クリスマスは逃げられない「メリークリスマース!」
掛け声とともに手に持ったクラッカーを鳴らしたのは、人気モデルの東方仗助である。クリスマスイブに突然告知された配信は、どうやらどこかのホテルからのようだった。バルーンや花で装飾された背景から、かなり念入りに準備がされていたのがうかがえる。
「直前に告知してごめんね。すげー急に予定が空いちゃったからさ」
仗助は景気よくシャンパンを開け、手酌でぐびぐびと飲んでいる。そのあまりの勢いに、コメント欄には喜びの声だけでなく心配も多く並んだ。
「酒が心配……? いやー、全然酔っ払わないからへーきっスよ。んー、むしろ酔えないっつーか」
喋りながら仗助はあっという間に一本目のシャンパンを空にした。二本目のコルクを開けながら、仗助は流れてくる質問に答えている。
「一人ですか? 一人ですよー。じゃなきゃ配信とかしねーし。へ? あー、その割に後ろが気合は入ってる……確かに。まあ、色々あるんスわ」
再びシャンパンに口をつけ、仗助は突然真顔になった。
「みんなは仕事? それとも家からっスか? 俺は、ホテルなんだけどさー、ここ半年前から予約してたんだわ。好きな人と来てーなーって」
深いため息を吐いて、仗助は俯いた。そして、しばらく顔を上げない。仗助は、「好きな人」がいることを公言している。付き合ってはいない、片思い中の相手である。打ち明けることもできず、ただひたすら思っているというのはファンには知られた話だった。
「半年だぜ。散々勇気が出ねーってうだうだ悩んで、覚悟決めるために予約して、一緒に泊まれなくてもここに誘うために告白しよって思ってたのによぉ」
顔を上げた仗助は完全に目が据わっている。コメント欄は先程体追えないほどのスピードで流れていた。
「誘う前に知っちまったんだよ、あの人別の用事があるって。仕事のパーティーなんだと。おかしいだろ、なんでクリスマスにパーティーすんだよ! 出版社空気読め」
どうやら、仗助の「好きな人」は出版社のパーティーに呼ばれるような人物らしい。沸き上がるコメント欄をよそに、仗助はどんどん機嫌を降下させていく。
「はー、せめて言えば良かった。サイテーなのは俺なんだよ、わかってんスよ。さっさと告ればうまくいくかもしれねーし、振られたら……振られたら、きっついなぁ」
そこで仗助は鼻をすすった。映し出された涙目の仗助に視聴者は悟る。完全に仗助は酔っ払っているのだと。
「どーしよ振られたら! つーか、だったら言わなくてよかった気がしてきた。だよな。振られたら立ち直れる気がしねーもん。振られなくてもお前とパーティーしたくないとか言われたら……」
とうとう仗助は直接瓶からシャンパンを煽った。目元を赤くして、仗助はくだを巻き続ける。
「だってさぁ」
また仗助が何か言いかけたところで、ベルのような音が入り込む。それが二度三度続いたところで、仗助も気がついたようだ。
「誰か来た……?」
立ち上がった仗助が配信の画面から消える。クリスマスの豪華な装飾のされた部屋だけが映し出された画面から声が聞こえる。
「えっ! あんた、なんで!?」
「みっともねえ配信してんなよなぁ……」
「だって、つーか、あんたが」
「あのなぁそもそもお前何もぼくに……ああ」
そこで会話は途切れ、ふいに画面へ見慣れない男が現れる。細身でスーツ姿の青年は、微かに口元を綻ばせてカメラに片手を振った。
「見苦しいところをお目にかけて申し訳ない」
岸辺露伴だ、と書き込まれたところから、それに追随する形で「露伴先生!?」「だから出版社!」「マジで!」と凄まじい勢いでコメント欄が流れる。
「じゃあ、これからぼくはあいつから話を聞かなければならないので。失礼」
ぷつりと画面が暗くなった。配信が停止したメッセージが表示されても、コメント欄だけはそのまま流れ続けたのである。
後日、べろべろに酔っ払っい潰れた仗助の写真が売れっ子漫画家の岸辺露伴のアカウントに投稿された。
添えられたのは一文。
ここまでやって、ようやく吐きました。