと運命的な何かを感じた、とか。隠された強さを見抜いた、とかなら盛れたんだけど」
「悪かったな、隠されたものがなくて。てか、エクスに直接訊けばいいだろ」
ちなみにエクスは昼飯を食べてからふらっとどこかへ出掛けていた。冥殿さんは何かの仕入れ、タイショーさんは少し腰が痛いからと別室で休んでいる。オレとマルチだけで店番を任されていた。
……なんで二人だけの時にこんな話を振ったんだろう。
「エクスに聞いて、まったく大した理由が無かったら申し訳ないと思って」
「…………」
オレ自身が一番それだと思ってるので自分の名誉の為にも黙る。なけなしの、でもあるにはあるんだよ。
まあ、この程度の軽口では今さら傷ついたりしないし、マルチも別にオレを貶そうとしてる訳じゃないのは分かってるから、むくれつつも適当に無視して自分で淹れたお茶を飲む。
「バード、ボクにもお茶淹れてくれる?」
「はいはい」
マルチからの頼みに席を立つ。厨房は好きに使って良いと言われてるし、客が来る気配はないからもう少しのんびりしてても怒られないだろう。……お昼時を外してるからと言って、この店の閑古鳥具合は大丈夫なんだろうか。
「はい、お茶。熱いから気をつけて」
「ありがと。……こういうとこ、ベイ以外ならバードってけっこう気が利くよね」
「ベイ以外は余計だ」
「ごめんごめん」
他愛のない会話、遠慮のない軽口を交わしあえる距離感。最近、この関係がとても心地良いものだと気がついた。
いつも適切な言葉を遠慮なく言ってくれるチームの皆には感謝してもしきれない。
『もう楽しくなくなってたんだよ、お前とベイをしても』
ふと、かつてのチームメイトの痛い言葉が胸を霞めた。
もっと早く言ってくれていたら、なんて思うのは傲慢だ。
オレ一人が突っ走って、あいつらをちゃんと見てなかった。気まずげでも、どこかホッとしたように諦めの台詞を吐いていた二人の顔は忘れられない。
『おまえ、ベイの才能ないよ』
同じ意味合いの言葉なんてマルチにもスポンサーの二人にも日常的に言われてるのに、痛みを伴って思い起こすのはあの時のものだけだ。
外野から何を言われたとしても、ベイを砕いた石山に言われても、オレは諦める気なんてなかった。チームメイトからの「オレを諦めさせる言葉」だったから。
新しいチームはこのシティ中で次々と生まれている。それこそ感動的な結成話はそこら中にあるだろう。そして、毎日のように解散していく。そこにもきっとそれぞれの理由があって。
ふうふうと息を吹き掛けながら湯呑みをゆっくりと傾けているマルチを見る。
今、ここでこうしてるのが奇跡みたいだと素直に思った。
「……なあ、マルチ」
「んー?」
「最初は偶然だったかもだけどさ、マルチとエクスとチームになれてオレは最高に幸せだよ」
そう本心を伝えて笑って見せれば、マルチは湯呑みを置き、虹が掛かる黒い瞳でじっと見返してきた。良いこと言ったつもりなのに、思っていたどれとも違う反応でたじろぐ。
「な、なに? マルチさん」
「……案外、そういうとこなのかな。エクスが君を選んだ理由」
「え?」
「やっぱりこの路線はパスだね。過去よりも未来! 感動的な結成秘話よりも、次のバトルでの演出を考えた方が有意義だ」
マルチはスッキリした顔で湯呑みを掲げる。
「?」
「チームの未来を願って乾杯といこうよ」
「あ……、ああ!」
コツン、と寿司屋の厚い湯呑みは大した音はでなかったけど。それでも、よりチームらしくなれた気がした。
「エクスが帰ったらもう一度やろうぜ」
「その時は動画撮るからね。チームペルソナの決起集会編とかで流すから」
「エエエ……苦手なんだよな、カメラ」
「情けないこと言わないの。日頃から撮られるとこに慣れといてね、リーダー?」