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    zirakichi

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    zirakichi

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    ⑤約束日曜日。
    寝袋で目が覚めた。入った記憶はないが、一応うとうとしながらも寝床に辿りつくことはできたらしい。
    隣にはナインズ…の抜け殻があった。恐らく一度は寝ようと寝袋には入ったものの、結局眠りにはつけなかったんだろう。

    テントを出ると、昨日と同じように椅子に腰掛けているナインズの後ろ姿があった。
    何も言わずに隣に来た俺を見て重そうな腰を上げると、どうしようもなく名残惜しそうな声を出した。
    「……もう、朝なのか。………そうか。」

    「あぁ。俺の日付感覚が間違ってなけりゃ、今日で1週間だ。」
    「契約。覚えてるな?」
    「……忘れたかったよ。」
    そう言いながら珍しく自嘲気味に笑った。

    ​───────

    ー数ヶ月前ー
    目の前に座る男…ハロルド・ナインズは記憶が抜け落ちてしまう病を持っているらしい。
    会話内容、起こった出来事、全て逐一メモを取っている。

    「ご苦労なこったな。だが正直羨ましいぜ、俺ァ忘れてぇことしか記憶にねぇ。」
    「アンタと俺の脳ミソ、交換できたら良かったのにな。」

    「戦争というものを見てきたキミならそう言うだろうな。ただ、人間というものは空白が出来ると穴を埋めようとする生き物だ。仮にキミとワタシの脳を交換できてキミが記憶を失うとしても、状況は変わらないと思うよ。」
    「…それに…人間の死とは『忘れられた時』だとも言うからな。」

    「…あーーそうだな、良いこと言うじゃねぇか。…ちょうどいい、アンタにしか頼めないことがある。」

    「俺がこの戦いでもし生き残ったら、その時は…ナインズ。アンタが俺の息の根を止めてくれねぇか。」

    「は…?」
    「人間の死は忘れられた時に訪れるんだろ?なら俺を殺してくれ。」

    「…あぁ、心配しなくてもアンタが罪に問われることはないぜ。俺を探す奴なんてもういねぇしな。」

    「……失礼。その、驚いただけだ。」
    「…キミがそれを願うなら、そうしよう。ただしその代わり、等価交換だ。

    もし仮にキミが此処で死んだとしたら、ワタシはキミのことを死ぬまで覚えておくよ。それをキミが受け入れられるなら、キミの願いをワタシが叶えよう。」

    「…ハッ、随分と熱烈なプロポーズだな。それじゃあ交渉成立だ。頼むぜ。」
    「ああ、…願いを叶えたいのなら、必ず生き残るように。」

    ​───────
    これが俺達が結んだ『契約』の全容だ。
    「じゃあほら、いつでもいいぜ。」
    そう言って朝焼けの方角に向いていた身体を今度はナインズの方に向け、軽く手を広げる。

    こちらを見ていたナインズの表情が歪んだかと思えば、そのまま俯いて少し震えたような声で言った。
    「……マルは…、…マルは、最後に過ごす人間がワタシなんかで…本当に、良かったのか……?」
    「…あ?今更なんだ?俺がお前を選んだんだから、お前は今ここにいるんだろうが。」
    「なんで…っ!」
    『どうして自分なんだ』とでも言いたかったんだろうか。
    理由はもう何度も説明してるつもりなんだが。
    顔を上げたと思ったら「…やだ、キミに生きていてほしい、………忘れたくない…」と言ってガキみてぇに泣き始めた。…なんだって俺の周りにはこうもよく泣く奴ばかりが集まるのだろうか。

    「……ハァ」
    思わずため息が出た。
    宥めるもクソも、涙の原因は自分にある。どうしろってんだ。
    ……あぁ、ここでキツいことでも言ってやれば少しは俺を殺しやすくはなるか?

    「甘ったれてんじゃねぇぞ。これは契約だっつったろうが。お前は俺を殺して、俺に関する記憶は全て忘れるのが『義務』だ。……安心しろよ、忘れりゃ何もかもなかったことになる。すぐに苦しくも悲しくも、なんともなくなる。」
    なるべく冷たい声色で吐き捨てた。

    「……それでも、いやだ…いやなんだ…」
    あぁ、コイツ完全に頑固モード入ってやがる、まずい。どうにか言いくるめて言うことを聞かせる他ない。半分呆れ気味に、めんどくせぇと思いながら頭を掻いた。
    「…俺ァなぁ…三十路の男の駄々を聞いてやるほど優しくねぇんだよ!」
    「…………それに、もう満足した。もういいんだよ。……このまま終わりてぇんだ。」
    はく、とナインズの喉が、瞳が、震えた。
    「…………マルは、……本当にそれで、良いんだね…?」

    「……あぁ、今までありがとよ。…色々付き合わせて悪かったな。」
    誘導するように、ナインズの手を自分の首元に持っていった。
    首に震える手が掛けられる。

    恐る恐る、握られる。段々と力を入れられるとやはり苦しくなってきて、本能的に喉が反発して跳ねた。怯えるようにナインズの手の力が少し抜ける。
    「ッ、ぉい、ちゃ…と力い、れろ」
    首に掛かった手を上から抑えようとしたが、力も入らず添えるだけになった。それを見たナインズは余計に手を震わせて、目を見開き、呼吸を浅くした。…これじゃあどっちが先に死ぬのかわかんねぇな…

    ……流石に仕切り直すか……締まらねぇなぁ、首だけに。
    「……ッぐ、…ッ旦、……止まれ!」
    パッと手を離される。急に開かれた気管に酸素が一気に入ってきて噎せた。…なんかちょっと前にもこんなことあったな。

    「ッゲホゲホ、ッハァ、……お前…、そんなんじゃ…いつまで経ってもしんどいだけで、死ねねぇんだよ…やる気あんのか?」
    「い、いやだよ…やっぱり、忘れたくない…キミを忘れるのが、こ、こわい……」
    「…、……」
    震えながら涙を零して子供のように喋るナインズに何かを言いかけて、結局言葉は出ず、口を噤んだ。

    俺にはナインズの『忘れる』ことが怖いという感覚は分からない。それでも…それでも、人間を殺した感覚に一生付きまとわれるよりは、ずっとマシなはずだ。これも、お前にはわからないんだろうが。

    「…普通の人間はな、例えそれが合意であろうと、どうしたって人殺した記憶なんて忘れられねぇんだよ。」
    「でもナインズ、お前はそれができるだろ。俺がお前を選んだ理由よく考えろ。…覚えてたって手前の首が締まるだけだ。」

    ナインズは無理やり涙を抑えるように強く顔を拭いながら言った。
    「それでも、…友を殺した罪から、逃げてしまうことになるのが、いやなんだ……、た、たとえワタシがそのことを忘れたって、その事実は……無くならないじゃないか………」

    「別にお前がそれを背負う必要は、……ハァ……ッチ」
    この契約を持ちかけたのは俺だし、そんなもんはいくらでも見ないふりすりゃいいだろうが。
    …あぁ、そうだ、それができないのがお前だった。
    ガキみてぇに真っ向から向き合っちまうからこんな契約にも承諾したんだ。
    色んなものから目を逸らさないと生きていけなくなった俺とは正反対だな?

    俺は何故かどうしようもなくやるせなくなって、顔を片手で覆った。

    「………俺が居なくなった後のことは俺にゃ1ミリも関係ねぇけどな…覚えてりゃ後悔すんぞ、絶対に。」
    自分でも驚くほど小さな声だった。
    だがナインズは聞き逃さなかったらしい。
    「ワタシは…マルを忘れるほうが、……後悔する…」
    …………あーあ。
    馬鹿だな、お前。
    「…そうかよ。もう好きにしろ…俺は『忘れろ』としか言わなかったからな。」
    そんでもってやっぱり俺も馬鹿だ。
    …なんでこう、お前が関わってくることは何もかも思った通りにいかないのだろうか。俺は俺なりに一番マシな道を勧めているつもりなのに、お前は何も言うことを聞かない。自分が「これだ」と思った道をとにかく直進してくる。だから、結局俺が毎回折れることになる。

    …お前の選ぶ道は確かに限りなく"正しい"かもしれない。が、もっと苦しまない道を選ぶことだってできるだろ。それに気づける程度の頭は持ってんだろ。なんだってそんな……

    …やめた。こんなん考えてもキリがねぇ。

    脱力して、仰向けに倒れた。地面…来た時は夜だったから気づかなかったが、ここら一帯には花が咲き乱れていた。甘い香りが鼻を抜けていく。

    「この方が体重掛けやすいだろ。……次こそちゃんと殺せよ。」
    ナインズが何も言わずにゆっくりと、仰向けになった俺の上に乗っかる。再び首に手が回された。相変わらず手は少し震えてるが、先程よりもしっかりと力が込められた。

    ​───────

    苦しくもどこか心地良さがある。
    あぁ、これで終わりなんだと、やっと終われるんだと。

    指先からじわじわと手足が痺れてきて、頭や視界がぼんやりする。
    チカチカと点滅を繰り返して、意識が、遠のいていく。
    最期に、この数ヶ月で充分過ぎるほど聞き慣れた声が微かに聞こえた。
    「…キミとの旅は………楽しかった、楽しかったよ…マル…」
    「(………………俺もだよ)」
    「…………ハ、」
    「 」

    ​───……俺の人生、大ハズレくじを引かされたとずっと思って生きてきた。
    家族も仲間も、関わってきた人間は皆死んだし、俺自身も数え切れないくらい罪のない人間を殺してクソみてぇな気持ちになった。

    …アンタは、昨日酒を酌み交わした仲間が翌日内臓を撒き散らした肉塊に成り果てている光景を目にしたことがあるか?

    他にも嫌な記憶なんて、思い出したらキリがねぇ。

    …しかし今ここで、気づいたことがあった。
    死んでいった仲間のほとんどは誰にも気づかれないまま、戦場で1人息絶えていっただろう。
    でも…俺の目の前にはこの世で瞼を開けている最後の瞬間まで、友人がいた。

    宇宙船で出会った仲間は全員とはいかなかったが、確かに決戦を通して生き残った奴らがいる。

    終わりを決められたから、やりたいこともやらなければいけないこともやり尽くして、未練も後悔もなく、人生を終わらせることができた。

    …そんなやつ、なかなかいないだろ。

    最後の最期で俺は……あぁ、幸せだったんだ。
    そのことに、気づけてよかった。
    ​───────
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