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    よしざわ

    @nameisyoshizawa

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    よしざわ

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    【1/2エデュ展示小説①】
    デュースがエースをクリスマスデートに誘うおはなし
    (現パロ/大学生カップル)

    DAY「母さん、ちょっといい?」
    リビングで洗濯物を畳んでいた手を止めて母さんに声を掛けた。日が落ちるのが随分早くなったなと思う。秋の終わりの気配を感じながらすぐ向かいのキッチンへと足を運ぶ。
    母さんが居るキッチンからはコンソメの良い匂いが漂ってくる。気を抜いたら腹の虫が暴れ出しそうだ。今日の夕食はポトフだと言っていたから鍋で煮込んでいる最中なんだろう。僕の声に母さんがコンロの火を消そうとしたから、そのまま聞いてくれと制した。



    「今年のクリスマス、一緒に過ごしたい人がいるんだ」
    換気扇を回しているせいでボーボーと風の音が部屋中に響いている。それを加味して普段よりボリュームを上げて話をしたつもりだが、特に何の反応もない母さんを見るに聞こえなかったのかもしれない。もう一度繰り返すのは少し恥じらいがあるが大事なことだし言い直した方が良いだろうか。そんなことを考えていると母さんがパンッと両手を叩いた。ちょっとびっくりしてしまった。
    「大事な人でもできたんでしょ!」
    母さんは僕と同じ色をした瞳をキラキラ輝かせている。さっきのリアクションは閃いた合図だったみたいだ。
    「えっと……うん。大事、だな」
    頭の中に浮かぶテラコッタの髪の男は僕にとって特別な存在だ。そしてそれが一方通行のものではなくエースも同じ気持ちでいてくれていることが未だに奇跡みたいだった。
    「ふふふ。デュースってば幸せそうな顔しちゃって」
    「え!そ、そうかな……?」
    「そんな顔したデュース初めて見た。よっぽどその人のことが好きなのね」
    そう言って笑った母さんは何だかとても嬉しそうで、別にその相手がエースだということを打ち明けた訳ではないのにちょっとだけ誇らしい気持ちになる。
    「けど毎年クリスマスは母さんと過ごしてたし、母さんをひとりぼっちにさせるのは……」
    「なーに言ってるの!母さんのことは気にせず出掛けてらっしゃい」
    「……ありがとう」
    小さい頃から母さんと二人、小さなテーブルにご馳走を並べて食事の最後に苺のショートケーキを食べるのがクリスマスの過ごし方だった。中学時代僕がスレて楽な道に逃げようとしていたときだってクリスマスだけは特別で。この日ばかりは不思議と早く家に帰りたくなって、そんな僕を見透かしたように母さんが笑って待っていてくれた。母さんと肩を並べて食べるクリスマスのご馳走は凄く美味しくて、こっそり泣いてしまったことを思い出す。
    「エースくん、元気でやってるの?」
    「え?!」
    エースという単語が昔の思い出に浸っていた僕を一気に現実に引き戻した。
    母さんが居るときにエースを家に招いたことはあって、人の懐に入るのが上手いアイツは母さんともすぐに打ち解けていた。だけどそれはマブ、仲の良い友人としてで。恋人としてエースのことを紹介したことはまだ無い筈で……。
    「えっと……母さん?」
    「ふふ」
    ニコニコ笑うだけで母さんはそれ以上何も言わなかった。
    もしかしたら僕の大事な人がエースであることに気付いているのかもしれない。来年は恋人としてちゃんとエースを紹介しよう。僕は密かに決意してぎゅっと拳を握りしめた。



    数日後、いつものようにエースの部屋でまったりしているときを狙ってクリスマス一緒に過ごさないか、とエースを誘えば、紅い目は驚きの表情を孕んでいた。
    エースのことだ。クリスマスは当然僕は母さんと過ごすものだと思っていたに違いない。エースの予想を飛び越えられてちょっぴり優越感のようなものが僕のなかに湧いてくる。
    「あのさ、デュースさえ良ければオレがお前ん家行こっか?」
    ニヤニヤしていたのも束の間、エースの言葉に今度は僕がびっくりしてしまった。
    「そしたらオレはデュースと過ごせてハッピーだし、お前はお母さんとも一緒にいられるじゃん」
    そう言ったエースの眼差しは優しい。エースが僕のことだけではなく母さんのことまで大切に考えていてくれたことが凄く嬉しくて、僕は本当に幸せ者だと思う。ふとエースは元気にしているのかと尋ねてきた母さんのことを思い出した。
    (母さん、僕が幸せでいられるのはエースの隣だけだ)
    次にエースを家に招待したとき、母さんの前でそう伝えよう。喜んでくれるといいな。
    「でも付き合って初めてのクリスマスだろ?やっぱり僕は二人きりがいい。……ダメか?」
    だからこそ今年のクリスマスはエースと二人きりで過ごしたかった。恋人同士のイベントなんて僕には似合わないかもしれないけど、エースと一緒にクリスマスの街を歩いてみたい。そしてあわよくばエースとの関係をもう一歩進展させたい、なんてちょっと不埒なことを思っていたりもする。
    「ダメじゃないです……」
    何故か突然敬語になって僕を可愛いと連呼し始めたエースのほっぺたをぺちぺち叩いてやる。早く正気に戻してやらないと。ぺちぺちされている間もエースは可愛いと呪文のように唱え続けていて、僕が可愛い訳ないだろと言ってもなかなか正気に戻らなかった。




    「わぁ!すごいな、エース!!」
    ガラス越しに威圧感を放つメタルボディに僕の目は釘付けだった。
    一見するとバイクのようなそれはマジカルホイール、通称マジホイと呼ばれる次世代の自動運転マシンで、何でもガソリンでも電気でもなく魔法をエネルギーに変換して動くという夢のような乗り物だ。世の中にはごく少数魔法士と呼ばれる魔法を使うことのできる人間がいる、ということは知識としては知っていたけれど、僕もエースも魔法なんて扱えないしそんな凄い力を持つ人に今まで出会ったことがない。その魔法を一般の人たちにも還元してよりエコで便利な未来を目指そうというのがこのマジホイが作られたコンセプトらしい。
    「目キラキラさせちゃって。そこまで喜ぶとは思わなかったわ」
    「む。エースがマジホイの展覧会に行こうって言ったんじゃないか」
    「別にバカにした訳じゃないっての!デュースが好きそうだなーと思って誘ったんです〜」
    「……なんだ、そうだったのか」
    エースの目論見通り生まれて初めて見たマジホイに僕は夢中になってしまって何か複雑な気持ちだ。



    クリスマスデートはお互いに行きたい所を一つずつ言い合おうということになり、エースが提案したのがこの『ミライをこの手に!マジカルホイール展』だった。
    日頃エースはバイクや魔法に特別興味がある訳じゃないからちょっと意外に思っていたけど、まさかこの場所を選んだ理由が僕が好きそうだと思ったから、なんて。言葉通りに受け取って単純に自分が行きたい場所を挙げてしまった自分があまりに子どもっぽくて凹む。




    「なにむくれてんの」
    「むくれてない」
    「オレがマジホイ展選んだのイヤだった?」
    「……嫌じゃない。楽しいし嬉しい」
    「じゃあいいじゃん」
    あっちの土産物コーナーに行こうと腕を引っ張られて、マジホイクッキーとマジホイチャームを選んでいるうちに自然と僕の顔には笑みが浮かんでいた。楽しいし嬉しいんだから仕方ない。やっぱりエースは凄いな。
    お揃いで付けようというエースの提案でお互いのイニシャルが入ったチャームを選んでスマホのカバーに付けることにした。
    「おぉ!なんか……カップルっぽいな!」
    「ぽいじゃなくて実際カップルでしょオレら」
    「へへ、そっか……!そうだな」
    「も〜ちゃんと自覚してよね」
    ぷりぷりしながらも僕のスマホカバーにマジホイにAのイニシャルが施されたチャームを取り付けて手渡してくれる。少しもたついて僕もエースのスマホカバーにDのイニシャル入りマジホイを付けてやった。僕には浮かばないアイデアだったけどお揃いっていうだけでこのマジホイチャームが世界に一つしかない特別な物に思えるから不思議だ。心なしかエースの口角も上がっていた。



    思う存分マジホイ展を堪能して外に出る頃にはとっくにお昼を過ぎていて、近くのバーガーショップで遅めの昼食を取ることにした。
    店に向かう途中の道は午前中より人が増えて賑わっている。楽しそうに笑い合う声。そのほとんどがカップルらしき二人組であることに気付いて、僕たちもそのうちの一組だという事実に一人で照れてしまう。
    (……手繋ぎたいな)
    左横にちらつく僕より綺麗な手を目で追ってそっと手を伸ばしてみる。ドクンドクン。心臓がうるさくなった。
    「あ、着いた」
    もう数センチでいよいよ触れるという瞬間エースの声がして、視線を上げれば目の前に目当てのバーガーショップがそびえている。
    「ん?どした?」
    「え、あ、なんでもない……!」
    即座に引っ込めた腕が熱い。エースは不審な顔をしているけれど僕は何も言えなかった。



    僕はエッグビーフバーガーとポテトにコーラのセット。エースはビーフシチューのポットパイにポテト、それからコーラを頼んだ。店内は思っていた程には混んでいなくて、すぐに席に座ることが出来た。
    「これからクリスマスマーケットに行くのにこんなに食べて大丈夫かな……」
    「じゃあマーケットはあったかいもん飲みつつ何かつまむ感じにしとく?」
    「うん。それなら余裕だな」
    「ってかオレもデュースも普通に食えると思うけどね」
    「それもそうか」
    「ね、それよりそれ一口ちょーだい」
    エースの視線が僕のエッグビーフバーガーに移る。
    「お前の一口は一口じゃないからやだ」
    「なんでだよ!さっきクリマで飯食えるか心配してたじゃん」
    「それはそれ、これはこれだ。でもって一口デカいの認めてるじゃないか」
    「オレのポットパイ一口あげるからいいでしょ?お願い」
    「むっ……」
    僕も注文するかギリギリまで悩んでいたパイに心が揺れる。そもそもほんとにエースに一口やるのが嫌な訳ではなくて、なんていうかその……間接キスだとかそんなことを僕が勝手に気にしてドキドキしてしまうのが悔しいだけだったりする。
    「はい」
    まだ良いともダメだとも言っていないのにエースはスプーンでパイとビーフシチューを掬って僕の目の前に差し出した。
    「……ずるいぞエース」
    「早く食べないと垂れちゃうって」
    エースは意地悪く笑っている。これはこのままエースの手から食べろという意味だ。
    仕方ない。シチューが垂れてしまったら勿体無いからな。なるべく意識しないようにして口を開けてエースの持っているスプーンに口をつける。
    もぐもぐゴックン
    「どう?」
    「……美味い」
    とろとろのビーフシチューにパイ生地が絡んでめちゃめちゃ美味かった。エースはニコニコしながらこちらを見つめている。
    「次はデュースくんの番ね」
    「……普通にバーガーをお前に手渡すんじゃダメなのか?」
    「ダメでーす。美味しい物は美味しく食べさせてよ」
    どういう理屈だそれ。変なところでエースは頑固だから僕があーんしてやるまで駄々を捏ねるであろうことは分かりきっているので覚悟を決めた。というか頑固というか小さい子どもと一緒じゃないか。
    「……ほら」
    僕がエースの目の前にペーパーに包まれたエッグビーフバーガーを差し出すとエースが前のめりになる。
    「いただきまーす」
    あむっとバーガーにかぶりついたエースは嬉しそうにしていて、相変わらず一口はデカかった。欠けたバーガーと咀嚼しているエースを交互に眺めていると何だか面白くなってくる。
    「美味しかったか?」
    「うん。卵がふわふわでパティの味付けも絶妙」
    「ふふ。そうか」
    「なーに笑ってんの」
    「何かお前が嬉しそうに食べてるから楽しくなった」
    「……もう一口パイ食べる?」
    「いいのか?」
    急にしおらしくなったエースがポットパイをもう一口分けてくれた。二回目のあーんに僕は少し慣れたけどスプーンを持つエースの顔は赤くて、何で今さら照れているのかよく分からなかった。




    完食してバーガーショップを出るとますます人手が増えていた。カップルの姿もさっき以上に目立つ。
    「わー見事にカップルばっかり。流石クリスマス」
    エースは若干げんなりした様子だったが僕の心は弾む。道行く人たちはみんな幸せそうな顔をしていて、全然知らない人だけど祝福したい気持ちになる。
    (……手)
    ちらりとエースの手元に目線を落とす。ここからクリスマスマーケットの会場まで少し距離があるけど今度は繋げるだろうか。
    僕たちのすぐ横を通り過ぎていった男女のカップルは指の間に互いの指を絡め合っていて、思わず凝視してしまった。流石にあんな繋ぎ方は無理だけど普通に掌を合わせて繋ぐくらいなら僕にも……
    「みんな手繋いで歩くから道幅狭くて歩きづれぇ〜」
    エースが独り言のようにぼやく。
    それは事実で、元々幅が広いとはいえない通りを皆横並びで歩いているから窮屈になっている。歩きづらい。その通りだと思う。
    そうなんだけど。全くその通りなんだけど。
    「……ってまーたむくれてる?」
    「むっ。むくれてないぞ」
    「頬っぺたパンパンですけど」
    ぷくぅと無意識に膨らんでいた僕のほっぺたにエースの人差し指が差し込まれてひんやりした。
    「ハハッ。リスみたいでかわい〜」
    空気を抜こうとプスプスしてくるエースに僕はパンパンに空気を含んで抵抗する。エースの指が冷たいのにあったかくて、また僕は自然と笑ってしまって頬にあった空気はみるみるうちに冬の外気に溶けて消えていってしまった。
    「エース」
    「んー?なに?」
    何かもうゴチャゴチャ考えるのはやめよう。新鮮な空気を肺に吸い込めば心の中もクリアになっていく。
    「手、繋がないか?」



    歩いて二十分程。まだライトの灯らないストリートを抜けてようやく目当ての場所が見えてきた。少し奥まった所に赤い倉庫街のような風景が広がっていて、その隣のスペースにプレゼントボックスをモチーフにしたマーケットの入り口がそびえている。
    しばらく外を歩いてここまで来たけど不思議と身体はポカポカしていた。重なった掌が手袋みたいに温かい。エースも口では寒いと言っているが先程より指先は熱を帯びている。それがエースなりの照れ隠しだと分かって思わず口元が緩んでしまった。
    「は〜到着!」
    「凄いな。プレゼントの中に入って入場するんだな!」
    「そこでテンション上がる奴はあんまいないと思うけどね」
    チケットを買ってくる、とくっついていた手が離れてエースが券売機の列に並んだ。邪魔にならないように隅に移動しながら僕は消えた温もりを惜しむように掌を眺める。
    自分より細くて爪先は綺麗に整えられている、エースの手。手を繋がないかと言った僕に一言うん、とだけ返事をしてエースが手を握ってくれた。道を塞ぐカップル達にげんなりしていたクセにエースの触れ方はものすごく優しいものだった。
    (繋げて良かった……)
    込み上げてくるあたたかい気持ちが擽ったい。



    「お待たせ。ハイ」
    「ありがとう」
    戻ってきたエースに手渡されたチケットには可愛らしいサンタさんがプリントされていた。それだけで気分が高まってくるから不思議だ。
    チケットと一緒にエースが持ってきたマーケットの地図を広げて一緒に覗き込む。フードや飲み物だけではなくクリスマス雑貨の出店もあるらしく、まずは物販ブースを見て回ることにした。
    「実はクリスマスマーケットに来るのは子どものとき以来なんだ」
    「そうなの?すっげー久々じゃん」
    「ああ。だから会場で母さんとはぐれて迷子になった記憶しか残ってない」
    入場ゲートをくぐると幼い頃の苦い思い出が蘇ってくる。鼻をくすぐる香ばしい匂い、飛び込んでくる巨大なツリー。いざこの光景を目の当たりにすると昔同じ物を見たような気になって懐かしさすら覚えた。あ、あのトナカイのオブジェ、顔がなんとなく印象に残っている。アイツは僕が幼い頃ここに訪れたときも本当にこの場所にいたやつかもしれない。
    「じゃあ今日は楽しい思い出に塗り替えないとね」
    「へへ……そうだな!」
    軽い足取りで僕たちはクリスマスにちなんだ小物や雑貨を扱ったブースへと向かう。ポストカード、アロマキャンドル、食器。どれもクリスマスっぽいカラーや香り、装飾が施されていて見ているだけで楽しい。一軒覗いてはまた横のテントやワゴンを覗いていく。



    「あ、スノードームじゃん」
    何張めかのテントを覗いたとき、エースが丸くて小さいそれを手に取った。
    「オレ小さいとき好きだったんだよね〜!クリスマスマーケットに来ると親にねだって毎回一つ買ってもらってたわ〜」
    「へぇ〜小さいエースか」
    頭のなかにリトルエースを描いてみる。何度か見せてもらった写真のなかのエースはやんちゃそうな顔をしていてお兄さんと一緒に写っているものが多かったっけ。家族みんなから愛情をたっぷり注がれて我儘に育てられたんだろうな。
    「こーら!勝手にオレの幼少期を想像しない!」
    「いいじゃないか別に。なぁスノードームは今も持ってるのか?」
    「流石に何個かは壊れたり行方不明になったりしてるけど、無事なやつは全部実家に置いてあるよ」
    「じゃあ今の一人暮らしの部屋には無いのか」
    「まぁそうね……。なに、見たかったの?」
    「うん。キラキラしてて何かいいな、スノードーム」
    僕が手に取った雪だるまのスノードームは傾ける角度によってゆっくり雪が舞ったり吹雪になったりするのが面白い。
    ひっくり返して台座の裏に張り付いている値段を見て買うかどうか真剣に悩む。決して買えない額ではない。だけど男子大学生がこんな可愛らしいものを買って飾っても良いものか。
    「……久しぶりでテンション上がったしこれ買おっかな〜」
    青い帽子を被った黒髪の男の子が雪だるまを作っているスノードーム。エースが手に持っているそれを隣で眺めながら僕も覚悟を決めた。
    「よし!僕も買う!」
    「声デカ!んな気合い入れて買う代物じゃないでしょ」
    会計を済ませて紙袋にスノードームを包んでもらう。
    エースがスノードームを買うのは少し意外だったけど、やっぱり小さい頃を思い出して欲しくなったんだろうか。それを聞いたらこの青い帽子の男の子がどっかの誰かみたいだったから、と言っていたけど誰だろう。近所の子どもかな。
    その後もショップを見て回って、エースはローズの香りのハンドクリームを買っていた。嗅がせてもらったら仄かに甘くて瑞々しい薔薇の匂いがした。レジでエースがハンドクリームの他にも何か持っていたような気がしたけど、気のせいか?




    一通り物販エリアを回り終えて、いよいよお目当ての飲食コーナーへと向かう。
    「す、すごい……」
    さっきまでいた雑貨ゾーンの比ではないテントとワゴンの数。これ全部がフードの売り場なのか。
    「はは。あ、ねぇ食べる前に写真撮ろ」
    「写真?あぁ、そういえば皆あそこで写真撮ってるな」
    入場するときに見た巨大なクリスマスツリーの前で皆スマホをかざしている。気付けば外は暗くなり始めていてツリーのオーナメント電飾も色とりどりの光を放っていた。
    周りの人達にならって僕たちもツリーをバックに自撮りすることにする。エースが撮ってくれた写真は上手く人を避けていて、この場所に僕とエースの二人きりしかいないみたいな錯覚に陥りそうだ。僕は写真を撮るのが下手だから後でエースに送ってもらうことにした。



    「デュース何食べる?」
    「ソーセージの盛り合わせとグラタンポテトと……あ、ローストビーフもいいな」
    「ぷっ…!めっちゃ食う気満々じゃん」
    さっきバーガーショップで自分の胃を心配していたことを思い出したけど、この香ばしい匂いを吸い込んでいたら既に腹が減ってきた。
    「エースも食べるだろ」
    「当たり前でしょ!アヒージョも食べたいかも」
    「いいな!そうだ、グリューワイン飲むか?エッグノッグも気になる……」
    「順番に頼んでどっちも飲めばいいじゃん。オレもワインとホットチョコレート両方飲みたいし」
    こうして話しているだけで涎が出そうだ。
    目星をつけて店を巡り買い揃えてから、空いていた隅っこのテラス席に腰掛ける。テーブルにはチーズたっぷりのソーセージの盛り合わせにフライドポテトにグラタンが添えられたセット、薔薇の形を模したローストビーフ、それからワインに合いそうなアヒージョ。僕もエースも一杯目はグリューワインであったまることにした。
    「そういえば思った程マーケットは混んでないんだな」
    「あーそうね。クリスマスは外じゃなくて家で過ごす人も多いしね」
    確かに僕が子どもの頃に行ったのもクリスマス当日ではなかったかもしれない。



    「メリークリスマス!」
    「メリークリスマス!」
    エースとグラス(という名の紙コップ)を合わせてワインを口に含む。葡萄のいい匂いが湯気に混ざって鼻から口に流れていく。
    「ん〜クリスマスって感じがする!」
    「言えてる」
    軽口を叩きながらソーセージを口に運べば、これがまたワインと絶妙に口のなかで絡んだ。アヒージョを食べているエースも同じだったようだ。
    「んま〜!普段はあんまりワイン飲まないけどめっちゃ合うんだけど、なにこれ!やば」
    「ソーセージも凄い合うぞ!ホットワイン美味い!」
    次はローストビーフ、その次はグラタンにポテト、それからアヒージョを食べていく。どれも絶品だ。外で食べているから余計に美味しく感じる。二人してバクバク食べて飲んで、時々味の感想を言い合って。紙コップの中身が底をついてエースにおかわりをどうしようか尋ねようとしたとき、近くの席に座っていた三人グループの若い女の人たちの話し声が耳に入った。
    「凄い食べてて可愛い〜」
    「大学生かな?めっちゃがっついてて可愛すぎる」
    「マジ尊い。いっぱい食べて健やかに生きてほしい……」
    間違いなく自分たちの話をされている。料理とワインに夢中になっていて気が付かなかったけど、僕たちみたいに凄い勢いでフードを食べている人なんていないのでは……。視界に入る限りでも皆談笑しながら話の合間に飲食を楽しんでいるようだった。
    「……うわ、めっちゃハズい」
    彼女たちの会話がエースにも聞こえたらしく、僕たちは顔を赤くしながら残りの料理をちびちびと食べ進めるのだった。



    「マジやらかしたわ」
    「ほんとにな」
    それから僕たちはホットドリンクを買ってクリスマスマーケットの会場を出た。エースの左手にはホットチョコレート、僕の右手にはエッグノッグ。マシュマロで作られたサンタとトナカイが表面に浮かんでいて可愛い。飲むのが勿体ない。
    「でもめちゃくちゃ楽しかったな」
    「そうね〜」
    ドリンクを片手になんとなく駅前を歩けば、すっかり暗くなった街に至るところで光が灯っている。マーケットに行くときにはまだ日が落ちていなかったからこんなに沢山ライトがあったなんて気が付かなかった。
    「あ、あそこ何か凄いぞ!」
    「あ〜有名なイルミネーションスポットだ。見てく?」
    遠目から見ても他より眩い光を放っていて吸い込まれるように僕とエースも光の先に向かう。
    近くで見たら圧巻だった。淡いブルーと白を基調としたライトが煌めいて木々たちを彩っている。クリスマスマーケットにもイルミネーションスポットはあったがこちらの方が凛としている感じがする。手に持っているドリンクがすっかり冷めてしまっていることにも気付かず、エースと二人で光の世界に没頭した。




    「デュース、今日はありがと」
    しばらくしてエースがバッグから取り出して僕に差し出したのは二つの袋だった。見覚えのあるパッケージ。先程クリスマスマーケットで見たものだ。
    「これはデュースのお母さんに」
    「えっ……このハンドクリーム、エースが使うんじゃなかったのか?」
    てっきりそう思い込んでいた。エースが柔らかく笑う。
    「今日一日デュースのこと借りちゃったから。こんなんじゃ全然足りてないんだけどさ、せめてものお礼。ほんとは直接渡した方がいいんだろうけどどうやって渡せばいいか分かんないし……デュースから渡しておいてよ」
    エースの優しさが沁みて自分が貰った訳でもないのに泣きたくなる。
    仕事をしながら家事もこなしている母さんの手はいつもあかぎれだらけで、そういうのを考えてハンドクリームを選んでくれたんだろうな。緩んだ涙腺をグッと堪えて紙袋を受け取って、絶対喜ぶと思うと答えるとエースは少し照れくさそうにはにかんだ。
    「……で、こっちはデュースに」
    「僕にもあるのか?」
    ハンドクリームより少し大きめの袋。開けてみてと促されて中身を覗いてみる。
    「……写真立て?」
    「そ。クリスマスプレゼント」
    「いつのまに買ったんだ……でもありがとう」
    嬉しいけれど何で写真立てなんだろう。疑問が顔に出ていたのかエースがほんとはさ、と続けた。
    「指輪……とか渡したいなって考えたけど、オレたち学生だし将来のことなんてまだ何も分かんないじゃん。そんな不確定な未来じゃなくて、なんつーか……もっと自分に自信がついたときに指輪は贈らせて」
    「え……」
    「今はそのフォトフレームに二人で撮った写真飾って、それ見ながら毎日オレのこと考えてくれればそれで十分幸せかなって思ったから」
    ぶわっと身体中が燃えたぎるように熱い。恥ずかしくてエースのことを直視出来なかった。
    「……お前のこと考えない日なんてないのに」
    「じゃあもっと考えてもっとオレのこと好きになってよ」
    俯いた僕の顔を覗き込んで溶けそうな程甘い声でエースが囁く。これ以上好きになったらどうするんだバカ。消え入りそうな声でそう返すだけで精一杯だった。今日クリスマスマーケットでエースが撮った写真を送ってもらったらそれを飾ろうかな。
    「……僕からもエースに」
    バッグから紙袋を取り出してエースに手渡す。
    「え、これ……」
    「クリスマスプレゼントだ」
    「いや、お前雪だるまのやつ買わなかったの?!」
    エースの掌の上にちょこんと乗っているのは白い天使のスノードームだ。
    「うん」
    「うんって……気に入ってたじゃん!何で」
    「いいから振って見てくれ」
    僕が気に入って手に取って見ていた雪だるまのスノードームを買わなかったことに納得していない様子のエースにそう催促すれば、渋々ながらスノードームを持つ手を動かしてくれた。ゆらゆら舞い落ちるそれは紛れもなく僕の気持ち。
    「わ、ハートが降ってきた!」
    「エースのスノードームコレクション、また一つ増えたな。部屋に飾ってもらえたら嬉しいけど恥ずかしかったら机の引き出しにでも……」
    「飾る!飾るに決まってるじゃん」
    「決まってるのか?」
    「当たり前でしょ!めっちゃ大事にする……ありがと」
    「ふふっ、こちらこそありがとう」
    イルミネーションのなかでクリスマスプレゼントを贈り合うなんて僕たちは意外とロマンチストなのかもしれない。嬉しくて、幸せで、寒さなんて微塵も感じなかった。



    「飲むの忘れてた」
    「ほんとだな」
    慌てて飲み干したドリンクに温かさなんて残っていなくてただのぬるい謎の液体だった。マシュマロもでろでろに溶けていつのまにかサンタもトナカイも消えて無くなってしまっていたけど、それすら何だか楽しくて笑えてしまう。
    空っぽになった紙コップをどうしようかと悩んでいるエースの左手を捕まえて、ぎゅっと僕の右手で塞いでやった。
    「へへ、隙あり」
    そのときの僕を凝視したまま固まってしまったエースが面白かったんだって、後で母さんに今日の手土産として教えてやるつもりだ。ハンドクリームと一緒に。
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