湯を沸かす足元で二人の子らがちょろちょろと動き回る。危ないから離れていろといっても聞かず、なんでなんでと声をあげる。
「なんでちちうえとけっこんしたの?」
「なんで? メガネだから?」
「おっきいから?」
「ちからもちだから?」
コンロの火を気にしつつ、上の子の言葉に首を傾げる。年下の伴侶は力持ちと呼べるほどの力量はないはずだが、幼い子の目には超人的なパワーの持ち主に見えるのだろうか。
「おれとリチャード、いっしょに抱っこしたんだぜ。おれはもう赤ちゃんじゃないからヤダって言ったのにさ」
「ああ……」
渋い顔で腰をさすっていたのはそのせいか。
下の子に書斎にいる伴侶を呼んでくるよう頼むと「ちちうえー!」と叫びながら走っていった。
危険をひとつ遠ざけたところでミルクパンに牛乳をいれて、温める。残った上の子はリチャードのあとにくっつきながら「なんで?」を再開した。
「なんでけっこんしたの?」
「お前の父が好きだからだな」
「メガネなのに?」
「そんなに気になるのか……していない時もあるだろう?」
「あるけどさ、どっちが好き?」
「どちらも」
「ふーん。いつから好きなの?」
「さぁ、忘れた」
「どこが好きなの?」
「どこ……どこと聞かれてもな……」
牛乳が沸騰する直前で火を止め、こども用のカップにそそぎ入れる。立ち上る湯気を眺めながら考え込むが、頭の中には何も浮かんでこなかった。視線を横にずらすと伴侶と同じ色の瞳がリチャードを見上げていた。
どこが好きかと問われても、ありすぎて教えようが無い。
子供時分は生意気で可愛げがなかった。
共に暮らし始めた頃から、それまでの不遜な態度が嘘のような年下らしい表情を度々するようになった。
振り返ればどれもが愛おしいが、どこが好きかの答えには当てはまらない気がした。
「家族を愛しているところ、か」
我ながら無難だと思いつつ口にする。
望んでいた返事ではなかったようで、子は不満げに唇をツンと突き出した。
「そういうのじゃなくて!」
「どこが、と聞いたのはお前だろう? お前の父がお前と小さなリチャードを大事にして、笑わせて、愛しているところが好きだ」
「そういうんじゃなくて……もっとちがうやつ……」
「違うやつ?」
「父上が母上のこといちばん好きだから好きとか」
「それは当然だろう」
「顔が好きとか」
「顔か。そうだな、気にしたことはないが好き……なのか?」
呟きながらキッチンの戸棚をあけ、スティックがついたチョコレートの包みを二つ取り出し、子に渡す。ホットミルクのカップを持って移動すると、カルガモのようにあとを付いてくる。
「背が大きいとこが好きとか」
「ああ、そうだな、好きだ。助かることも多い」
伴侶の長身はなにかと重宝する。
「あとは、えーっと……かっこいいとこが好きとか!」
「格好いい……? 格好いいか?」
部屋に入らず立ち止まっている大小の影を一瞥し、テーブルにカップを置いて子に目を向けると、伴侶によく似た子は勢いよく首を縦に振った。
「そうか。だが俺にとっては、可愛い、だな」
「えー、どこが? かわいいって、リチャードみたいなのを言うんだぜ?」
「あぁ、分かっている。だが、見てみろ」
下の子に手を引かれて伴侶がゆっくりと歩み寄ってくる。いつからリチャードと上の子の会話を聞いていたのか、平然としているが何処か気恥しげで、耳が赤く染っていた。
「可愛いだろう?」
「……わかんない……」
微笑むリチャードと伴侶を見比べ、上の子は難しい顔でうーんと唸った。