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    CitrusCat0602

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    拒む者の庭園

     木漏れ日に瞼を撫でられ、少女は目を覚ます。視線をずらせば、色とりどりの、名の知らぬ花が咲き乱れていた。風が運ぶ花々の香りが鼻先を擽る。
     そこは庭園だった。そこは彼女の住まいだった。穏やかな青空と翡翠色の木々に守られた箱庭で、少女はただ横たわっている。さあさあと葉が擦れる音を聞きながら、少女は自分の頭の下にある何かに手で触れた。それは人の脚で、自分が今膝枕をされているのだということに少女は気が付く。寝起きだからだろうか、やけに思考が纏まらないので、少女はただただ誰かの膝を撫でるだけで何も行動を起こさない。

    「……起きましたか」

     微かな笑いを含んだ、柔らかで低い、男性の声が降ってくる。ぱち、と瞬きをして、声の方を見上げた。愛おしい物を見るような、そのような瞳がこちらを見下ろしている。それは庭を囲う葉の色とよく似ていて、それよりずっと美しい色をしていた。
     少女の行動がおかしかったのだろうか、預言者と呼ばれていた男は見たことがないほど子供っぽい笑顔を浮かべている。

    「おはようございます、俺の可愛い人」

     気分はいかがですか、なんて、一向に体勢を崩さないまま彼はそう尋ねた。彼の指先が少女の髪を掬い、なでつけるように動く。それがあんまり眠気を誘うものだから、うっかり少女は睡魔に襲われてしきりに瞬きを繰り返した。何度も暁の瞳が瞼の下に隠れる。

    「まだ、眠たいですか」

     それに頷いてしまうか一寸考え込み、少女は沈黙を貫くことにした。青年は苦笑しながら、少女の髪を指先で遊ばせている。視界の端で夜空色の髪がくるりくるりと青年の骨ばった手に絡みつくのが見えた。
     その絹のような髪の持ち主である少女は半分夢の中にいるような心地のまま、目の前の青年のことを考える。____そうだ、彼は自分の“伴侶”だ。いくら寝ぼけているからといって、旦那のことが一瞬でもわからないなんて、と思いはするものの、この強烈な眠気を蹴ってでも起きようとは思えず、甘えるように青年の膝に頬ずりをした。
     少女はじっと彼を見つめる。その視線に気づくと、青年は恥ずかしげに微笑んだ。そして片手で自分の髪を押さえると、身体を屈めて唇を重ねる。そして、名残惜しそうに彼がそれを終えると、少女はするすると手を伸ばした。小さな手が青年の服を摘む。青年の服をその手が引いて、少女は恥じらうように口をもごもごと動かした。しかし、彼女が何を言いたいのか理解できていない青年は、ただ不思議そうに首を傾げるだけで何も言わない。察してもらうのを諦めた少女は、頬を少し赤くしながらそっとお願いを口にする。

    「……もっとちゅーしたい」

     その言葉に、彼は呆気に取られたように目を丸くした。続いて、うっとりとした色気のある表情に変わると少女の華奢な身体に腕を回す。少しの浮遊感と共に抱き上げるようにして身体を起こされた。と、思えば、再び彼は顔を寄せて少女と唇を触れ合わせる。どのくらいの時間が経っただろうか。ふわふわと自分がどこかへ飛んでいってしまうような、そんな覚束無い感覚が怖くて、少女は無心に彼のことを求めていた。
     やんわりと彼から身体を離されて、思わず不満を顔に浮かべながら少女は青年のことを見上げる。彼はただ、幸せそうに目を細めるばかりで、もう一度をねだってもしてくれそうにはない。
     ……はて、そもそも彼と自分はこんなことをできる関係だっただろうか。少女は首を傾げる。自分たちは夫婦なのだから、これくらいはできて当然じゃないか、だなんて思って、けれどそれがどうにも自分に馴染みのないことのように思えた。いつの間にやら青年は少女のことを腕の中に閉じ込めている。

    「……ここは、冷えます。さあ、中に入りましょうか」

     少女はぱちりと瞬いた。ここはあまりに暖かくて、居心地がいいのに、彼はここが寒いという。しかし、いかんせん身体が上手く動かせないので、少女は自分を抱き上げて運ぶ青年に文句も言えずに運ばれることしかできないでいた。
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    元ネタ【https://twitter.com/msrnkn/status/1694614503923871965】
    京園⑰

     思い当たるところはいくらでもあった。
     元気で明るくて表情豊か。という、いつかの簡潔な第一印象を踏まえて、再会した時の彼女の立ち居振る舞いを見て気付いたのはまた別の印象だった。旅館の仲居達と交わしていた挨拶や立ち話の姿からして、慣れている、という雰囲気があった。給仕を受ける事に対して必要以上の緊張がない。此方の仕事を理解して弁えた態度で饗しを受ける、一人の客として振る舞う様子。行儀よくしようとしている風でも、慣れない旅先の土地で気を遣って張り詰めている風でもない。旅慣れているのかとも考えたが、最大の根拠になったのは、食堂で海鮮料理を食べた彼女の食後の後始末だった。
     子供を含めた四人の席、否や食堂全体で見ても、彼女の使った皿は一目で分かるほど他のどれとも違っていた。大抵の場合、そのままになっているか避けられている事が多いかいしきの笹の葉で、魚の頭や鰭や骨を被ってあった。綺麗に食べ終わった状態にしてはあまりに整いすぎている。此処に座っていた彼女達が東京から泊まりに来た高校生の予約客だと分かった上で、長く仲居として勤めている年輩の女性が『今時の若い子なのに珍しいわね』と、下膳を手伝ってくれた際に呟いていたのを聞き逃す事は勿論出来なかった。
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