「チコちゃんはほんま偉いなぁ!ちょっと前はこんなにちいちゃかったのに今は立派に育って、いやお父さん鼻が高いわ!」
わはははと笑っているプロキオンを横目に、カノープスは先ほどから冷え冷えとした笑顔を浮かべているチコーニャを見て内心冷や汗を流していた。生憎と今は酒の席で、普段なら気づいているだろうプロキオンも酔いが回っていて気づいておらず、また当然彼らほどチコーニャと親交が深くない他の警官も彼女の変化に気づいていない。
彼女がなぜプロキオンに怒っているのかを、カノープスは把握している。というより、彼女と友人関係にある人間は大体が彼女がプロキオンに寄せている感情について知っていた。ともかくプロキオンを止めないと恐らく修羅場が発生するのでカノープスはそっとプロキオンに声をかける。
「……プロキオン、もうその辺でやめておきましょう。少し飲み過ぎです」
「え~?なんやカノ君、チコちゃんばっか褒めてるからやきもち妬いとるの~?」
「違います」
「まあまあ安心しいよ、カノ君もチコちゃんも僕の自慢の子供やから――」
バン!と机を叩く音に一同は肩を跳ねさせた。カノープスはブリキの人形のようにぎこちない動きでチコーニャの様子を伺う。彼女は今俯いていて表情が伺えないが、彼女の握りしめた水の入ったコップの底が少しだけ木の机にめり込んでいるのを見て気が遠くなるのを感じる。
「え?ど……どしたんチコちゃん、そんなに酒飲み過ぎてた?僕?」
プロキオンが見当はずれなことを言うのを聞きながら、カノープスはゆらりと立ちあがるチコーニャを唖然と眺めていた。彼女は水の入ったコップを片手にプロキオンに近づく。
「……えっとー、チコちゃん?」
「……」
目の前までチコーニャが歩いてきた。次の瞬間バシャンという音と共に氷の入った水が頭からぶちまけられる。あまりの冷たさにプロキオンは肩を竦め、恐る恐るチコーニャを見上げた。ぽた、と水滴が床に落ちる音がする。
あ、とプロキオンは口を少しだけ開いた。
「……チコちゃ」
「帰ります」
「なら僕も帰ります、もうこんな時間ですし――」
「一人で帰れます」
チコーニャはそう言うと袖で顔を拭い、つかつかと一同から離れて外に出る。ぴしゃんとやや乱暴に閉められた扉を見ていたカノープスは、眉を顰めてプロキオンを見た。
「今回はあなたが悪いですよ、プロキオン」
「……」
助けを求めるようにプロキオンはこの場に居合わせた面々を見たが、彼らは静かに首を横に振るばかりである。
「……とりあえず謝るところから始めたらどうです」
「うん……そうするわ……」
なんとも言えない空気のままその日は流れ解散となり、日を跨いでプロキオンは警察署にいた。恐る恐る署内を見れば、チコーニャは何事もなかったかのように出勤しているのでほっと胸をなでおろす。
「あー、あの、チコちゃん?」
「なんでしょうか、隊長」
「」
今まで勤務中でも基本的にプロキオンさんと呼んでいた彼女の口から飛び出した隊長という呼び名にプロキオンは思わずカエルの潰れたような声を上げた。ついでにチコーニャの表情がそれはもう冷え切っていたので、たらりと冷や汗が首筋を伝う。
「や、あの、あのな」
「用件をどうぞ」
「えっと……昨日のことなんやけど……」
「ああ。別に気にしていません」
「あっ、そ、そうなん?あのー、なんか今度一緒に」
「なので今後仕事に関係しないことで私に話しかけないでください」
取り付く島もないとはこのことか。チコーニャは固まるプロキオンに一度目を細めてからふいっと視線を逸らし、そのまま別の場所に移動していってしまった。それを呆然と見送り、自分たちを見守るように少し離れたところに立っていたカノープスを見る。カノープスはそっと手でバツマークを作った。
「ど、ど、どないしよう、チコちゃん本気で怒っとる」
「これはもう……なんていうか……暫く怒ったままでしょうね……」
どうしよう……と若干涙の浮かんだ瞳で養父が自分を見つめてくるので、カノープスは暫く考え込む。それからちょっとだけ胃が痛むのを感じつつ、ガラークチカやユーダリルなど、彼女のことをよく知る同性にアドバイスをもらうことをプロキオンに提案するのだった。