伽藍鳥の伊吹 空を隠すように葉を伸ばす木々の合間を縫って、旭日がまばらにさし込む。
背の高い躑躅の葉には、朝露が乗っていて、その一粒一粒が光を吸い込み反射する。きらきら輝く小さなそれらが、やわらかな硝子のように見えるこの僅かな時間がハルミは好きだった。
何となしに手を伸ばせば、触れた指の振動で瑞々しい葉がたわみ、いくつかの滴が滑り落ちていく。美しい硝子達は重力に逆らわず次々と地面にぶつかり、表面張力が砕けて音もなく地面に吸い込まれ跡形も無くなった。
なんだか悪い事をしたような気がして、ハルミは咄嗟に背筋をしゃんと伸ばす。それから、辺りをきょろきょろ見回して誰にも見られていない事がわかるとほっと胸を撫で下ろした。
好奇心に負けてしまうとき、決まってハルミはある記憶を思い出す。それはまだハルミが息子のジュウベエより少し幼かった頃まで遡るが、彼女は昨日の事のように鮮明に覚えていた。
上の兄姉達と揃って畑や山に入り、日が暮れるまで走り回っていた時の事や、ざぶざぶと浅い川に入って魚を掴もうとした時の事。着物を汚して厳格な父親に皆揃って頭に拳骨を喰らったあの頃まで。そうだ、あの拳はとても痛かった。たんこぶを作って皆で大泣きしていたなぁ、とハルミは苦笑いした。
あの頃からすっかり背も伸び、慎ましく生きた。泥や落ち葉を被っていた頭には、綿帽子を。虫を掴んでいた手は縫い針や楽器を持ち、やがて二つの小さないのちを抱くようになった。
饒舌ではないが、聡明な夫。目に入れても痛くないほど愛らしい子供達。これ以上多くは望んではならないというのに、それでも時々昔を懐かしんでしまうのは、一体どうしてだろうか。こんな欲張りでは、いつかお上から罰を下されてしまう。
風が名も知らぬ野鳥の囀りを運び、葉を揺らした雑木林がさわさわと音を立てる。それに紛れて、自然の音ではない、人の声が二つ遠くの方から薄らと聞こえた。
ちゃつぼにおわれて どっぴんしゃん
ぬけたら どんどこしょ
段々と明瞭に聞こえ始めた声は、どうやらすっかり耳に馴染んだ歌を歌っていたようで、歌声と共に同時に坂を登りきった青年の頭と、それに続くように小さな頭がひょっこりと現れた。