毎日のように園児同士のケンカが勃発する。争うのは決まってエドワードとバッキンガムだ。
園長への恩から保育園の業務を手伝い、園児たちから先生と呼ばれるケイツビーは、片膝をついて身をかがめ、いつでも止めに入れるように準備する。口喧嘩程度ならば見守るだけでいい、というのが園長の方針だ。物を投げつけたり、手や足が出たらやめさせる。それまでは、ただ見守る。
四、五才のこどものケンカなど、大人からすれば笑ってしまうような可愛らしいものだ。現に今も、口論の内容は昨日とまったく同じだった。
「リチャードとあそぶのはおれだ!」
「ふん、こりないヤツだ。リチャードはおれとあそぶのだといっているだろう。おまえは一人ですなばであなでもほっていろ」
腕を組んで仁王立ちのバッキンガムに、エドワードが悔しそうな顔で唸る。
園長の愛息子であり、ケイツビーの人生であるリチャードは、退屈そうに二人のケンカを眺めていた。心優しいリチャードはこうして毎日争いがおさまるのを待っている。遊ぶのを我慢している姿が健気でケイツビーは隣に佇む大切な園児に「遊びにいかれてもいいのですよ」と微笑んだ。しかしリチャードは首を横に振って、小さな声で「まつ」と答えた。
「もう、いいかげんにして! あそぶじかんがなくなっちゃうわ!」
しっかり者のアンが二人を叱るが、バッキンガムもエドワードも睨み合ったままだ。
「おまえなんか……おまえなんか……『てんえん』してきたくせに! おれはほいくえんに入ったころからリチャードといっしょなんだぞ!」
エドワードが園で過ごした時間の長さで優位性をアピールする。てん……なに? と首を傾げるアンに、ケイツビーは、途中から園に通うことですよ、教えた。伝えながら、園児が『転園』という難しい言葉を知っていたことに感心する。
エドワードの言う通り、バッキンガムは保護者の都合で半年前に他の園から移ってきた。だが、家が近く、同じ年に生まれた二人は兄弟同然に育てられてきた。知らないエドワードはたった数ヶ月しか在園していない新参者と思っているのだろう。
勝ち誇った顔をしているエドワードに、バッキンガムはふんっと鼻を鳴らして笑った。
「それがどうした。おれはリチャードと付き合っている。だからリチャードとあそぶのはおれだ!」
ドヤァ、と効果音がつきそうなほど自慢げな園児に、ケイツビーは目を丸くした。随分と大胆なことを口にする。エドワードのときとは別の意味で感心しながらふとリチャードに視線を向けると、涼しげなかんばせがふんわりと赤く染っていることに気付いた。
「リチャード……様……?」
「ケイツビー……父上には、ないしょにしておいてくれ」
ちらりとケイツビーを見上げた顔が恥ずかしげに俯く。
バッキンガムが一方的に発言していること、冗談や嘘であるなら、リチャードは呆れた態度を返すはずだ。ケイツビーのよく知るリチャードならばそうするだろう。しかし、ケイツビーの大切な園児の様子は常とは違った。もじもじとスモックの裾を触っている。
陰ながら成長を支え続けて五年。照れる姿を目にするのは初めてだった。
「わァ……ァ……!」
「ないちゃった!」
泣き出すエドワードへの対処も、慌てるアンを落ち着かせることも忘れて、ケイツビーは衝撃の告白に暫し思考を停止させた。