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    setouchCAZ

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    なんでもありで節操なしです。絵も字も上げます。

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    🎨→Twitterにそのまま上げるのを憚られる絵を上げます。主に露出の多い女体化百合やR-18絵。
    🖋→Twitterのリプツリーログ等。30日CPチャレンジ走り切りたい……

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    ・R-18はTwitterリスト限定にしております。高卒済相当18歳以上の方であればどなたでも追加致しますのでお気軽にリプやDM等でお声がけください。

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    30日CPチャレンジ1日目
    Holding hands 手をつなぐ
    ———
    原作軸(地獄昇柱〜最終試験前)
    CJがヴェネツィアで喧嘩したり仲直りしたり特別な気持ちに気づいたりする話

    ##CJ
    #30日CPチャレンジ
    30-dayCpChallenge

    1:Holding hands 継続は力なりという諺の通り、アドリア海に浮かぶエア・サプレーナ島に到着してから連日怠ることなくジョセフとシーザーは波紋の修行に励んでいる。これも全てはジョセフの体内に埋め込まれた毒薬のリングを取り除くため、そして現代に復活してしまった柱の男たちを倒すため。限られた時間で最大限の成果を上げるべく、二人は文字通り死に物狂いでリサリサを始めとする師匠たちの厳しい指導に食いつこうと日々もがいている。
     この日も二人は熱っぽい潮風が吹き抜ける炎天下で厳しい鍛錬に励んでいた。朝早くから遠泳に組み手とハードスケジュールでトレーニングをこなせば、まだ太陽は南中すらしていないのに二人の身体はとてつもない疲労に悲鳴をあげ始める。これでもこの島に来た当初に比べれば体力も続くようになった方ではあるが、やはり圧倒的な強さを誇る柱の男たちに対抗するにはまだまだ力不足を感じる。ジョセフにしてもシーザーにしても、一刻も早く力を身につけたいという気持ちは同じで、限界を訴える身体を無視して次の鍛錬は何だと決意に煌めく瞳を自らの師に向ける。
     しかし二人の予想に反し、リサリサの返答は意外極まるものだった。

    「今日の修行はこれで終わります。昼食が済んだら二人で買い出しに行ってくれるかしら?」

     そう言って買い物リストのメモ書きを差し出すリサリサに二人は言葉を失う。当然この後も厳しい訓練が続くと思っていたので、その大前提が崩れたことに驚きを隠せないでいた。まさか鍛錬初日から幾人もの修行者を葬ってきた地獄昇柱に突き落としてきたリサリサが、たった半日足らずの特訓で修行を切り上げるなんて!
     それでも二人は彼女の『お願い』に対する拒否権を持ち合わせていなかった。ここではどんな些事ですら修行の一環、師匠の言うことは絶対なのだ。ジョセフは———激しい特訓の所為で最早言い返す気力すら惜しいだけかもしれないが———黙ってリサリサの美しい指に挟まれた紙切れを受け取り、同じく未だに困惑した表情を浮かべるシーザーと目を見合わせた。



    「まさかリサリサが俺たちにお遣いを頼むなんてな。ガキじゃあねえっつーのに」

     昼食を済ませると、二人は軽く身支度をした後にヴェネツィア本島へと足を向ける。リサリサの自家用船に乗って海上を横断する間、ジョセフは甲板の上からエメラルドグリーンの水が波打つのを眺めていた。
     彼の口元には相変わらず波紋の呼吸を習得するための矯正マスクが取り付けられていて、少し不機嫌そうな表情を浮かべている。実のところ彼は街へ行く時ぐらいはこのゴツくて息苦しいマスクを外してくれるだろうと期待していたのだが、リサリサは「食事と歯磨き時以外は外さないと言いましたね?」の一言でジョセフの期待を跳ね返してしまった。最早寝ている時でさえ波紋の呼吸ができるようになったジョセフにとっては日常生活を送る程度なら矯正マスクなどあって無いようなものなのだが、それでも無いに越したことはない。だって頬杖さえつきにくい。
     ちぇ、と拗ねたようにリサリサから受け取った紙を弄っていると、ジョセフの独り言を聞いていたらしいシーザーは飛び交うカモメから視線を逸らしてジョセフの方を見つめる。日の光に透かされた髪が海風に靡いてきらきらとしていて、思わぬ眩しさにジョセフは思わず瞬きをした。

    「ああ……しかし先生のことだ、何か考えがあるのかもしれない」

     操縦席に背を預け、大海の上で舵を切る様は男のジョセフから見ても美麗であるというのに、やけに神妙な面持ちで発する言葉はどこか抜けていて、そのギャップに先程まで感じていた不機嫌な気分が払拭されていく。軟派なくせに何処までも堅物なシーザーに毒気を抜かれた事実が少々癪ではあるが。胸に巣食う複雑な感情を追い払うように、ジョセフは息苦しいマスクの下で深くため息をついた。

    「お前はいつもそうだよな……いっそ感心しちまうわ」
    「フン、言っとけ。それより、そのメモ書きには何が書いてあるんだ?」
    「えっとねェ———」

     シーザーに言われるまま先程手慰みに折り畳んだ紙を開く。でたらめな折り目のついた紙面には万年筆で走り書いた、けれど整った文字で数日分の食材や日用品の名前が連ねられていた。その量は普段自ら買い出しに行かないジョセフでさえ運ぶのが大変そうだ、と想像できるほどである。思わず顔が引き攣ってしまう。ジョセフはリストを読み上げることさえ億劫になって、押し付けるようにメモ書きを隣の男に渡した。運転中だが気にしない。だってこのだだっ広い海の上には道路標識も通行人もいないのだ。

    「……なるほど、俺たち二人を派遣した理由が分かったな」
    「ンなもんいつもみてぇに宅配に頼めばいいだろ! わざわざ俺たちが重たい思いして買い出しする必要なんてねえじゃあねぇか」
    「体力づくりの一環なのかもしれん。それに街に出れば気分転換になるだろう? なにも悪いことだけじゃあない」
    「そうかもしれねぇけどよォ……」

     この男は相変わらず自らの師に対して全幅の信頼を置いているようだ。ジョセフは再びはぁ、とため息をつく。柵に肘をついて横目でシーザーの様子を窺うと、文句のひとつも零すことなく口元に指を寄せ、ただ紙をじっと見つめて何か思案しているようだった。彼はジョセフよりも以前からリサリサの師事による修行を受けていたようなので、今日のように買い出しを任されることは——修行終わりの困惑した顔を見るに初めての経験なのかもしれないが、それでもヴェネツィアの街についての知識はそれなりにあるのだろう。少なくともこちらに来て数週間も経たないジョセフよりはずっと詳しい。
     シーザーはどの順番で店を巡るか、今日の買い物ルートを考案している最中のようだ。食品は最後に買って、重いものも後回しに……なんて呪文のように呟いている。あまりに真面目に考えているために、それなりに長い間向けられているジョセフの視線にさえ気付いていない。

    (ま、そういうめんどっちいことはシーザーちゃんに任せて、俺は荷物持ちに徹するとするぜ)

     今話しかけたとしても生返事しか返ってこないだろうと判断し、ジョセフはシーザーにちょっかいをかけようとするのをやめる。何事にも張り合いというものが大事なのだ。
     無駄遣いしたら怒られるかなァ、なんて呑気に考えながら、過酷な修行の日々に似合わぬ穏やかな旅路に欠伸を浮かべる。赤い屋根の連なる本島はもう目と鼻の先まで迫っていた。



     誰が住んでいるかも知らない住宅地の路上で、二人はそれぞれ大量の荷物を抱えて立ち竦んでいた。頭上には目が眩むほどに鮮やかな青空が広がっているというのに、少し傾き始めた太陽の光は道路の両脇を挟む建物の影に阻まれて届かず、表通りの活気とは裏腹にこの小路は随分薄暗く静かな印象を受ける。というのも、二人以外に人通りがない所為でもある。そんな閑散とした場所で、二人の間に佇む空気は場の和やかさとは対照的に険悪なものだった。

    「なァ……もう良くない? 売り切れてたって言えばリサリサも納得すんだろ」
    「いや、それはできない。頼まれてたものは不備なく持ち帰るべきだ」
    「つってもホントに何処にも売ってねぇじゃん!」

     彼らの諍いの原因は買い物リストに書かれた物品の一つである薬が何処にも売っていないことにある。食品を購入したスーパーマーケットは勿論、周辺にある薬局を何店舗か訪ねた上で、どの店にもリサリサが指定する薬は置いていなかった。どうやらそれは東洋医学に基づいて作られたものらしく、この辺りで取り扱っている店はほとんどないというのが薬剤師たちの談だ。
     しかしシーザーはその話の『ほとんど』という言葉に一縷の望みを掛け、もう少し探してみようと彼らが買い物をしていた通りから外れたところにある店にも足を運ぼうと提案した。
     当初はジョセフもそれに賛成していたが、そうまでしても目当ての品は見つからず、何度も路地を歩いて川を渡り、奥へ奥へと進んでいくうちに諦めの色が勝るようになっていた。
     彼らの間に飛び交う言葉にはどれも疲れと苛立ちの色が見え、お世辞にも穏やかな対話には程遠い。どれだけやりとりを続けても二人の主張は平行線上をゆくばかりだ。

    「そろそろ帰らねぇとマジに食材が腐っちまうんだって! 事情を説明してまた出直そうぜ!?」
    「俺たちは修行している身なんだぞ、そんなことをしている暇はない! それにこれは薬なんだ。専門家でない俺たちにはそれがどんな薬かはわからないが、どうしてもこれでなければいけない理由があるかもしれないし、今すぐ必要かもしれないだろ!」

     喋れば喋るだけ語気が強まっていく。普段であればどちらかが譲歩するのでこれほどヒートアップすることは珍しいのだが、今回ばかりは降り積もった疲労と不満のせいで互いに相手の主張を素直に受け入れるための余裕がなかった。

    「……あーもう知らね! そんなに言うならお前一人で探せよ! 俺は先に帰らせてもらうからな!!」
    「あッおい! JOJO!!」

     これ以上口論を続けたとしても話は纏まらないことが目に見えていた。もう我慢ならなくて、ジョセフはシーザーの持っていた荷物を無理やり奪い取ってしまう。先程まですごい剣幕で眉間に深い皺を刻んで怒鳴りつけてきたというのに、今の彼は面食らった表情で言葉もなくジョセフを見つめるばかりだ。見開かれるオリーブグリーンの瞳に若干後ろ髪を引かれた思いになるが、一度音にしてしまった言葉はもうどうしようもなかった。
     ジョセフはそのまま踵を返して来た道を駆け出す。白い石畳みを足早に踏みしめて入り組んだ住宅街の中を躊躇いなく進むが、後ろから追いかけてくる人の気配はない。

    (くそ、なんでこんな気持ちにならなきゃなんねぇんだよ……)

     雑念を振り払うべく一心不乱に走り続けるが、同時に重く嵩張る荷物は容赦無くジョセフの体力を削る。息が乱れ、マスクの影響で若干呼吸が苦しくなり始めたところで、どうせシーザーも追いかけて来ないのだからと動かす足を一度止めた。息を整えながら荷物を抱え直しつつ、ジョセフは顔を上げて当たりを見回す。しかし彼の周囲には石畳みの道路の真ん中を縦断する青緑色の川と、その水面に浮かぶ幾叟かの小舟と点在する橋、そして道沿いにずらりと並んだ白や薄い赤褐色のレンガで組まれた住宅ぐらいしか見えない。一瞬自分が元いた場所に戻って来てしまったのではと錯覚しそうになるほど、この場所は先ほどシーザーを置いて離れた場所と似たような景観をしている。表通りに並ぶカラフルな家々とは異なり、この辺りの奥まった通りの住宅たちは風化して随分色褪せている所為で、この街の土地勘に乏しいジョセフにとって目印となるものがなく——要するにジョセフは来た道をしっかり覚えきれていなかったのである。というのも、店の場所を調べることもすべてシーザーに任せきりにしていたために、そしてまさかこんな風に喧嘩別れして一人で帰路につく羽目になるとは想定していなかったために、ジョセフは真剣に周辺の地理を覚えようとしながら行きがけの道を歩いていなかったのだ。これはまずい、と胸焼けのように燻る焦燥感に口の中に溜まる唾をのむ。今更悩んだところで後の祭りなのはジョセフが一番わかっている。
     とりあえず川の流れに沿って下りながら、なんとか人通りの多い通りへ出ようと決意し歩き始める。この辺りも人通りはほとんど無に等しい。日が傾く度に一層影を濃くしていく路地の薄暗さに比例するように、ジョセフの腹の底に溜まる寂寥はますます存在感を増していく。無意識に紙袋を抱える手に力が入る。

     しかし人間の怒りとはそれほど持続しないもので、一人になってしばらく経てば嫌でも思考は冷静さを取り戻していく。その代わり苛立ちに身を任せている時に見ないふりを貫いていた後悔の念がジョセフの心に染み込んできた。
     今回の口論の種火について、やはりジョセフは今でもあのタイミングで一度島に戻って出直すべきだったと思っている。この辺りでなかなかお目にかかれない貴重品であるというのなら、リサリサにどこで手に入るかを尋ねてから再び探し始めるほうがよっぽど合理的だ。それでもシーザーの言っていたことに全く筋が通っていなかったと尋ねられればそんなことはなく、彼は彼なりに考えがあってジョセフの提案をすぐに受け入れることができなかったのだろう。そのことは口論の最中から気づいていたというのに、ジョセフは自身の感情に任せて乱暴な態度を取ってしまった。それに口論を続けたくなかったからとはいえシーザーをあの場に置き去りにし、挙げ句の果てに彼が追いかけてこなかったことに対して腹立たしくさえ思ってしまったのだ。振り返るほど自らの子供じみた虚栄心が露呈するのが恥ずかしくて、どうにかなってしまいそうな気分になる。おまけに先に帰ると吐き捨てておきながら来た道まで見失う始末。

    「……ホント、買い出しなんざ俺らに頼む必要なかっただろ」

     誰に宛てるでもなく呟いた言葉には勿論誰からの返事もない。あれから随分歩いているが、一向に見慣れた通りに出るどころか、閑散とした住宅街から抜け出すことができないでいた。ヴェネツィアはその街中縦横無尽に大小の川が走っていて、ジョセフがいるこの周辺一帯もぐるりと川で囲まれている。そして川沿いには壁のように建築物が連なっており、ジョセフは思ったように移動することができずにいた。まるで迷路の中にいるみたいな感覚になる。



     シーザーと別れてからさらに日は落ち、あれほど青く済んでいた空はうっすら赤みを帯びはじめていた。家々の隙間を通り抜けた夕陽の光が川の水面に陽だまりを作り、穏やかな流れによって無数の輝きに拡散している。

    (あんな大口叩いときながら、もうこんな時間になっちまった……これならシーザーの奴と一緒に——)

     そこまで考えたところで自分の思考を打ち消すように小さく頭を振る。過酷な修行を終えてからひたすら歩き通していた所為か、いやに後ろ向きなことばかり考えてしまっていけない。
     気を紛らわせるように、ジョセフは水上に落ちる小さな陽だまりの方へと近寄ってみる。彼自身の身体が背後から射し込む日を遮り、穏やかに流れる水の上に一人分の影が落ちる。川との距離が縮まることでただ歩いているだけのときには聞こえなかった小さなせせらぎの音が耳に入るようになった。その涼やかな響きにジョセフの沈みかかった気分が多少掬い上げられる。

    「……おっし、ちィッ〜と此処らで休憩して、シーザーちゃんを探しに行きますか!!」

     自らを鼓舞するようにわざとらしく明るい声を出して、ジョセフは手に持っていた紙袋の数々を足元に置いて伸びをする。長い間荷物を抱えたままにしていた腕は固まりきっており、関節を解すように動かすと滞っていた血流の巡りが良くなって心地いい。ついでに足首を回したり前屈をしたりと全身の凝りを解していく。
     そんなとき、不意にひゅうと一陣の風がジョセフの身体を撫でるように吹き抜ける。それは彼の足元に置いていた紙袋たちにも等しく吹き付け、一番川岸に近いところに置いていた袋が空気に押されて倒れてしまう。それを見たジョセフがまずい、と思うとほぼ同時に、紙袋の口から買ったばかりの包帯が一つ転がり出たのを視認する。いくら未開封とはいえ、清潔さが問われるそれを川の中に落としてしまうのはいただけない。ジョセフは重力に従い川の方へ転がり続けるそれに手を伸ばす。

    (あぶねッ、届いた!)

     いち早く気づくことができたのが幸いして、彼の指先はしっかりと包帯を捉えることができた。しかし慌てて腕を出した所為でジョセフは重心を崩し、半ば反射的に片足を前に出してしまう。地面を踏みしめバランスを取るために足を動かしたにもかかわらず、皮肉にも差し出した足の先には存在が期待されていた地面の姿はなかった。このままでは折角包帯を掴むことができたのに、今度は自分が川の中へダイブすることになってしまう。
    ジョセフの内心など知る由もない水面の陽だまりは相変わらずきらきら星の欠片のように瞬いている。そこに投影される自身の影が急速に近づく中、ジョセフは突然影の形が大きく変化するのを視界の端に捉えた。それが何であるかを考えるよりも先にジョセフの身体は水中に投げ入れられる

    ——その筈だった。

    「こんなところで待ち人を置いて水遊びとは随分ヤンチャがすぎないか、 Gattino?」

     うっかり出してしまった足が水面に触れるよりも早く、宙に投げ出された自身の手のひらが力強く握られた。何とか自分で受け身を取ろうと身体を捻っていたために、ジョセフの身体は掴まれた手を軸にくるりと回転し、空と、そして降り注ぐ声の主の姿をマリンブルーの双眸に捉える。

    「…………はッ?」

     一瞬息ができなくなったように詰まったのはマスクの所為ではない。けれど腕を掴む主の名を呼ぼうとした声は掠れて音にならなかった。
     建物の隙間から覗く暖かな一条の光の中、柔らかな金色の美しい髪が水に落ちた陽だまりよりも綺麗に輝き揺れている。未だ緩やかに吹く風が彼のトレードマークであるバンダナと羽の髪飾りを靡かせており、逆光の中の彼の首筋に汗が伝うのを見た。
     なんで此処が、とか、どうして、とか、ジョセフの頭の中には単純な疑問符が次々に浮かんでは消え、そのどれもが言葉にならない。ただ今にも川に落ちようとしているこの瞬間に感じる浮遊感が、まるでこの先ずっと続くように思われた。
     しかしその錯覚も手を引っ張られる際の衝撃に払拭される。急ブレーキを踏んだ時の自動車のシートベルトのように、一切のたわみ無くシーザーの腕はジョセフの身体を支えていた。鍛え上げられた自重を片方の腕や肩で支えようとするのはなかなか負担が大きいのだが、それは手を掴んでくれた目の前のお節介焼きにも言えることで、支えられる側のジョセフには文句を言う資格はない。

    「……危ないところだったな」
    「…………べつに? 波紋使えば水の上ぐらい歩けるしィ?」

     何とか平静を保った風に返事をするが、ジョセフは現在の状況と、自身の心臓が早鐘を打ってやまないことにいたく動揺していた。握られた手のひらからこの訳のわからない情動が伝わりやしないかと気が気でない。ジョセフは誤魔化すように足先に波紋を流し、水面を爪先でこつこつと小突いた。普段通りの安定した文様の波紋が浮かび上がっていればいいのだが、様々な感情の処理が追いつかないジョセフには足元を確認する余裕はない。
     対してシーザーはジョセフの緊張を察していないようで、特段ジョセフが気にしている部分に触れることはない。むしろ返事をしたことで逆光の中の彼の表情が安堵のものに変わり、そのまま掴んだ腕を引っ張り上げて片足を川の水面についたジョセフを道路の方へと引き上げる。

    「それで? 先に帰るだなんだと言っていたのは誰だったか」
    「う、うっせ! それよりお前こそなんで此処にいるんだよ」
    「俺たちがここまで乗って来た船にお前の姿がなかったからに決まってんだろ」

     呆れたようにジョセフを見据える瞳には『勝手に離れた上に迷子になりやがって』という避難が込められているに違いない。そう思ったジョセフは気まずそうに視線を逸らす。
     シーザーはジョセフが何処を向こうとお構いなしにくどくどと咎めの言葉を連ね続けている。耳が痛くなるような話の内容はあまり頭に入ってこなかったけれど、その代わりに先程手を掴んでくれた際、シーザーが肩で息をしていたことを思い出していた。そして同時に彼は川に転落しそうになったジョセフを見かけ、それを助けるために文字通り駆けつけてくれたのだと理解する。きっとジョセフと同じように、波紋を使って水面に足をつけることなど頭から抜けていたのだろう。それぐらいの必死さだった。それぐらい、シーザーはジョセフのために必死になってくれるのだ。

    「…………ごめん」

     自分でも驚くほど、ジョセフの口からはするりと謝罪の言葉が零れた。その音は子供のような無垢さを備えていて、流暢に小言を発し続けていたシーザーもぴたりと口を閉じて固まってしまう。

    「——……いや、こっちも悪かった。もっとJOJOの話を聞いておけばよかったし、あの時すぐにお前を追いかけるべきだった」

     昼間の意地の張り様が嘘のように、張り詰めていた二人の間に佇む空気が瞬く間に解けていく。それがジョセフには長い冬が明けて春が来たときと同じように感じられ、胸いっぱいに嬉しさが込み上げ思わず表情がほころぶ。

    「それと、助けてくれてあんがとねン」
    「……ああ。これからは水遊びをする場所を考えろよ? ヴェネツィアの川は意外と深いところもあるんだ」
    「へいへい、わかってるって! もうしねェよ」

     長男気質の所為か、それとも兄弟子としてなのか、やはりシーザーの諫言は随所に挟まる。ただそれを言うときの表情がとても穏やかなので、ジョセフも突っかかって食いついたりはしない。軽く受け流し、無事に水害から守られた包帯を元の紙袋の中へ戻す。そして荷物を纏めて手に取ろうとすると、横から自分のものではない腕が伸びる。

    「俺も持とう。……こんなに一度に持って、随分重たかったんじゃあないのか?」
    「まあねン。でも平気だぜ?昔からよくエリナおばあちゃんの買い物に付き合って荷物持ちしてたし」

     流石にこんなに量はなかったけれど、と心の中で付け足しておく。
     結局地面に置いていた荷物の半分をシーザーが運んでくれることになった。此処に来るまでのことを考えると随分軽く感じられて、寧ろ彼が持ちすぎなのではないかと疑ってしまうほどだ。
     夜のとばりが街を覆い始めた今となっては、街灯の少ない路地は昼間とは比べ物にならないほどに闇が立ち込めているというのに、シーザーは赤子の手を引く母親のような足取りで迷いなく道を選んで進み続ける。どうやら表通りだけではなく、ジョセフが迷い込んだ住宅街の地理にも詳しいようだ。二人の頭上では赤と青が溶け合うように混ざり合っていて、所々に浮かぶ小さく千切れた雲が夕陽を移して鮮やかなサーモンピンクに色づいていた。

    「そういえば探していた薬のことなんだが、お前が走っていってしまってから存外すぐに見つかったぞ」
    「ええッ!? マジかよ、やっぱシーザーのところに居続けるのが正解だったか……」

     不意に告げられた衝撃の事実にジョセフは開いた口が塞がらなかった。そんな彼を横目に見るシーザーはほのかに笑いながら元気付けるようにジョセフの広い背中を軽く叩く。

    「俺もあんなにすぐに見つかるとは思ってなかった。あんま気にすんなよ」
    「くッそ〜! 俺はシーザーちゃんと違って繊細なんですゥ! あーあ、食べ物腐ってねェだろうな……」
    「卵や牛乳などは買ってないし大丈夫じゃないか? 何かあったら波紋の力で……」
    「俺が言うのも何だけど、意外とシーザーもそういうところあるよな」

     他愛のない会話をしながら歩き続けているうちに二人の周りに人通りが増えていく。その変化に追随するように、彼らの間からぎこちなさが取り除かれていき、潮の匂いがジョセフの鼻腔を擽る頃には普段の気やすさを取り戻していた。

    「そろそろ俺たちの船が泊めてある場所だぞ」
    「あ、なんかこの辺は覚えてるかも。あのピンクと黄色の壁の家とか」

     路面に並ぶ店は電飾によって煌びやかにライトアップされていて、昼下がりに見た様子とは随分印象が異なるものの、海に面した港町は日の入り寸前でも人々に溢れて活気に満ち溢れている。あらゆるところから食欲を誘ういい香りが漂い、ジョセフの華麗な腹筋の下に潜む腹の虫が切なげに鳴き声を上げた。

    「なぁシーザー、此処で晩メシ食って帰ったら怒られると思う?」
    「ああ、確実にどやされるだろうな。それに残念だったなJOJO、もう終着だ」

     立ち並ぶ飲食店や酒屋に目を奪われているうちに、どうやら自分たちの船の場所までたどり着いてしまっていたようだ。シーザーはすでに船に乗り込み、荷物を船内に持ち込み整理を始めている。久しぶりにエア・サプレーナ島の外に出ることができたというのに、こんな時間まで歩き回った割には買い食いもショッピングもできず、ジョセフの中に名残惜しさが燻る。そんな気持ちを抱えながら海を背にして今日の日を過ごしたヴェネツィアの街を見渡す。今もなお営業している店は勿論のこと、視界に映る建物のほとんどはその窓の何処かから灯りを漏らしている。人通りの多いこの辺りには先ほどまでジョセフが迷い込んでいた路地裏とは違って沢山の街灯が立っている。風光明媚で名高い水の都であるが、それら人の営みを象徴する熱が川や運河の水面にゆらゆらと映り込む光景はジョセフの目に好ましいものとして映る。街全体が暖かな光によって飾り立てられているようだった。

    「おーいJOJO、なにしてるんだ? お前も早く乗り込めよ」

     なかなか船に乗り込まないジョセフを不思議に思ったのか、背後からシーザーの声が掛かる。振り返ると彼は乗込口の段差に足をかけ、こちらに向かって手を差し伸べている。その手のひらを見て、ジョセフは先ほど川沿いで手を握られた時のことを思い出す。
     確かにヴェネツィアを見回り楽しむことはできなかったけれど、あの時のシーザーの必死そうな様子を見ることができただけでも、彼が自分に対して少なからず想ってくれていることを知れただけでも、今日の長い日は決して無駄なものではないと思えた。美味しい料理やお洒落なファッションよりもずっと得難いものを得ることができたのだから。恥ずかしいので絶対に本人に言うつもりはないけれど。

    「……おう! 今行く!」
    「実は俺のお気に入りのパン屋でトラメッツィーノを買っておいたんだ。島に戻る前に一緒に食べてしまわないか?」

     その言葉を聞いたシーザーは悪戯っ子のような笑みを浮かべる。細められたオリーブグリーンの瞳に見据えられた途端、ジョセフの胸に霹靂が落ちたような衝撃が駆け抜ける。
     シーザーの表情は普段女性を口説き落とす際に見せるスケコマシの顔からは程遠く、また『良い子』としてリサリサたちに師事する際に見せる従順な弟子の顔でもない。ジョセフは彼の表情が普段他の人間と接するときには絶対に見せない表情であると直感的に察し、えも言われぬ優越感がふつと沸き上がるのを感じた。誰も知らない彼の一面を見てみたいという欲求が、明確な形をもってジョセフの中に現れたのを自覚する。そしてそれは彼自身にもどうすることもできない衝動だった。まるで恋のようだと言われればそうかもしれないし、ただの子供っぽい独占欲なのかもしれない。けれど今のジョセフにとっては性別だとか、相手との関係性だとか、そういうことを気にする気持ちにはなれなくて、まるで熱毒に犯されたみたいにどうしても目の前で手を差し伸べ笑う男について知りたいと思うのをやめられなかった。彼にとってはただ純粋に背徳的な間食を楽しみたいだけであるだろうが、今のジョセフは食欲だけではない欲求のために彼との共犯関係に立とうとしている。

    「そーいうことはもっと早く言えよな! もう腹減って仕方ねぇの、俺!」

    ジョセフは差し出された手をしっかりと握り、抱えた荷物ごと引き上げられるようにして船に乗り込んだ。
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