――昔々、この世界は肥沃な星でした。民草は飢えることもなく常に満たされていました。しかし、とある些細な諍いから彼らは争い、やがてその争いはこの星の命を削り、滅亡を直視することとなりました。彼らは自らの行いを悔いて様々な手段を用いこの星を癒そうとし、その方法の一つとして炉心が造られることとなりました。

　扉の下に広がっているのは無機質な白い通路。最早電気の通っていないのだろう薄暗いその場所を、女王は足元に気を付けて、などと声をかけながら先導する。長い年月が経ったのだろうこの場所は、ところどころ風化していて崩れてしまっていた。しかしむき出しになった女王の根が通路を支えている。

「この星を癒そうとした人々の胎児の遺体、神なる獣の化石、そしてヴルトゥームの欠片たる私の記憶、知恵の全てを組み合わせ、アローシェは造られました。」

　二人と一匹分の足音が響いた。崩れ落ちた扉から、壊れた機械がいくつも見える。ひび割れたモニター、コードの絡まった寝椅子……。

「バイアクヘーたちが私を指して言っていた……本物の炉心、とは……」
「もうお気づきかもしれませんが、この星にはアークテクチャが存在しないのです。なので……有体に言えば贋造炉心……ということになるのでしょうか。」

　カノープスは少しだけ眉を寄せる。それをどう捉えたか、女王は困ったように眉尻を下げて微笑んだ。

「あの子の記録がある場所にご案内いたします。……残念ながら、こればかりは口頭よりも直接お見せした方が良いでしょう。」

　そう彼女は言って、また滑るように廊下を進む。やがて一同は元は温室だったのだろう場所へと案内された。
　かつて太陽光の代わりとなっていたのだろう証明は無残に砕けており、代わりに仄かに光を放つ彼女の根がそこに鎮座している。カノープスはそれに近づくと手を触れ、またデータ抽出を行う。それを女王は見ていたが、シュネーヴがすと歩み寄るのを感じるとそちらへ身体を向けた。

「……私からもお聞きしたいことがあります」
「はい、なんでしょうか」
「アルローリアはこの場所に来る前に、とある存在に接触しました。それはこの場所へあの子を誘導し、何かを為そうとしているようなのです。……あの子曰くそれは馬の姿をしているようですが」

　ぱちり。花の神格は瞬いた。そして困ったような顔をして、バイアクヘーの背に乗っているアルローリアに目を向ける。カノープスやシュネーヴが何かをしている間暇な彼女は少し離れたところで羊をこねて遊んでいた。

「……馬。馬、ですか。……アローシェの姿の一つが……馬に似ているといえば似ていますが。……もしかすると、彼女の身体を借りて炉心の力を使い、この星を癒そうと考えているのかもしれません」
「……そう、ですか。……しかしあの子はそれを問題なく行うにはまだ幼いと私は……」
「……あなたは、あの子のことが大事なのですね」

　シュネーヴは女王を見る。女王はどこか物憂げな表情を浮かべていた。しかしシュネーヴの視線に気が付くと先程までの笑顔に戻る。

「あの子に何かがあるのが心配なのですね。わかりました、では次に行く部屋にはあの子は行かない方が良いかもしれません」
「……何故ですか？」
「……アローシェの心臓を、炉心に見ていただきたくて。」

　女王は柔らかく微笑んで首を傾げた。何が起きるかわからないから、アローシェの身体の一部を見せるのはやめておこう、ということらしい。シュネーヴは女王に感謝の言葉を口にしようとする。

「ぎゃんっ」

　バイアクヘーの悲鳴が聞こえた。小人の歌声が途切れ、地面にどさりと倒れる音がする。シュネーヴと女王はバイアクヘーたちの方を見た。ぱちり、ぱちりと電流が地面に崩れ落ちたバイアクヘーの身体にまとわりついている。小人もまた身体が痺れているのかうめき声をあげるばかりで上手く身体を動かせないらしい。この場で、雷をこの二体にぶつけることができる存在などアルローリアしかいない。
　シュネーヴは狼狽して視線をしきりに動かした。アルローリアの姿がない。