ホリクル「聞いたか? クルトゥネ、相方出来たって」
「——……、は」
ホーリー・ボルダーは、暴れチョコボにでも蹴られたかのような衝撃を受けた。
大きな手には少々不釣り合いなサイズのフォークに巻き付けられていたカルボナーラが滑り落ちたが、再び巻き直される気配はない。
ミコッテ族の男は、耳と眉を下げながら笑った。
「やっぱり知らなかったのか。クルトゥネが誰かと組むのならお前だと思っていたから、お前に振られたのかと邪推してたんだが、違うみたいだな」
「……詳しい話を聞かせてもらえますか?」
ホーリー・ボルダーは落ち着いた風を装っているが、普段よりも瞬きが多く、語気の強さも抑えきれていない。
鋭い緑の瞳には焦りと悲しみが滲み、まるで失恋した男を見ているようだとミコッテ族の男は細いため息を吐いた。
「んー、俺も噂を聞いただけだが、斧術士の男が相手だったかな。本人から何か聞いていなかったのか?」
「…………何も……」
「あーあー、そんな萎れちゃって。エールくらい奢ってやるよ」
店員さん、とミコッテ族の男が声を上げる。
程なくして男は二杯のエールを注文したが、ホーリー・ボルダーは暗い顔のまま静まり返るばかりだった。
ミコッテ族の男は思案する。
ホーリー・ボルダーとクルトゥネは、周りから見ても息の合ったコンビで、良好な関係を築いているように思えた。
相方同士というわけではないが、二人でギルドの依頼を受けている姿もよく見られ、それだけの関係であるのにホーリー・ボルダーに黙って相方を作るというクルトゥネの行動は、問題がある訳では無いが少々薄情に感じられる。
それゆえに、引っかかるものがあった。
果たしてクルトゥネが本当に、そのようなことをするのかと。
「ん、おい、鳴ってるぞ。出なくていいのか?」
ホーリー・ボルダーのリンクパールが音を立てる。
「…………」
「おーい? 生きてるかー?」
「…………デルボールさんから、です……」
彼が出るのを躊躇うのもわかる、とミコッテ族の男は口を閉じた。
あの話を聞いてからのリンクパール通信など、例え関係のない話題をクルトゥネがしようとしていたとしても、ホーリー・ボルダーからすれば死の宣告に近いだろう。
フォンフォン、と無機質な音が鳴り響いている。
エールがテーブルに並べられても、リンクパールは泣き続けていた。
「……クルトゥネってこんなにしつこいか?」
何だか、様子がおかしい。
二人共に思った。
ホーリー・ボルダーは己の精神状態よりもクルトゥネの状況を案じ、震える手で通信ボタンを押す。
『——ッああ! 出てくれた! ホーリー・ボルダーさん、すみません、取り込み中でしたか』
「い、いえ、応答が遅くなってしまいすみません……」
『……? 具合でも悪いのですか? 元気が無いように思え……ッ、ぅあ』
「デルボールさん」
声を荒げるホーリー・ボルダーに驚き、ミコッテ族の男が毛を逆立てた。
ホーリー・ボルダーは嫌な予感を感じつつも、クルトゥネの応答を待つ。
通信先では、何の音もしなかった。
しばらくして、ようやくザリザリとノイズ音がする。
ホーリー・ボルダーは、耳へと神経を集中させた。
『……すみません、途切れてしまって。あの、ホーリー・ボルダーさん。今夜、お時間はありますか? つまり、この後すぐということになるのですが』
「ええ、カーラインカフェにおりますが……」
『そうですか。ええと……お話したいことがあるので、今から伺っても?』
お話、したいこと。
ホーリー・ボルダーからすれば、心当たりは一つしかなかった。
彼は消沈した声で了承の意を告げ通信を切り、長い息を吐く。
ミコッテ族の男は、恐る恐るホーリー・ボルダーに何があったのかを聞いた。
「……話したいことがあるから、今からここに来ると」
「うわ、それ俺ここにいていい?」
「むしろ……いてくれませんか。エールを飲むのも後回しにさせてください」
「お? それって?」
ホーリー・ボルダーが真剣な面持ちで、両こぶしを合わせる。
「遅きに失したと嘆くのはやめにしました。せめて私の想いを、彼に伝えようと思います」
ホーリー・ボルダーは先ほどとは違い、意を決した表情を浮かべていた。
玉砕覚悟の心意気に、ミコッテ族の男が興奮気味に口笛を吹く。
「ああホーリー・ボルダー、お前はそういうやつだ! 終わったら好きなもの奢ってやるからな……!」
ミコッテ族の男が、ぬるくなりかけていたエールに口をつけた。
ホーリー・ボルダーは静かに深呼吸をしている。
カーラインカフェに約束の人が現れたのは、間もなくだった。
「ホーリー・ボルダーさん、急にすみません」
「いえ、デルボールさん。それと……?」
クルトゥネが小走りで、ホーリー・ボルダーの元へ駆けてくる。
彼はミコッテ族の男を見つけると、邪魔をしてすみませんと小さな声で謝った。
やはり薄情な男には見えないと、ミコッテ族の男は思う。
むしろ気になるのは、クルトゥネの後ろをゆっくりと歩いてくるヒューラン族の男だった。
ホーリー・ボルダーは彼が何者であるのかクルトゥネに問いかけたが、背負っている得物でわかる。
彼は斧術士で、件のクルトゥネの相方の男に違いが無かった。
男は不遜な態度を隠しもせず、ホーリー・ボルダーを睨みつけてくる。
ホーリー・ボルダーは、彼についての説明をしようとするクルトゥネの言葉を遮った。
「うかがいました、あなたの相方殿だと」
「あっ……う……ホーリー・ボルダーさん……」
ホーリー・ボルダーの言葉を聞き、クルトゥネが弱弱しい声を上げ眉を下げる。
「クルトゥネ、気は済んだな?」
斧術士の男が、強い力を込めてクルトゥネの肩に手を掛けた。
クルトゥネは、のろのろと手の主の方へ振り返ろうとする。
しかし、それは叶わなかった。
ホーリー・ボルダーが斧術士の手を払いのけ、正面からクルトゥネの両肩をがしりと掴んだからだ。
クルトゥネは思わずホーリー・ボルダーの方を向き、息を飲んだ。
見たことのない顔をしたホーリー・ボルダーが、そこにいる。
実直で誠実であるけれど、怒りだとか悔しさだとかそういった負の感情をありったけに乗せた、射抜くような鋭い目でクルトゥネは貫かれたのだ。
「それでも、デルボールさん。どうか私に言わせてください」
「ホーリー・ボルダー、さん」
「デルボールさん。私の相棒となっていただけませんか」
ホーリー・ボルダーの主張を聞き、斧術士の男が声を荒げながら得物を引き抜いて一歩踏み出す。
それを止めたのは、一本の槍。
手練の槍術士ーーミコッテ族の男が、彼を制した。
「デルボールさん。私はあなたと共に冒険をするのが、最も好きです。あなたは理知的で、物事の判断が得意で、それでいて心の底から優しく、私の持っていないものをたくさん持っています。あなたと共に森を駆けるのも、食事を共にするのも、街を見て回るのも、全てが私にとって代えがたい時間でした。私は、そのような時間を失いたくない。むしろ、もっと増やしていきたい。ですから、デルボールさん。もう一度言います」
「…………、」
「私の相棒になってください」
シュー、という蒸気音が聞こえそうな勢いで、クルトゥネが赤面する。
わなわなと唇が震え、耳の先まで真っ赤に染まっていた。
冒険者一世一代の告白に、それなりの野次馬が集まってきている。
クルトゥネの動向へ、何重もの視線が注がれた。
「……ホーリー・ボルダーさん」
クルトゥネが右肩に掛かるホーリー・ボルダーの手を外し、両手で握りこむ。
そのまま斧術士の男の方を振り向いて、笑顔で言った。
気は済んだな?と。
斧術士の男は怒りに身を震わせるが、ミコッテ族の男が牽制し続けている。
苛立ちに顔を歪ませる彼はクルトゥネとホーリー・ボルダーにありったけの怒声を浴びせ、大股でカーラインカフェを去っていったのだった。
「……クルトゥネ、どういうことか説明してくれぇ……」
ミコッテ族の男がへたりと座り込む。
威勢を張っていたが、彼はずっと足が震えていた。
クルトゥネは謝りつつ、話を始める。
「まず、彼は私の相方でも相棒でも何でもないです」
「なっ」
ホーリー・ボルダーが驚嘆し、周りの群衆もざわついた。
ホーリー・ボルダーこそ知らなかったが、一部の冒険者の間ではクルトゥネとあの男が相方関係だというのは既成事実のような噂となっていたからだ。
「何だか妙に気に入られまして。誘いを断っているのにまことしやかな噂を流され、どんどんと外堀を埋められていって……」
クルトゥネが、握り締めている手に力を込める。
ホーリー・ボルダーは、ぎゅっと手を握ったまま見上げてくるクルトゥネの顔をジッと見つめた。
「……私、本当は、相棒になって欲しい人がいて。ですが、面倒事に巻き込みたくなくて黙っていました」
「で、デルボールさん」
「遅きに失したと思いました。彼はもしその人が私のことを相棒に誘うなら諦めてやってもいいと言いましたが、その人は人のものに手を出すようなタイプではない。彼は自分が賭けに勝つのだと確信していたのでしょう」
クルトゥネが目を細め、ホーリー・ボルダーに微笑みかける。
ホーリー・ボルダーはどぎまぎとしながら、クルトゥネの言葉を待った。
クルトゥネは少し唇をむにむにと動かし、分かりやすく照れながら続ける。
「ホーリー・ボルダーさん」
「は、はい」
「……私からも言わせて欲しい。どうか、私の相棒になってください」
しばしの、静寂。
カーラインカフェは、かつてない程に静まり返った。
張りつめた沈黙を破ったのは、ホーリー・ボルダーの低い声。
「不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」
ぴゅう、とミコッテ族の男が口笛を吹いた。
それを皮切りに、集まっていた野次馬達が騒ぎ出す。
「良いものを見た」
「完全に愛の告白だった」
「俺も言われてみてぇ~」
ホーリー・ボルダーとクルトゥネは、はにかみながら見つめ合ったまま。
「……よし!」
へたり込んでいたミコッテ族の男が、しゃっきりと立ち上がった。
そして二人の手を元々飲んでいたテーブルまで引いていき席に座らせれば、タイミングよく冷えたエールが三杯出される。
事の顛末を見守っていた店員からのサービスらしかった。
「二人共奢ってやる! 好きなもん何でも言え!」
「ではお言葉に甘えて。ええと、ホーリー・ボルダーさんからどうぞ」
「いえいえ、デルボールさんから」
ホーリー・ボルダーとクルトゥネが再び見つめ合い、同時に噴き出す。
「……どうか、クルトゥネと呼んでください」
「私も、呼び捨てで構いません」
「ふふ、敬語も止めにしませんか、ホーリー・ボルダー」
「…………何でもって言ったけど、甘いもん以外にしような……」
「「なぜ?」」
きょとんとした顔で自分を見てくる二人に、ミコッテ族の男は「そういうところだよ」と返したのだった。