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    huutoboardatori

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    huutoboardatori

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    オーブの文字です ブラックホール直前くらい?
    死人がガバガバ出てるので注意‼️

     ぐうううううと、そこらを思い切り鳴らすような音がした。

    「お前……」
     ジャグラーは、思わずガイの顔を見つめた。
     ガイは手に持った松明をぱちぱち言わせたまま、まだちょっと理解が及んでいないであろう顔で呆然とした。自分のお腹の音に。
     そこらの倒壊した柱で組まれた櫓が燃え盛っている。焼かれた死体はすっかり炎におおわれて、黒い影のようだ。濃いタンパク質の匂いが、辺りにたちこめていた。

    △△△

     辺境の戦いなんかにろくろく兵は出ない。
     駆け出しのガイとジャグラーが指揮を執るような、一小隊も組めずの分隊が二つ、それと通信兵が一人。軍医は居ない。元々救助隊のガイがいるから割り当てられなかったのかもしれないが、指示を出しながら怪我人の面倒なんて到底見られない。つまるところの使い捨てだ。兵の質もたかが知れていて、逃げたり、死んだり。夕刻あたりに燃えだした村は、日付が変わる頃には耳に痛いほど静かになっていた。小さな火事がいくつも起きて、月も無いはずの暗い夜は不気味に明るかった。燻った家の瓦礫は煤煙がぶすぶすと立ち、足元には息絶えた人間がごろごろ横たわる。ガイはもう一周だけ、と言って村の残骸を見回りに行く。もう悲鳴すらひとつも聞こえないことは、ガイがいちばんわかり切っていた。

     今はまだ涼しいが、これから暖かくなる。人は死ねば腐る。まだまだ貧しいこの辺りで伝染病が出てしまえば、あっという間に両手ではで効かない数の命を奪う。
     だから、焼くのだ。戦いが終わったあと、そこで最後に残った兵は、その村を焼いていく。硬い地面を掘って埋めるほどの余裕はないが、焚べるくらいならできる。ジャグラーが死体を焼いたのは七回目、ガイはまだ三回目だった。

    △△△

    「食えよ」

     ジャグラーは、うずくまっているガイに携行食糧を投げた。ガイは、残った土壁に背をくっつけて、膝に額を押し付けるように座り込んでいる。膝を抱える腕にまた力が入って、ぐず、と鼻をすする音が聞こえた。
     食べられるものを与えたのに、ガイが動かない。前髪が押し付けられて、くしゃっと崩れる。合間から覗く白いこめかみに、ちらちらと赤い炎の反射が落ちていた。これはまた、と思いながら、ジャグラーはどかっと隣に腰を下ろす。そのまま、自分の分の食糧をかじり始める。ざくざく、わざと大きく音を立てて食べていると、隣のガイがもぞもぞと動いて、すこし顔を上げた。

    「なあジャグラー」

    「……」

     そこそこの涙声だったので、ジャグラーはとりあえず沈黙を返した。ガイはそのまま話し続ける。

    「おれは、人間をなんだと思ったんだろう」

     そう言うと、同時に、ぽとぽとと大粒の涙が膝に落ちた。声は絞り出せば案外そのまま流れ出て、澱を吐くようにガイは泣く。揺れた声は、砂を飲んだようにざらざらしていた。

    「おれは人間のことを、なんだと思ったんだろう。おれは、ただの肉として、あの人たちのことを見たのかな」

     だとしたらそれは、獣と同じだ。そうこぼして、ガイはまたぐずぐずと鼻を鳴らした。

     ジャグラーは少し驚いていた。
    (コイツにもそういう、感傷とかあったんだな)
     いや、もちろん分かっている。こいつが馬鹿なほど情に深いのも、届かないところまでも、ちぎれるくらいに助けの手を伸ばすのも、嫌なくらい見てきた。手伝ってきた。絵空事と斬り捨ててしまいたかったような、なのに切り捨てずに愚直に向き合ったら案外何とかなって。自分がむかし捨てたものに対するどうしようもない感傷に囚われて動けなくなった。散々あったのだ。
     でも意外だった。いま目の前で燃えているのは、人ではない。死体だ。きつい匂いがするのは当然タンパク質が焼けているせいだし、夜がふけるまで戦い通しの空腹で腹を鳴らしても、それは別に責められるべきことでもない。生理現象なわけだし。
    自分たちは顔も覚えぬ死体と人だ、かかわり合いなんてない、それでそんなに落ち込むのは意外だった。きっと昔からも、軍人の自分よりも、医療班と動いていたガイの方が多く、人を看取っているはずだった。
    それなのに、少しだって鈍くならずに死と向き合っているのだ。敬意を持って、慈愛を持って。

     ジャグラーは、ガイはもう少しあっけらかんとした人間だと信じていた。どうしてか、そうであって欲しかった。


    「……食えるものを、食える時に食ったよ」

     ジャグラーは、それだけ言った。自分の話しかできなかった。
     少なくとも、ジャグラーはそうやって生きてきた。血溜まりの中でパンを齧り、死体の胸から干した肉を奪って食った。それ以上のことだってした。水も涸れるような星で、食えるものを食ってきた。それは自然な事だから。生きているなら食うことが生きることだと思う、どんなに情が湧いて愛した人だって、息が止まればそれはもうモノである事。ジャグラーは受け入れていた。いちいちガイを見ていると苛立った。あまりにも透明な涙だ。息をするように人の死を処理するようになった嫌悪感を、忘れさせてくれない。
    きっと自分の目から流れ出るのは濁った血だろう。悔しいと思うし、でも、哀れにも思うのだ、いつか潰れてしまうように思うから。自分は多分もう、平気な顔でガイの死体を焼くことが出来ない。

     ガイはどうだか。分からないけど、自分を焼く時にも同じように涙を流すのだろうか。腹を鳴らすのだろうか。先に自らの死に応えるものが、ガイの心だろうが身体だろうが、どちらだって嬉しいと思うのだ。誰であろうと、ガイは正面を向いて見送ってくれるはずだから。隣で、ガイが一口食料を齧った音がした。

    △△△

     ざんばらになった襟足を、血の着いた指先でザッと払った。篭手の糸の赤か、滴り落ちた血の赤か分からず、刀を握ったまま頬を拭う。返り血が滑って、ぬるりと嫌な感触がした。自分が首を切った相手に、後ろ髪を切られた。不揃いな髪が、戦場の風に吹かれて揺れている。

     もう本当にその星には誰もいなかった。全員殺したからだ。焼いてしまっていいと思うような、焼いてしまわないとそこら中に毒を撒き散らすような、芯の芯から腐った星だった。どうせ放っておいても自分の毒で滅んだ。周りを巻き込みながら。
    だから、自分がやったのだ。自分は、綺麗事だけで生きている訳では無いから。言い訳をする相手もいなかった。
     やけに見晴らしがいいのは立ち上がった人がいないから。戦禍の跡で、あちこちでぶすぶすと小火が起こり始めている。不揃いな毛先が、首筋をちくちくと刺した。
    「……揃えるか」
     ジャグラーは首を振ると、髪をひとまとめに握りこんだ。そのまま房の付け根に刃を押し当て、一思いに振った。
     ジャキンッと音がして、指の間からばらばらと何本もほどけていく。
     随分伸びていたロングヘアを、根元から毛先までじっと眺めた。埃にまみれた、艶やかな闇色の髪だ。つ、と指を添わせてみる。
     ここまでの長さが、ただただ軍人として真面目に、真面目に働いていただけの頃。この辺りでアイツと会って、この辺りで別れて。そのあとは、指で追うごとにどんどん髪の毛が伸びた。愕然とした、二人で組んですごした時間より、決定的に割れてしまってからの方がずっと長くて。

     いや、そもそも分からないのだ。切ってしまった髪の毛から、いつがどこなのかなんて分かるわけが無い。
    自分はただ見苦しく感傷にひたっていて、どうしてそんな、未練しかない。見苦しいなんて今更言うことでない。それでも、未練しかない。しばらくはこんなにならなかったのに急にどろどろの自分が惨めになった。酷く惨めになった。そもそもなんで顔を思い出すのだろう。捨てたじゃないか。捨てたんじゃない先に往かれた、違う置いていかれてなんて居ない。もうここまで惨めになったのはいつぶりだ。違う今まではそんなことはなかった。違うずっとそうだった。いや惨めでは無いのかもしれない。寂しいだけかもしれない、寂しいってなんだ寂しいなんて思ったらいよいよ負けてしまう。もう横に、自分の貧しさを、足りなさを際立たせる光は無いのに。もう自分で失ったのに。自分から背を向けたのに。どうしようもなさがいよいよ愉快になってきた、ジャグラーは声を出して笑った。干からびた喉がひび割れそう、血が滲むように笑った。そのままその辺の炎に髪を放り込んだ。地面にばさりと落ちる。すぐには火に包まれず、しばらく燻って、うちに湯気のような白い煙を上げ始めた。毛先から徐々に小さな炎が回り始める。
    細い煙がゆらゆらと、ただたた光もない宇宙へ登っていく。こんな煙を見ても奴は「綺麗だな」と目を細めるのだろうか、ぐちゃぐちゃになった執念を焚べた焔だろうと。そこからくるくる登った煙だろうと。綺麗に見えてしまうのだろうか。
    それだけは絶対に嫌だった。

     鼻の奥の眉間に焦げ付くような匂いだ。それで、きっと思い出しただけだ。ふと、顔が過っただけだ。

    いまのは本当にそれだけの、可愛らしい思い出だったのだ。
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    huutoboardatori

    DONEオーブの文字です ブラックホール直前くらい?
    死人がガバガバ出てるので注意‼️
     ぐうううううと、そこらを思い切り鳴らすような音がした。

    「お前……」
     ジャグラーは、思わずガイの顔を見つめた。
     ガイは手に持った松明をぱちぱち言わせたまま、まだちょっと理解が及んでいないであろう顔で呆然とした。自分のお腹の音に。
     そこらの倒壊した柱で組まれた櫓が燃え盛っている。焼かれた死体はすっかり炎におおわれて、黒い影のようだ。濃いタンパク質の匂いが、辺りにたちこめていた。

    △△△

     辺境の戦いなんかにろくろく兵は出ない。
     駆け出しのガイとジャグラーが指揮を執るような、一小隊も組めずの分隊が二つ、それと通信兵が一人。軍医は居ない。元々救助隊のガイがいるから割り当てられなかったのかもしれないが、指示を出しながら怪我人の面倒なんて到底見られない。つまるところの使い捨てだ。兵の質もたかが知れていて、逃げたり、死んだり。夕刻あたりに燃えだした村は、日付が変わる頃には耳に痛いほど静かになっていた。小さな火事がいくつも起きて、月も無いはずの暗い夜は不気味に明るかった。燻った家の瓦礫は煤煙がぶすぶすと立ち、足元には息絶えた人間がごろごろ横たわる。ガイはもう一周だけ、と言って村の残骸を見回りに行く。もう悲鳴すらひとつも聞こえないことは、ガイがいちばんわかり切っていた。
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