帰り道の幸せ いつもの冥殿さんからのお使いの帰り。マルチが修行に出ているからエクスとバードの二人だけでお使いに出かけ、二人とも重たいエコバッグを手に下げてた。どういう勘が働くのか、こういう時に限ってテンカは駒刃寿司に現れない。
五分後には忘れてしまうだろう、適当なお喋りを楽しみつつ、二人は肩を並べて歩く。人通りが多いスーパーマーケット付近では仮面X選手に握手を求める列が出来ていたが、そこを離れてしまえば時折車が横を走るだけの閑静なビル街の歩道だ。エクスのことをXではなく本名で呼びながら気楽に歩く。
エクスが「手がしびれてきた」とわざわざ呟いてバッグを持っている手を右から左に移した。
バード側の手が空いたことに気付き、「手を繋ぎたいな」と、なんともなしに、唐突に、そんな思いがバードにふっと降りてきた。
歩みを止めないまま、じっとエクスの手を見つめる。
でも、こういう時にどう切り出していいか分からない。自分もエクス側の手をさりげなく空けたけども、すぐそこにある無防備な手に、どうしたら自然と伸ばすことが出来るのだろうか。
「──らしいんだけど、バードはどう思う?」
「へ?」
一人で悶々と考えていたせいで話を聞き逃していた。手を狙っている相手から名前を呼ばれてひっくり返ったような声が出てしまった。
「あれ、聞いてなかった?」
「ご、ごめん。ちょっとぼーっとしてた。何て言ったんだ?」
「えっとね、タイショーさんから今日の夕飯についてなんだけど」
他愛のない話が再び続く。切り替えなくちゃ、そうは分かってても簡単に邪な念はなくならない。自分自身を誤魔化すためにも声を少し大きめにして、前から思っていた話を切り出した。
「そ、そういえば、こうして買い物にエクスと来るのも恒例になってきたけど、車とかないし結構大変だよな。荷物が少なそうな日とかは今度から交代にするか?」
「えー、一緒にいったほうがいいよ。一人だとつまらないし。それに」
エクスはへらっと笑う。
「バードと一緒ならお使いも楽しいからさ」
バードはその言葉に胸がキュッとなった。
やっぱり手を繋ぎたい!
意を決して少し手を動かしてみる──でも、やっぱり恥ずかしくて、エクスの手を掠めるだけになってしまった。当然、エクスに気づかれた。
「ん? バード、どうしたの?」
「え、いや、なんでもない!」
慌てて誤魔化したが、エクスは少し考えて、
「まさか、手を繋ぎたいとか思ってる?」
「えっ!?」
真っ赤になって否定できないでいると、エクスがあっさり自分の手をバードの手に絡めてきた。エクスの意外と大きくて温かい手の感触。さっきよりも近くにエクスを感じてバードの鼓動は早くなった。
「バードが凄くドキドキしてるの、手からも分かるね」
と、得意げにエクスは笑った。
「……お前こそ」
あいにく仮面のせいで彼が今どんな顔をしているか分からない。けれども、掌を通してエクスのドキドキが伝わってきて、バードは照れつつ小さく笑った。
お使いの帰り道に手を繋ぐ、たったこれだけのことで勇気が要って、そしてこんなにも幸せな気持ちになれて。
やっぱり今後もお使いは一緒に行こう、そうバードは決めたのだった。