「 をしないと出られない部屋」プロローグ
東方仗助がスタンド使いに監禁された。ぼくがそれを知ったのは、親友が血相を変えて家に飛び込んできたからである。正直なところ、ぼくにはあいつを積極的に助けてやる義理はない。だから「へえ」と他人事でその話を聞いていた。
「露伴先生にしか、仗助くんを助けられないんです! お願いします!」
「ふーん。そうなんだ」
精神に影響をきたすような敵なのだろうか。仗助の奴は、どうしようもない人間だがスタンドは強力である。その仗助が捕まったのだから、相当癖のある敵なのだろうと推察できた。そこには興味が湧く。いったいどんな奴が仗助をやり込めて、どんな能力を持っているのか。別にあいつを助けてやろうとは思わないが、ぼくの感性は刺激されるかもしれない。最近、あまり面白い事象にもぶつかっていないし。そう言うと親友はひきつった笑顔を浮かべる。
「別にぼくは仗助が閉じ込められたままでも問題はないが……あいつを無力化できるスタンドには興味がある。それに、あの馬鹿がぼくに跪いて礼を言うところは想像するだけでも愉快な気持ちになるね。本当にやるかはわからんが」
「……まあ、その、僕は露伴先生がどういう動機で仗助くんのところに行ってくれても構わないです。仗助くんを助けてあげてくれるなら」
「いいよ。請け負ってやろう。さあ、場所を教えてくれ」
「はい、えっとですね……!」
伝えられたのは杜王総合病院。そして、ぼくは教えられた病室へ向かい、眠る仗助と対面した。そして、気が付けばあいつと一緒に見知らぬ場所へ閉じ込められていたのである。
===
相手の嫌いなところを10個言わないと出られない部屋
「えっ! 露伴先生どうしたんスか」
「どうしたもこうしたもない! お前のせいで呼ばれたんだ!」
ぼくは仗助を「読んで」いない。ただこいつが寝ているところに近づいただけである。ただそれだけで、この殺風景な空間に引き込まれてしまった。二十畳ほどあるだろうか。正方形のがらんどうの空間で、壁も床も白い。目がチカチカしてくる。そこの床に、仗助があぐらをかいていた。
「困ってたんスよ、いやあ来てくれて助かった」
「助かったってなんだよ。ぼくも閉じ込められちまったんだぞ」
「いやいや、あんたが来てくれたおかげで何とか出られそうになってきましたよ」
「は?」
仗助はそう言うとぼくの背後を指さした。真っ白な壁には模様のようなものが描かれている。近づいてみると、それは文字だった。
「……相手の嫌いなところを10個言え」
「そうそう、それっス。さっきまで俺しかいなかったからできなかったんスよ。『相手』ってのがどこにもいなかったんで」
「なるほど、それでぼくが選ばれたってわけか」
もしかすると、この空間を作ったというスタンド使いは既に捕まっていて空条承太郎辺りに絞められているのかもしれない。それで、適任としてぼくが選ばれたんだろう。それにしたって、強制的に閉じ込められるなんて聞いていなかった。あとで文句を言ってやる。
「なるほどな、確かにぼくならお前の嫌いなところなんていくらでも挙げられる」
「そーやって断言されるのは中々複雑な気持ちっスけど、頼りにしてます」
「ふん、すぐに脱出してやるよ」
人間を閉じ込めるという強烈な縛りに対して、随分解除条件が容易く設定されているように感じるが、果たして本当にこんなことで出られるんだろうか。
「まあ、とりあえず試してみるか」
「お願いしまーす」
「まず、そういう軽い物言いが気に障る。お前、相手がどれだけの労力を割いてくれているのかなんて考えないだろう。そういう腐った根性が嫌いだ。一つ目終わり」
「ドーモアリガトウゴザイマス」
「ははは、罵ってやって礼を言われるとは愉快だな」
結構面白いかもしれない。なにせ、いくら罵っても仗助はぼくに感謝するのである。もしかしたら、今なら髪型をけなしても……いや、それは止めておこう。危ない。
「ひとつ目に付随するが、誰でも自分の言うことを聞くと思い込んでいるところもムカつく。おおかたガキの頃からチヤホヤされて勘違いしてんだろ。ちょっとかわい子ぶった言い方をすれば相手が許すと思っている」
「俺のことかわい子ぶってるって思ってたんスか」
「思ってたよ。やたらとおねだりみたいなことしてくるじゃないか。生憎、ぼくにはあんなもの一切効いていないからな。金輪際やるんじゃないぞ」
「あはははは」
「今ので二つ目だな。次で三つだ。そうだな、今の笑い方が気に食わない。イラっとした」
「まだ三つ目なのに、もうやっつけじゃないスか」
「あのなあ、ぼくはお前のことなんて大体全部嫌いなんだぞ。目についたもの挙げていった方が効率がいい」
仗助は全く顔色を変えない。珍しいことである。ぼくは親切で短所を指摘してやっているわけだから、そりゃここでキレられるのはおかしい。こいつも非日常の中でちょっと頭のネジがズレているんだろう。
「四つ目か。金にがめつい。遊ぶ金が欲しいからって知り合いから金を騙し取ろうとするなんてどうかしてる。ああ、五つ目もついでに言おう。ぼくの家を燃やしたことはまだ許してないからな。一生許さない」
「あれは俺が燃やしたんじゃないじゃないっスか!」
「言い訳が多い。はい、六つ目。折り返したな」
「火事は俺のせいじゃないのに……」
「往生際も悪い。これで七つだ。もうあと三つで終わりか。残念だな」
流れるように指摘してしまった。もっと仗助が深く傷ついて落ち込むようなものにしたいと思っていたのに。残り三つはきちんと考えて精神を痛めつけてやらなければ。
「次は?」
急かすなこの馬鹿。おかしいな。なかなか出てこない。思い浮かびはするのだが、仗助の心をえぐってやれるような強さのものではなかった。改めて考えよう。地べたに座っている仗助を見下ろし、全身をくまなく観察してみる。
顔立ちは悪くない。それどころか、かなり整っている。両親に感謝した方がいいだろう。そのおかげで何もせずとも女性にちやほやされているのだ。そのせいで、性格が曲がったと言えなくもないが、今指摘するようなものではなさそうだ。髪型も時代遅れのヤンキースタイルだが、正直に言えばよく似合っている。それに、これに関してはぼくの身の危険もあるのだから指摘すべきではないだろう。
「……甘党なところ。向かいの席でばかばか砂糖をコーヒーに入れられると気分が悪い」
「露伴先生は甘いもん好きじゃないんスか」
「そんなこともないが、限度ってもんがあるだろ。お前は入れ過ぎなんだよ、砂糖もミルクも」
恐ろしく当たり障りのないことを言ってしまった。こんなの相手が仗助じゃなくたって言えるレベルである。今ので八つだ。あと二つで終わってしまう。
「そうだな。やたらとヒロイックな思考で動くのは苛立つね。お前、ガキの頃からスタンドが使えるせいで黙って一人でやろうとすることが多いだろう。自分がなんとかすればいい。そうすればみんな幸せになれる、そんな空気を感じるんだよ。いいか、何かを守るって時に自分を勘定に入れられない奴は三流だ。お前はまさにそれ。殺人鬼と戦って、結局大怪我をしたのはお前だけだろ。それで良いんだなんて思ってるところが、本当に無理だね。自分がいなくなった時に周囲がどう感じるのかを想定できていない」
「露伴先生、俺がいなくなったら寂しいの」
「ぼくはせいせいするが、お前の母親やジョースターさん、それに康一くんたちは悲しむし寂しいんじゃないの。自分の身を危険に晒す時に、そういう人たちの顔を思い浮かべるようにすべきだね」
「……ありがとうございます」
仗助の奴、妙に感動した顔をしている。しまった。また余計なことをぼくは……次で最後か。もう何だっていいような気がしてきたぞ。さっさとここを出るのを優先した方がいい。ぼくは暇じゃないんだ。
「勝手にぼくの怪我を治すこと。お前、うちを燃やした時も勝手に治したし、それ以外でも勝手にぼくのこと直してるだろ。朝あった青あざがお前と会ったあとで消えてるなんてことがざらだぞ」
「あ、バレてたんスね」
「やっぱりな! 大体……」
立て続けに文句を言おうとしたところで、壁の文字がすっと消える。そして、そこに扉が現れた。
「出られそうだな」
「んじゃ、俺から行ってみますね」
立ち上がった仗助が当然のようにドアノブに手をかけた。だから、こういう何の相談もなしに自分が率先して危なそうなことをやるのがムカつくって言ってんだよな。マジで全く人の話を聞いていない。そうだ。このぼくの言うことを何も聞かないってのもムカつくんだよ。言えば良かった。
「あ、そうだ。なんか嬉しかったっス」
「なにが」
「いや、露伴先生って俺のことけっこー見てくれてるんだなーって」
「はあ? そんな訳ないだろ。嫌いなところ言っただけだ」
「まあ、そーなんですけど、俺に全然興味がなかったら言えないでしょ」
「重い上がってんじゃない」
「あははははは、でも助けにも来てくれたし!」
笑いながら仗助がドアノブをひねる。音もなく扉は開き、ぼくらはそこを通って表に出た……はずだったのである。
===
相手の好きなところを10個言わないと出られない部屋
ドアの向こうは今までいたのと同じような部屋だった。壁の色が真っ白ではなく微かにグレーがかっている。違いといえばそれくらいで、他になんの変化もない。なるほど、簡単な条件だと思っていたが、いくつもこうやって課題をこなしていかなければならないのだろう。
「また字が書いてありますね」
「ふうん、どれどれ」
奥まで入っていくと、また壁には文字があった。目でその文字を追い、ぼくは思わず舌打ちをする。なんだこれは。
「相手の好きなところを10個言え……だと」
「さっきと逆っスね」
「散々さっきの部屋で険悪な仲にしておいて、こっちで修復させる気なのか? 一度傷つけたら多少の申し開きじゃどうにもならないだろう」
「確かにそうかもしれないっスね」
仗助は困ったようで、へらへら笑っている。そうだ、今回はこいつに任せよう。必死こいてありもしないぼくの好きなところをひねり出すのを見てやるんだ。
「ここはお前がやれ」
「へっ!?」
「ぼくの方が褒める要素が多いだろう。お前なんて顔くらいしか良いところないんだからな」
「それって、露伴先生は俺の顔が好きってことっスか?」
「つまらんこと言ってないで、さっさとやれ」
この妙な課題がここで終わりとは限らない。できるだけ早く済ませておいた方がいいだろう。
「えーっと、かわいいとこが好きっスね」
言うに事を欠いてこれである。適当なことを言いやがって。だからぼくはこいつが気に食わないのだ。文句を言ってやろうとしたところで、壁の文字が書き換わった。
「具体的にしろ……?」
「誰かどっかで見てんのか?」
「そんなわけないスよ。テレビ番組じゃねーんだから。本体関係なしに動くやつらしいスよ」
仗助はある程度スタンドのこともわかっているらしい。試しに壁を一部本にしてみたが、そこには何も書かれていなかった。意志も記憶もないということである。
「何にしろお前の回答は駄目だったってことだ。いい加減なことを言わずにちゃんと答えろ」
「ちゃんと答えたつもりなんですけどね……えーっと、じゃあどこがかわいいのか言えばいいのか。口では俺のこと色々酷く言うくせに、なんだかんだで付き合ってくれる天邪鬼なとこがかわいいと思います」
「お、今のは問題なかったみたいだぞ」
さっきは気にしていなかったが、壁の文字の下に小さく「〇」が浮き出ている。これが10個表示されればこの話題はクリアということのようだ。
「露伴先生の顔、美人で好き。特に、横から見ると鼻がちょっとツンってしてるのがかわいい」
「丸が二つに増えたな」
「んじゃ次のかわいいとこ言いますね」
「かわいいところじゃなくて良いだろ。ぼくの好きなところだよ。もっと尊敬できる部分とかあるだろ」
適当に褒めるにしたって「かわいい」ってのはいかがなものか。そもそも、この岸辺露伴を捕まえてかわいいところを挙げていくなんておかしいだろう。どちらかと言えば、ぼくは格好いいはずである。