君と僕との日常の話。───気付けば、君がいる日々が、日常になっていた。
君とよく話していたベンチに腰掛けて、ふとそんなことを思った。
君がここに来たのはいつだったっけ。
やたら騒がしいのが来たな、と思った覚えがある。
君は僕と同じかもう少し上の年齢はずなのに、抜けていて、お調子者で、なんだか終夜ときてるを足して2で割った…いや、煮詰めたみたいな人だった。
そのせいか、君はどこか【僕】にとって親しみやすくて、僕は君と日を追うごとに親睦を深めていっていた。
時には季節の行事に二人で参加したり、バレンタインには菓子を贈りあったり。君の家に押しかけたこともあったかな。
君がどこまでもお調子者だから、お巫山戯が過ぎて2人してVoidollに怒られたこともあった。
こっそり夜中まで遊んで、翌日寝坊して…またVoidollにしっかり怒られたのも、今となっては笑い話だ。
そうやって過ごしているうちに、君は僕の日常にすっかり埋め込まれていた。
…ある日の事だった。
ライブアリーナが、1部の世界との接続を断つことになった。
君のいた世界からは、今後もまだ問題なく来れるのは知っていた。
けれど最近、君が来る頻度が減っていたから、『もしその日が来たら、もう君は来ないんじゃないか』とも思った。
毎日ぐるぐる思考が回って、上手く言葉にできない。
君はその間もたまに会いに来てくれたけれど、毎回他愛の無い話をするだけで、本当に聞きたいことは分からずじまいだった。
やがて、その日がやってきた。
その日、君は現れなかった。
─翌日。
まだ君は、僕の前には現れない。
──3日後。
まだ、君は僕に会いに来てくれない。
───5日後。
ライブアリーナのどこにも、君の姿はない。
────1週間後。
君が来なかった期間の最長記録が更新された。
その日は、朝からずっと曇り空だった。
楽屋以外で時間を潰そうと思って、僕は久々にアリーナ近くの広場に向かった。
ベンチに腰掛けて、空を見上げる。
段々、雲が暗くなっていく。僕の心に、呼応するように。
───ぽつ。
空に浮かびきれなくなった水滴が、僕の手に落ちてくる。
ひとつ、またひとつ。
僕はなんだか動く気になれなくて、そのままベンチに座り続けていた。
だんだん本降りになってきて、このままでは風邪をひくことをわかっていた。
…でも、それでも僕は動けなかった。
ザアザアと、雨が僕に降りかかる。
体温が奪われていって、いっそこのまま冷たくなってしまえればとすら思った。
辺りを見回しても、人はいない。
…こんな事をしていては、またVoidollに叱られるだろう。
……でも、それでも。思考の濁流が脳になだれ込む。もう、考えているのか、そうでないのかすら、分からなかった。
…不意に、肩を叩く水滴がやんだ。
…いつだったか、傘を忘れた時に君が傘を貸してくれた時も、こんな感じだったっけ。
───君が、傘を?
ほぼ反射で、横を見る。
そこには、君がいた。
──そんなにびしょ濡れでどうしたの?Voidollに怒られるよ?
そんな事を笑いながら言う君は、きっとどれだけ僕が君の事を考えていたかを知らないだろう。
…その行動が、どれだけ僕の心を軽くしたかも。
「…もう、来ないのかと思ったよ。てっきり、飽きたとか、嫌になったとか、そういうことだと…。」
君は首を横に振って、最近いかに忙しかったか、それから、これからは毎日来るようにする旨を語ってくれた。
「…はは。」
それを聞いて1番に出てきたのは、乾いた笑いだった。
結局、僕が勝手に心配して、失望して、絶望していただけだったみたいだ。
突然笑ったものだから、君はきょとんとこちらを見ていた。
「ああ…ごめん、ちょっとね。
…また君に会えてうれしいよ。」
大袈裟だなあ、と君は笑う。
嘘じゃないよと返したら、その言い方じゃ本心とは限らないよねと返された。
「…本心だよ。紛れもなく、僕の。」
小さな声で言った。
君は聞き取れなかったようで、聞き返してくる。
「…ううん、何でもない。戻ろう、そろそろVoidollに本気で怒られてしまうからね。」
2人揃って歩き出す、雨の中の道。
僕はなんとなく、歌を歌いながら歩いた。
歌いながら、思い出した。
「雨の傘の中は、相手の声がいちばん綺麗に聞こえる」という、そんな話を。
今日限りの、君だけのステージ…というには、少し粗末かもしれないけれど。
この日常が、まだ続きますように。
そう、空に願った。