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    CitrusCat0602

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    続き

    5 見覚えのある女の子がじっとこちらを見ている。少年は瞬きを繰り返した。何を考えているのかわからない無機質な瞳から一筋涙が零れ落ちたのを見て、それを拭ってやらねばと強く思った彼は手を伸ばす。

     そしてそこで目を覚ました。

    「……あーーー、なんやねん……」

     プロキオンは身体を起こすとがしがしと頭を掻いた。ここ数日、ずっと同じ夢を見ている。胸にしこりが残るような、何ともし難い夢だ。彼はため息を吐き出すとベッドの上で大きく伸びをした。カーテンの向こう側の明るさに目を細め、今日も仕事に行かねばとベッドから出て服を着替える。彼は警官として数年働いており、この街ではそこそこ名が知れていた。

    「義父さん、朝食が……、あれ。」
    「あ、カノくん。おはようさん」

     部屋に入ってきた少年が目を丸くするのを見ながら、可笑しそうにプロキオンは肩をすくめる。彼の名はカノープス、故あってプロキオンが一時期保護していた子供だ。今でも交流があり、時折彼の家に泊まりに来ている。
     どうやら彼の兄弟はプランツドールと呼ばれる特殊な人形を作っているらしい。しかしプロキオンはその人形の話を聞くと胸にぽっかりと穴が空いたような気持ちになってしまうので、あまり詳しく聞いたことがない。

    「起こしても良かったんよー。なんも用意出来ひんくて堪忍なぁ」
    「ううん。……なんだか幸せそうに寝ていたから、起こすのは気が引けたんだ。」

     幸せそう?とプロキオンは首を傾げる。あまり幸せな夢を見た気はしないのだが。夢の内容を深く思い出そうとしたものの、カノープスがせっかく作ってくれた朝食が冷めてしまうので今は深く考えないことにする。
     そうして始まったその日もいつもと変わらない一日が過ぎるはずで、いつものように彼は巡回をしていた。異変があったのはその途中、公園の横を差し掛かったところ。そこに一人の少女がいる。小学校高学年から中学生くらいだろうか、少女はこちらに背を向けて何をするでもなく立っていた。ちらりとプロキオンは時計を見る。どう考えてもそのくらいの子供が公園にいていい時間ではない。

    「お嬢さん、ちょい時間もろてええですか?」

     公園に踏み込み、少女に声をかける。しかし一向に少女が動かないので、やや不審に思う気持ちが強まった。彼がもう一度声をかけようとすれば、少女がゆっくりと振り向く。その顔を見た途端に心臓がぐっと掴まれたような感覚がして、プロキオンはその場に縫い付けられたかのように動くことができない。
     彼女は夢の中で見た少女と同じ顔をしていた。ただ夢の中の少女と違って左目が前髪で隠れている。彼女はプロキオンの顔を見るなり彼と同じように驚いたように目を丸くした。

    「……オラクル?」

     そう呟いて、彼女はふらりふらりと彼に近づいてきた。そして彼の目の前まで来ると立ち止まり、そのままぎゅうと抱きつく。突然のことに驚いて固まる彼をそのままに、少女は心底幸せそうに笑った。長身のプロキオンに比べてこの少女はまだ小柄なため、彼女の顔は彼の鳩尾辺りに来ている。なんにせよ、プロキオンはこの少女の待ち人が自分ではないことを察していた。オラクルなどという名前に覚えはない。

    「……会いたかった……」

     しかし、泣きそうな声でか細くそう呟く少女に人違いだ、とバッサリ伝えることもできず、人の良い彼は行き場のない手を彷徨わせながら言葉を探した。

    「あー……その、僕、ちゃうねん」
    「……ちがう?」
    「僕、プロキオンっつー名前でな……」
    「……そんなはずない、だって、匂いも一緒なのに」

     混乱したような様子で少女が顔を歪めた。混乱しているのはこちらも同じなのに、とプロキオンはこめかみを揉む。ともかく、こんなところを誰かに見られたら少々まずい。少女を宥めながら自分から離し、ベンチに座らせる。

    「なぁ、君名前は?どこの子や」
    「……チコーニャ。」
    「チコちゃんやね、オーケー覚えたわ。……あー、改めて、僕はプロキオン。そのー、オラクルって子は僕に似てはるの?」

     プロキオンがそう尋ねれば、チコーニャが瞳を揺らしながら悲しげに彼を見つめてくる。どうにも居心地が悪くて、プロキオンは一度咳払いをした。

    「……本当に、本当にオラクルじゃないの?」
    「ちゃうよ」
    「……そっか」

     チコーニャは俯いたまま沈黙してしまう。プロキオンは困ったなと頬を掻いた。

    「……とりあえず、家帰った方がええんちゃうかな?学校から連絡行ったら親御さん心配するやろ」

     そう提案すると彼女はふるりと首を振る。プロキオンはまた困ったような顔をした。そこに、足音と共に女性がやってくる。

    「チコーニャちゃん、こんなところにいたのですね」
    「あれっ、チカさんやん。」

     現れたのはプロキオンの住むマンションの大家であるガラークチカだった。部屋のひとつでカフェを開いている、ややミステリアスな女性である。

    「ああプロキオンくん、一緒にいてくれたんですね。」

     彼女は笑顔を浮かべながら、チコーニャの前までやってきた。

    「チコーニャちゃん、帰りましょう」
    「……」
    「あらあら……」

     チコーニャは何も言わずにプロキオンの袖を握る。プロキオンは目を丸くし、ガラークチカは困ったように眉尻を下げて首を傾げた。

    「チコーニャちゃんたら、余程プロキオンくんと離れたくないのですね」
    「ぼ、僕公務中なんやけど……」
    「そうですよねぇ……。チコーニャちゃん、今は私と一緒に帰りましょう。……後でプロキオンくん、迎えに来てはくれませんか。身の回りにかかるお金とかは支払いますので」
    「そ、そうは言うてもなぁ……僕かて忙しいし」
    「お願いします、家賃もまけますから」
    「うーん」

     プロキオンは渋るように腕を組む。その様子を見ながらチコーニャは不安げにプロキオンを見上げた。

    「……だめ?」

     上目遣いでそう言われて、プロキオンは何故だかにべもなく頷いてしまう。我に返って慌てて訂正しようとガラークチカを見るが、彼女はプロキオンが頷いたことで非常に満足そうな顔をしており、プロキオンはとうとう諦めて仕事が終わったら迎えに来る、という約束をチコーニャとした。
     ああ……と肩を落としながら巡回に戻るプロキオンを眺めながら、ガラークチカは首を傾げる。

    「チコーニャちゃんはどこでも彼のことが好きになるのですね」
    「……?」
    「ああいえ、こちらの話ですよ。……それじゃあ行きましょうか」

     チコーニャの手を引いて、ガラークチカもまた公園から立ち去った。
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