「…」
「ちょっ、え、なに?!」
コノエは徐ろにゲームをやっているチャンドラの後ろから抱き着いた。
脚の間にチャンドラを挟み背中を覆うような体勢でそのままチャンドラの胸元と腹部に腕を回す。
突然のコノエの行動にチャンドラは驚きコントローラーから手を離してコノエを引き剥がそうとするが、コノエの腕はビクともせずむしろ抱擁が強くなる一方で。
チャンドラが装着しているヘッドセットの向こう側にハインラインが居るのを知ってか知らずか、ヘッドセットからは『ダリダ?』とハインラインの声が漏れ出ていて。
「あ、ごめん。いや、なんかコノエさんがいきなり抱きついて来て…」
『…アレクセイ。嫉妬も度が過ぎれば呆れられるだけですよ』
「はぁ?なんだよそれ」「君には言われたくない」
ヘッドセットから聞こえる呆れたハインラインの言葉に疑問符を浮かべたチャンドラとコノエの拗ねたような声色が上がったのは同時だった。
「嫉妬ぉ?なんで?」
『たまには構ってやれということだ。…ゲームオーバーにもなったし、今日はここまでだな。ではダリダ、また次もよろしく頼む』
「え?あぁ、はーい。んじゃな~。って切れるの早…」
チャンドラは通話相手が居なくなったルーム表示を見ながら自分のマイクもオフにしてヘッドセットを外して、コノエに体重をかけるようにもたれ掛かった。
本当は向き合いたかったのだが、通話を終えてもコノエが頑なに抱き締める力を弱めないから諦めた。
「んで、本当に妬いちゃったんですか?」
「…」
「無言は肯定と捉えますよ?…コノエさんって、たまに可愛いところありますよねぇ」
チャンドラは頬を緩めながら後ろ手にコノエの頭を撫でながら、もう片方の手で自分を抱き締めている手を包む。
珍しく無言でチャンドラの手を受け入れているコノエの柔らかな髪を堪能していると、暫くしてコノエがむず痒そうに身動ぎをして。
そしてぐい、と腕に力を込めてよりチャンドラと密着するような形になると、ひとつ大きなため息をついてからチャンドラの肩口から顔を覗かせる。
その顔には少しの照れと物言いたげな表情が乗っていて。
「…君はずるい」
「特に何もしてないじゃないですか」
「無条件に僕を甘やかしすぎだ。なんでも受け入れられてしまうと加減が分からなくなる」
「なんでもってことはないですし嫌なものは嫌って言ってますよ?」
「許容範囲が他者より広すぎることを自覚すべきだ」
「ええ?とはいえ気を許した相手にだけですよ?」
「…そういう所だよ」
コノエはもう一度ため息をつくと再びチャンドラの肩口に顔を埋めた。
チャンドラは自分が人見知りで交友関係が狭いのを自覚している。
だからこそ自分と仲良くしてくれる人間には出来る限り応えてやりたいと思うし甘やかしてやりたくなるタイプなのだが、許容範囲が広いとは言われたのは初めてだった。
チャンドラが疑問符を浮かべながら首を傾げていると、腹部に回されたコノエの手がチャンドラの手を捉えて静かに指を絡めてくる。
応えるように指先に力を込めてやると、今度は首筋にぬるついた感触が走って、思わず肩を震わせてしまって。
「ちょっ…!?」
「…このまま、してもいい?」
抱き締められているためコノエの顔は見えないが、それでも性の雰囲気を纏わせながら問い掛けてくるコノエにチャンドラは体を強ばらせる。
そういう雰囲気になるかもと予想していなかった訳では無いが、いつまでたってもコノエというアダルティな大人が自分を求めてくる姿に、本当に自分を?という不安な心と求められて嬉しいという喜びの感情が入り交じって慣れない。
「こ、ここでですか…?!」
「ダリダが僕をどこまで許してくれるのか、知りたい」
「あ、ちょっ、耳は駄目ですって…!」
わざと吐息混じりに囁いてくるコノエにチャンドラはびくりと身体を震わせながら、せめてパソコンの電源だけはと目の前にあるマウスに手を伸ばす。
先程通話を終えたのを確認したばかりだが、ここにはマイク以外にもカメラなど万が一作動していたら困るものが沢山ある。
コノエがちゅ、ちゅ、と首筋に吸い付く感触を受け止めながらなんとかパソコンをシャットダウンさせると、チャンドラの身体はそのまま床に押し倒されて、コノエが跨る体勢になる。
「ごめん、今日は我慢できそうにない」
「…んもぉ、仕方ないですねぇ」
漸く見ることが叶ったコノエの表情がいつにも増して切羽詰まっているのに気付いたチャンドラはへらりと笑ってコノエを受け入れるように手を伸ばす。
チャンドラは照れ隠しで致し方なしの表情を取り繕ったつもりだが、それでも胸に溢れる優越感と多幸感は誤魔化せなくてそのまま今の想いの丈を言葉にする。
「アレクセイさん、大好きですよ」
「ッ…! 君って子は…!」
腕をこちらに伸ばしながら、劣情を灯らせた表情で下から見上げてくるチャンドラの姿にコノエは簡単に煽られる。
どこまで自分を甘やかせば気が済むんだとコノエは半ば腹立たしさに似た衝動そのままに、チャンドラの唇に噛み付いた。
「ダリダ、愛してる…ッ!」
「はっ…! …俺も、愛してます…!ん、ぅっ……!」
衝動的に噛み付かれたのにも関わらず、そのまま呼吸さえも奪うような貪る口付けを受け入れながら愛を返してくれるチャンドラにコノエの理性という箍などあっという間に外れてしまって。
次に目を覚ました時、コノエの本能そのままに全てを貪り尽くされたチャンドラは起き上がることすらも出来なかった。
幾ら許したからと言って流石にやりすぎだろうと非難の目を向けるチャンドラの視線の先には、昨夜の殊勝さはどこに行ったのだと言わんばかりに正反対なニヤついた表情を隠さないコノエが居て。
「だって、君が許したからね」
「だからって、やりすぎなんですよ…!!」
そう言いながら涙目に顔を赤らめて怒るチャンドラにコノエは心底楽しそうに笑い声を上げた。
おわれ