Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    reve_pigu

    @reve_pigu

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 58

    reve_pigu

    ☆quiet follow

    ふたいつ展示作品②狛恋
    きめ学軸の夫婦の二人の話

    貴女が欲しい、貴方にあげる 狛治が恋雪の異変に気付いたのは、五日ほど前のことだ。恋雪に声を掛けても、どこか妙に落ち着きがなく、きょろきょろと視線を泳がせたりもして。下手な言い訳ですぐに狛治から逃げていってしまうのだ。狛治は、それがどうにも気になって仕方がなかった。
     妻である恋雪を心配するのは、夫として当然のことだろう。だが、狛治は直接恋雪に問うことが出来ずにいた。自分のことが嫌いになってしまったのかもしれない、飽きられてしまったのかもしれない——そんな不安を感じ始めていたからだ。
     もし、恋雪に尋ねたとして。そんな答えが返ってきたら、狛治は立ち直ることが出来ないだろう。小さい頃から共に過ごしてきた恋雪と、ようやく結婚することが出来たというのに。恋雪に限って、それはありえないとも思うのだが、妻が夫を避ける理由なんて他に思いつきもしない。
     だから、本人に聞くのが怖かった。
    (俺は、何かしてしまったんだろうか)
     頭を抱えながら、狛治が悩み出す。ここ数日は、一日中恋雪のことばかりを考えていた。珍しく授業にも集中出来ず、教師に注意されることもあった。学校生活に支障をきたしてしまうほど、それほどまでに狛治は恋雪のことを愛おしく思っているのだ。
     はあ、と盛大なため息を吐き出した狛治は、こたつへと顔を突っ伏した。今、恋雪は夕飯を作っている最中だった。手伝います、といつものように声を掛けたのだが、恋雪に「平気です」と断られたことも尾を引いている。
     ああ、もうどうしたらいいんだ。狛治は声に出すことなく、心の中で叫んだ。
     そのとき、ふいに足音が聞こえてきた。ぱたぱたと歩み寄ってくるこの足音は恋雪のものだ。それを分かっていながらも、狛治は顔を上げることはしなかった。
    「狛治さん? 寝ているの?」
     目が合ったら、恋雪に逃げられてしまう。また傷つくのは、いやだ。ここは寝たふりをするに限るだろう。息も立てず、狛治はただ静かに待つ。恋雪がこの場からいなくなるのを。
     しかし、恋雪は立ち去るどころか、なぜか狛治のそばへと腰を下ろした。目を開けていなくとも、狛治は気配で分かった。嫌われているのならば、自分には近寄りたくもないはずだ。それなら、なぜ——。

    「…………嫌いにならないで」

     聞こえてきたのは、ひどく小さな声だった。俺が恋雪さんを? 嫌いになる? なぜ? まるで意味が分からない。
     聞くなら、今が好機ではないか。手を伸ばせばすぐに捕まえられる距離に恋雪がいる。狛治が眠っていると思い込んでいる今しか、きっとチャンスはない。
     狛治がのそりと顔を上げた。すると、恋雪は驚いたように目を丸くさせて、それからすぐに逃げるような素振りを見せた。逃げられると始めから分かっていて、狛治がみすみすとそうさせるはずがなかった。
    「っ、恋雪さん……!」
     手を伸ばし、彼女の手首を掴む。それほど強くしているつもりはないが、恋雪の力では簡単には振り解けないほどの力はあった。どうにかして逃げようとぶんぶんと腕を上下に振る恋雪は、頬を真っ赤に染め上げて今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。
    「はく、じさ……お、おきて……きいてっ、」
    「はい、起きていましたし、聞いていました」
     慌てる恋雪へと嘘をつくこともなく、狛治が正直に告げる。すると、恋雪はふるりと唇を震わせて、俯いてしまった。彼女の絹糸のような漆黒の髪がはらりと垂れて、その顔を覆い隠してしまう。
    「なぜ、俺があなたを嫌うんです? そんなことあるはずがないのに」
     いや、むしろ——。
    「嫌われているのは、俺の方かと思ってました。ここ数日、あなたに避けられているような気がして……俺が何かしてしまったのかなと」
    「っ、ちが……!」
     狛治の言葉につられるように恋雪が顔を上げたが、ほんの一瞬で、彼女の視線はまたもや床へと戻ってしまった。狛治は恋雪の手首を一度解放し、今度はその震える小さな手を両手で優しく包み込んだ。恋雪が、温かくて大好きだと言ってくれた、この手で。
     すると、震えていたはずの彼女の手がじわりと温かくなっていくのが分かった。どうやら、彼女の緊張も少しは和らいでくれたらしい。狛治は、ほ、と安堵を息を吐いた。
    「恋雪さん、教えてください。どうして、俺を避けていたのか。どうして、俺に嫌われると思ったのか。教えて——俺に」
     いつまでもこのままなのは、嫌です。
     狛治がそう告げると、少しの沈黙があって、それから恋雪は小さくこくりと頷いた。狛治さん、あのね——と、ぽつりと恋雪が声を零していく。
    「……明日、バレンタインでしょう?」
    「ああ——そういえば、そうですね」
     狛治は、恋雪に言われてその存在を思い出した。恋雪に嫌われたかもしれない。そんなことばかりを考えていたせいで、すっかりバレンタインが来ることを忘れていた。小さい頃からずっと、恋雪はバレンタインに手作りの菓子を贈っていた。それが毎年、狛治の楽しみでもあった。
    「それで、私……たまには違うものも狛治さんにあげたいと思って、でも何も思いつかなくて……梅ちゃんに相談したんです」
     梅とは、学園三大美女の一人と言われている、学園の問題児である。なぜか、兄妹揃って狛治と恋雪にちょっかいをかけてくるのだが、恋雪は梅のことを気に入っているようで、よく遊んだりしている。その梅に相談なんて、なにやら嫌な予感がするのは狛治の気のせいではないだろう。
    「う、梅ちゃんが……自分をプレゼントしなさいって、言ってて、」
    「……恋雪さん、を?」
    「はい……私たち結婚してるのに、まだキスしかしたことないし、だから……狛治さんと、いろんなことしたくて、それで、」
    「っ、」
     恋雪の言葉の意味を悟った狛治は、自身の顔が熱くなっていくのが分かった。つまり、恋雪はキスよりも先に進みたいと、そう言っているのだろう。自分なんかが恋雪に触れてもいいのかと躊躇っていたあの行為を、彼女は望んでいるのだ。狛治は声を出すことも出来ず、石のように固まってしまっていた。
    「わ、私、梅ちゃんに選んでもらった勝負下着を買ったの。あなたに、狛治さんに見せたくて……でも、女の方から誘うのははしたないかもしれないって思ったら、狛治さんの顔を見ることが出来なくなって……こんなことを考えてるなんて狛治さんが知ったら、幻滅されるって、そう思って……——」
     どうか、嫌いにならないで。
     先ほどと同様の言葉。だが、彼女のその声は先ほどとは違い、震えていた。恋雪のまん丸な瞳から大粒の涙がほろほろと溢れて出ていることに気付いた狛治は、衝動的にその身体を抱きしめた。なんて可愛らしいことを言ってくれるんだ。そんなことを言われて、嬉しくないわけがない。
    「幻滅なんてしませんよ。俺はこんなにも嬉しいのに」
    「っ、はく、じさ、」
    「本当は、俺もずっと……恋雪さんに触れたかった」
    「わたしも、です。ずっと、あなたに触れてほしかった」
     狛治の胸に顔を埋め、恋雪がすすり泣く。この生き物はどうしてこんなにも可愛いのか、と狛治は心の中で叫んだ。今すぐにでも、彼女に触れたくなってしまう。今、狛治のちょうど目の前には、恋雪の真っ白なうなじが見えている。狛治はいつも、彼女のうなじを目にする度に、そこに噛み付いてみたいとずっと思っていた。
     だが、今は我慢だ。なによりもこの体勢では、そこに口付けるのはなかなか難しい。その代わりに、狛治は指先で恋雪の首筋をそっと撫で上げた。
    「ひゃっ、」
     すると、狛治の腕の中で、恋雪が甘い声を上げたではないか。初めて聞く彼女のその声に、狛治はくらりと目眩がした。恋雪も余程恥ずかしかったのだろう。狛治の胸にぎゅうとしがみついて、顔を俯かせている。だが、ちらりと顔を覗かせた彼女の耳が真っ赤に染まっていることに狛治は気がついた。
    (ああ……——かわいい)
     ここに触れただけで、こんなにも愛らしい反応を見せてくれるのだ。もっと、もっと、その身を愛でたら、一体どんな反応を見せてくれるのだろうか。湧き上がるのは、好奇心と欲求。
    「恋雪さん……本当にいいんですか?」
     恋雪の耳朶をやわやわと撫でながら、狛治が問う。ふあ、と甘い吐息を零す恋雪は、その身を震わせることしか出来ない。
    「明日、あなたの勝負下着が見れるって、そう思っても……いいですか?」
     その問いかけに、震えながらも恋雪はこくりと小さく頷いた。
    「っ、は、狛治さんに、喜んでもらえるか分からないけれど……」
    「あなたに絶対似合うと思います」
    「ま、まだ、み、見てないじゃないですか……!」
    「どんな恋雪さんも可愛いに決まってるので」
    「もう……!」
     ぽこぽこと可愛らしく狛治の胸を叩く恋雪。狛治は頬をだらしなく緩め、胸の内から込み上げてくる愛おしさを恋雪への抱擁にぶつけた。ぶつけたと言っても、彼女を抱くその手はそれはそれは優しいもので、恋雪も心地良さそうにうっとりと目蓋を閉じている。
    「明日、楽しみにしています」
     ずっと、長いこと待ちわびていたその日を、ようやく明日迎えることが出来るのだ。狛治は、想像するだけで今にも頭が沸騰してしまいそうだった。今この顔を彼女に見られていないことが、唯一の救いでもある。狛治は自ら顔を隠すように、甘えるように、恋雪の肩へと赤く染まった顔をうずめた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖👍❤❤❤❤❤❤❤👏ℹ💋🇱🇴🇻🇪💋💋💋💋💖👍😍💖💖💖💖💖💖💖👏👏👏💘💘💖💞💞💞💯💯💯💯💯💯💯💯💯😭
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works