愚者の宴席「りょはーん!」
「あはははははは!」
力任せに抱きついてくる大きな体。すっぽりと露伴を腕の中に収めた男は、服の上からでもわかるくらい体温が高かった。その熱い背中に手を回し、露伴も抱きつく。
「ふふふ、なんらよ」
「しゅきっ!」
子どもみたいにそう言った男は、露伴のこめかみに唇を押し付けた。それを受けて、露伴も陽気に笑う。
「ったく、仗助も露伴先生も酔っ払い過ぎだぜ」
「でも、普段はあんな風に仲良くすることなんてないし、ちょっと微笑ましい気がするよ」
「そうかぁ? 俺なら男に抱きつかれるのはゴメンだぜ」
戯れる酔っ払い二人を見つめる友人の目はあたたかい。それもそのはずで、露伴は抱きついてきている男、東方仗助とは犬猿の仲である。あくまでも、表向きは。
「ぼくもすき」
「へへへ」
露伴が戯れにそう言えば、完全に酔いの回った仗助が照れたように笑う。この明るい酔っ払いは、酒が入るとこうやって近くの人間にベタベタ抱きつくのだ。初めての飲み会でそれを目にして以来、露伴は仗助の隣に座るようにしている。
「ほーんと、酒っつーのは恐ろしいよなぁ……本心とは全然違う風になっちまうんだから」
「この光景、覚えてたら二人共頭を抱えそうだよね」
仗助は露伴の頬に何度もキスをしてくる。それを受けて、露伴はふざけて触れるだけのキスを返した。
「ああっ……ちゅーしちった……」
「さっきからしてるぞ、おまえも」
「そっか。なら、しよ」
あっと友人たちが声を上げた。しかし露伴はそれには気づかないふりで、唇が重なるのを受け入れる。そのまま舌を突っ込まれても気にしない。むしろ望むところである。
「写真撮っとこうぜ、康一」
「いやぁ、さすがに悪趣味だよ」
「でもよぉ、舌突っ込んでキスしてたなんて、ぜってえこいつら信じねえぜ」
そんなことされなくても覚えてる。露伴は仗助の首に腕を回し、その体を引き寄せた。深くなるキスにくらくらする。こんなの、まともな状態ではありえない。
「ぷは……はははは!」
「ふふふふふ」
顔が離れたところで笑い合う。しかし、露伴は内心泣きたかった。酔ったふりをして、こうやって仗助と接触するしかない自分が情けないからだ。
「ほら、二人ともその辺にしましょ」
「あっ仗助のやつ寝ちまったぞ」
散々騒いだ酔っ払いは、居酒屋の座敷に転がって寝息を立てている。露伴は冷えた頭でそれを見つめた。
露伴は、ざるである。どれだけ酒を飲んでも酔うという感覚がない。だから、酔ったふりも出来るのだ。
「すかたん」
ぺしっと仗助の額を軽く叩く。しかし、健やかな寝顔に変なはなかった。
こんな奴を好きになってしまったせいで、ずっと苦しい。こんなことをしたって何にもならないのに、気持ちの伴わないキスにだって胸が高鳴ってしまう。
「露伴先生、ウーロン茶飲みます?」
「ん」
親友の頼んでくれたアルコールの入っていない飲み物を口にする。露伴にとっては酒も水も大差ない。しかし、酔いを醒ますという儀式のためにそれを口にした。
あと一時間もしたら先ほどまでの出来事は忘れなければならない。好きな人の体温も唇の感触も、全ては酒の見せた夢である。
「はあ」
馬鹿馬鹿しい。しかし、どうしようもない思いを抱える露伴は、他に気を紛らわす術を持たないのである。