「せんせい、お願い!」
青桐マユはいつものように隣に座ると、そんな風に言ってきた。何をお願いするつもりなのかはわからないが、ともかく五百旗頭カナタはいいですよ、と言いかけた口を閉じる。以前書類を書いてほしいと言われて二つ返事をしたところ婚姻届を書かされそうになったことは記憶に新しい。
それを気にする様子もなく、青桐はずい、と身を寄せて自分のスマートフォンの画面を見せてくる。
「えっとねえ、このお店に行きたいの」
「スイーツバイキング……ですか」
「うん!」
意気揚々と頷く彼女に、まあこれならと五百旗頭は笑顔で了承をした。いつもなら一人で行くなり他の人間を誘うなりするだろうに珍しいなあなんてことを思いながら、予定を確認する。青桐はその横でにやにやを隠せていなかった。
そして当日、二人で街を歩く。五百旗頭の仕事が立て込んでいたり、青桐が失踪していたりと色々あってあまり最近はこういう時間がなかったなあと自分の手を握ってご機嫌に歩く青桐の髪を眺めながら五百旗頭はふふ、と笑みをこぼした。彼自身彼女と出歩くのは嫌いではないのだ。彼女はきっと自分の知らないところで散々な目に遭っているからこういうときくらいは楽しんでほしい、なんて思いながら繋いだ手に少しだけ力を込めた。
一方、青桐マユはこうして街中で二人で手を繋いで歩いているのはデートっぽいのでは!?とかなんとか思いながら歩いている。この二人の温度差がすごいのはいつものことだ。最悪グッピーが死ぬ。
どれくらい歩いただろうか、青桐マユはうっかり早足で歩いてしまったことを半ば後悔しながら目の前の建物を見上げた。その一歩後ろを歩いていた五百旗頭は高々と掲げられた看板を見てああ……と全てを理解する。
「……青桐さん、カップル限定という文字が見えるんですが」
「そうだね!さ、いこ!」
五百旗頭は見事に自分の言葉をスルーした青桐に手を引かれて、大人しく歩き出した。
二人は一緒に店を出てくる。美味しかったあと満足そうな青桐に、来てよかったなと五百旗頭は思った。
「また来ましょうね」
「うん!」
次に来るときはカップル限定じゃないといいなあ、なんて、イチャイチャしているカップルばかりでなんとなくいたたまれなかった店内を思いながら、五百旗頭は遠くを見る。が、次の約束をしてもらえたことが嬉しい青桐はそれに一切気づいていなかった。