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    涼なゅ短編集つめあわせ

     シェアハウスに置かれた共用のテーブルで規則正しく揺れる背中を見つけたのは、昼下がりだった。窓から射し込む柔らかな陽光に照らされてキラキラと輝く銀糸はとても綺麗だ。「那由多。」そっと呼ぶが起きる気配はない。また徹夜をしたのだろう。思いの外柔らかい髪に触れながら那由多が次に作る曲に思いを馳せる。彼と巡り会えただけで世界はこんなにも輝くらしい。



     彼の紡ぐ音は精巧な模型のように完璧なものだ。幾度となく叱咤され奏でた音楽に自らが酔いしれる事は格段珍しいことではなかった。けれどライブの最中は無我夢中で音に別の音が交じる。壊さぬよう、昇(あが)るよう。気付いてこちらをちらりと見る事もあるけれど、これがオレなりの彼への応え方。



     美味しいものを食べる、好きなことをする、寝る、幸せの感じ方は人それぞれ。十人いれば十人が違うことを答えるというのはよく言ったものだ。オレは、幸せそうな人を見るとことが好きだった。でも最近はただ那由多の傍にいるだけでいいのだと気付いた。どこか心の奥があたたかくなる。この気持ちの正体をまだ知らない。



     新しい楽曲は妙にシンプルなものに見えた。全体で合わせてみても曲の完成度が低いということはない。少し不思議に思っていたけれど、那由多から時々こちらを窺うかのような視線を感じるようになった。もしかすると、「お前ならどうアレンジする」と聞かれているのかもしれない。



     父の事で前に酷く喘息を起こし体調を崩した事があった。あの時の那由多は暫く青白い顔をしていてそのまま消えてしまうかのような儚さがあった。けれどオレたちが見ているのは今の那由多だ。どれだけ世界が君を傷つけたとしてもオレたちは、オレは、味方でありたい。そんな気持ちを込めてベッドで穏やかな寝息を立てる眠る那由多の髪を撫でた。



     けんけんや礼音、深幸くんに向ける思いと那由多へと向けている思いが少し違うことに気付いたのは少し前。ライブ中もシェアハウスにいる時も無意識に目で追ってしまう。「視線が煩い」そう何度か言われることもあったけど、どうやら無理そうだ。



     初めてキスをした日は那由多の部屋だった。触れるような短いそれは、時間にしてほんの数秒。けれど時間に反して多くの熱を孕んでいた。どこか照れくさくて、でも嬉しくて目の前の彼を見た。が、すぐにそっぽを向かれてしまい顔を見ることは適わない。けれど銀糸の合間から覗く耳で容易に想像がつき、笑みを浮かべてからその背に抱きついた。



     頑なにお揃いのものは持たないと付き合う当初から言われていた。ずっと理由を教えてもらうことは無かったけれど、その理由を察したのは深夜に目が覚めて彼の部屋の前を偶然通った日だった。どんな夢に魘されているかなど知る由もないが酷い悪夢らしい。途切れ途切れに紡がれた「指輪」という単語が聞こえた為だった。



     はじめて出会ったその日から、那由多の音楽に夢中だった。けれど今では音楽に対する姿勢、理解の深さ、言葉を紡ぐ繊細さ、どれをとっても魅力的だった。それに今はオレにしか見せてくれないであろうその顔も。あの日からずっとオレの一等星で輝き続けている。



     世界を獲れたのなら何がしたい?そうメディアに聞かれた際当たり障りのないことを答えたような気がする。もう今となっては思い出せないが、総てオレたち四人を繋げてくれた那由多が望むことならオレは何だっていい。那由多が世界にいるだけでいい。



     どういう訳か伊龍恒河に呼び出されて過去の話をされた。内容について部外者のオレが那由多の気持ちを推し量ることなどできもしないのでそれについて何か言う事はない。けれど、幼い頃から音楽に向き合い、ひたすらに奏でていた事を知った。間違いなく伊龍恒河が旭那由多を作ったのだろう。だから、伊龍恒河が最後に紡いだ言葉には驚かされた。



     「那由多」その日は珍しく那由多の方からオレの寝床へと潜り込んできた日だった。起きがけに名を呼ぶと少し眠そうにしながらこちらを見てきた。何を話すわけでもなく視線が交わる。それから、近くに置いていた箱をとり、彼に渡す。ルビーのような瞳が大きく見開かれたのを見て、愛しさが込み上げた。
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