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    onionion8

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    アキレウスくんが朝ごはん食べてる話〜先生を添えて〜

     その日のはじまりは、いつもと同じものだった。
     目が覚める。顔を洗う。朝食をもらいに食堂へ行き、見知った仲間に挨拶する。朝の早い時間はいつも似たような顔ぶれで、この後シミュレータ室でまた会うだろう鍛錬好きが多かった。わいわいと賑やかな食事を楽しんで、仮想とはいえ強敵を相手に血を沸かせる。英雄という生き物は、国や時代が違っていようがそんな生き方を好き好んでやる者ばかりなのだっだ。
    もっとも、このカルデアを見渡せば、それとはまったく違う生き物もまた英霊として喚ばれている。剣よりペンを持つ者や、武芸より狡知に長ける者。敵を殺すより、味方を守り癒やす者。アキレウスがふと食堂の端の方へと目をやると、そこには徹夜明けらしい作家や技術屋が疲れた顔で珈琲だけを飲んでいた。カフェインよりもさっさと睡眠をとった方がよさそうな彼らに声をかけるのはやめておき、オーダーを済ませに奥へ向かう。
    選べるメニューは三種類。和食、洋食、それに中華。それぞれが日によって大きく内容を変えるので、人気なものは早く行かなければ食べられない。寝坊したため遅くなった、なんてことをやらかせば、残り物の寄せ集めという悲しいメニューが生まれもする。とはいえどんな料理も美味いことは間違いない。
     傾向としては和食はマスターの影響かおおむねすべての者が好んでいるが、納豆がつくと途端に人気は急落する。甘いものを愛する者らはパンケーキの日には迷わず洋食の列に並び、たっぷりの生クリームとフルーツを盛りに盛って生きている。そして、時に珍味と称してはいるが得体の知れない食材が出るという噂が流れつつ、中華は粥という一点勝負であっても一定の人気を誇っていた。不老不死だの若返りだの、英霊にとっては無意味なものだと分かっていても、そういった東洋の神秘に惹かれる者は少なからずいるのである。
     そんな食堂のカウンターで、アキレウスは少し迷ってから中華にした。もちろん薬膳の効果を期待してのものではない。そもそもお粥というのはどうにも食べた気がしなそうで、これまで選ぶことは稀だった。けれど今日は、セットにごま団子ではなくパンダ柄の饅頭がつくと言われてそれにした。たかが饅頭されど饅頭。もっちりとした白いまん丸に、耳と目鼻を表す黒い模様。たったそれだけだとしても、カワイイの力は絶大だ。品切れ前に来れてよかったなと思いながら、アキレウスは中華セットの出来上がりを待った。
     混み合う時間ではないために、厨房を覗いている間に声がかかる。トレーをしっかり両手で受け取って、適当に空いている席へと腰を落ち着けた。ほこほこと湯気を立てる丼ぶりと、小さな蒸籠に自然と口元がゆるんでいく。いつもは蒸し野菜をセットで出しているらしいが、今日ここに入っているのはパンダ柄の饅頭だ。先に食べたい気持ちをぐっと抑え、デザートとして残しておくことに決める。
     いただきますとマスターを真似た言葉を唱えると、アキレウスははじめに箸を手に取った。お粥の前に、もうひとつトレーに乗せられた皿がある。それは蒸し野菜の代わりにとつけられたサラダだった。
     ゴマの香るドレッシングがしっかり絡んだ春雨と、キュウリやレタス、それにニンジンが盛られている。つるつる感としゃきしゃき感を一緒に味わう絶妙な食感に、ひと口ですっかり気に入った。肉も和えればご飯のおかずによさそうだなとマスターが言いそうなことを思いながら、アキレウスはしゃくしゃくちゅるちゅると中華風サラダを食べ尽くした。
    「さて」
     次はいよいよお粥だと、手にした箸をそっと置く。そして代わりにレンゲを手に取ると、真珠のようにきらめく米の海へと差し入れた。スープは黄金色に光っている。具が多めだとは聞いていたが、食べ応えを重視したのか大きめの鶏肉が入れてあるのが嬉しかった。
     ひと口分を掬い、もぐもぐと咀嚼する。ともすれば飲んでしまいそうなほどやわらかく煮られた米の塊が、やさしく胃のなかへ落ちていく。肉の脂が沁みていく。歯に触れぷちりと弾ける米が、しっかり繊維を感じる肉が、それぞれにじゅわりとうま味をあふれされる。
     やがてかちゃり食器のぶつかる音がして、最後のひと口を食べてしまう頃にはアキレウスの腹はすっかり満ちていた。身体がぽかぽかとあたたかい。軽く触れた頬までも、じんわりと火照っているようだった。
    「ふぅ……」
     レンゲを置いて深く息を吐き出した。それは幸せが逃げるどころか幸せそのものと呼べるため息だ。水ではなく、一緒に頼んだぬるめの烏龍茶を口に含む。さする腹から波紋のように広がる満足感が心地いい。米と味噌汁にも慣れた身体はお粥にもまた親しんだ。生前に食した記憶はまったくないが、どこか懐かしいような気さえする。
     これならもっと頻繁に頼んでもよさそうだ。そう朝食に対しての認識を改めながら、アキレウスは本命であった小さな蒸籠へと手を伸ばした。蓋を取り、パンダの顔と対面する。指先でつつくとまだふんわりとあたたかい。目元の模様と鼻を模した黒が三つ、ちょこんとついた耳を象る黒がふたつ。手作りらしいゆがみもまた何とも言えない味があり、中身があんこと分かっていても、かじるのが可哀想なくらいに愛らしい。
    「うーん」
     大熊猫。中国語ではパンダをそう書くのだと教わったような気もするが、手のひらにすっぽり包める小さくやわい饅頭は、むしろ仔猫のように感じられる。とくとくと脈打つ鼓動こそないが、そのぬくもりはアキレウスの肌を熱くした。
     あ、と大きく口を開いてみる。いっそひと口で食べてしまえばいいだろうと思うものの、パンダの顔を見つめてしまうとなかなか口に入れられない。仕方なく口を閉じ、ふにゃりと唇で触れてみる。すんと鼻から息を吸いこめば、甘いかおりが駆け抜けた。その甘さに誘われもちもちの皮に舌で触れる。
    「おや。あなたに口づけを贈られるとは、少し妬けてしまいますね」
     可愛いと美味そうの間で揺れていたアキレウスに、斜め上から声がかかる。声だけで誰であるかは分かったが、饅頭を持ったまま見上げれば、そこには朝食のトレーを手にしたケイローンが立っていた。そこから自然な動きでアキレウスと向かい合う席に座る。
    「先生」
     朝の挨拶を交わした後、あらためてふたりの視線はパンダ饅頭へと向けられた。ケイローンが可愛いですねと笑うので、アキレウスは気恥ずかしさに襲われる。
    「別にいいだろ」
    「ふふ、誰も悪いとは言ってないでしょう」
    「だとしてもだ、めちゃめちゃ笑ってるだろうが」
     先ほどまでとは違う頬の火照りを感じながら、今度こそ食べてしまおうと饅頭を口元へ近づけた。ためらわず、あ、と開いた口のなかへ入れてしまう。もぎゅ、もぎゅ、と噛むほどあんこの甘さがいっばいに広がって、その甘すぎるくらいのくどさにむしろ満たされる。
     歯ですり潰しているのがパンダであるとは考えないまま無心ですべてを飲みこむと、アキレウスは再び烏龍茶を手に取った。口に残る甘さを不快であるとは思わずとも、どうにもひどく喉が渇く。そして空になった茶わんを置いてごちそうさまと呟けば、その一部始終を見届けたケイローンが入れ替わるように箸を取った。
    「先生は今日和食か」
    「ええ。なぜでしょうね、どうしても味噌汁が飲みたい気分の時があって、それが今朝だというわけです」
    「あー、分かる」
     それが契約を結んだマスターからの影響か、はたまたカルデア調理班の素晴らしい腕の賜物か、答えはどちらもになるだろう。ケイローンの言うその衝動は、アキレウスも時おり味わうものだった。ひょいとお椀のなかに目を向ける。どうやら今朝は刻んだ油揚げとネギの味噌汁のようだった。
     中華は中華で美味かった。それにパンダ饅頭も期待以上に可愛かった。だから不満は何もない。そう言い切れるアキレウスも、やはり味噌汁一杯だけ追加でもらおうかとついつい考えこんでしまう。それくらい、すっかり嗅ぎ慣れた香ばしい風味はサーヴァントたちをも魅了するのだった。
    「アキレウス、ひとの食事を物欲しそうに見るのははしたないですよ」
    「えぁっ」
     じっと見すぎていたらしい。指摘され、お椀に落としていた視線を慌てて持ち上げる。ざわざわと人の増えだした食堂の一角で、親の小言めいた言葉を頂戴するのはたまらない。ふたりが親子のような関係なのだと知られているということと、いまだに子供扱いされていると思われるのは、まったく別のことである。
    「ここには数多の英霊がいて、あなたはまぁギリシャの代表とも言える存在です。ならばその自覚を持って、」
    「なるべくお行儀よく、ですね」
     アキレウスがはいはいと返事をすれば、ケイローンはひとまずそれでよしとしたらしい。箸を器用に使って煮物を口に運んでいる。もぐもぐとしっかり咀嚼して、ごくりと飲みこむ喉が動く。そして再び開いた口のなか、濡れ光る舌が垣間見えた。
     行儀よく、と言ったそばから向ける視線に余計な熱が入り交じる。アキレウスはそわつく身体を抑えつけ、空になった茶わんを手持ち無沙汰に持ち上げてはまた下ろした。にわかに渇き出した喉奥が、癒やしてほしいと求めているのはお茶ではないと分かっている。けれど今ここでそれをねだれるはずもない。アキレウスはケイローンの舌先の赤さとご飯の白を見比べながら、こくりと小さく唾を飲んだ。ケイローンの甘い魔力の味を思い出す。
    「アキレウス」
     耳をくすぐる低い声。昔は考えたこともなかったが、この声はアキレウスのなか深くに届いて熾となる。熱を持ち、心のやわい部分をチーズのようにとろけさせ、ふわふわと夢心地へと連れて行く。
    「せんせぇ……」
     ぼんやりと呼び返したその声は、朝の食堂には似つかわしくない夜の褥の響きがした。そのアキレウス自身でさえも聞き慣れない、どろりと滴る蜜の響きを飲み干して、ケイローンはふっと大人の顔で笑う。それは可愛いパンダ饅頭を食べあぐねている教え子を笑った時とはまた違う、年下の恋人を愛おしげに見ている時の顔だった。朝からもう何度目かの頬の火照りに片手を広げて顔を覆う。
    「今のなし、つーか先生はやく食っちまえよ」
     そもそもアキレウスの方はすでに食事を終えた身だ。だからケイローンをわざわざ待たずともよかったが、ことここに至っては逃げ出すような敗北感がただの離席の邪魔をする。それくらいの意地はある。
    「まったく、そうやって急かすのもお行儀がいいとは言えませんよ。ですがそれはともかくとして。それで? 食事を終えたらどうします?」
    「そりゃあ……ぁ」
     どうせならこの後手合わせでも、というのが当初考えていたごく健全な予定だった。けれど今は、それより一度自室に戻りたい、そして疼く舌先を絡めたい、という欲望が滲んで仕方ない。ひたりと翡翠の目に見つめられ、身体が素直にきゅんとする。ほかほかのお粥で満ちたはずの腹の奥が、もっと熱いものを欲しがり飢えた声で鳴いている。
    「先生と…………したい」
     ふいと視線をそらして答えながら、テーブルの下では軽く足を伸ばして触れさせた。それだけで何もかも伝わったのだろう。耳をくすぐる密やかな笑い声は甘い。
    「食事の後には運動、と言いますからね」
    「……ん」
    「たまにはあなたを上に乗せましょうか」
    「……えっ」
     それは普通に聞けばケイローンの本来の下半身、すなわちケンタウロスの馬体に乗せての騎乗訓練だと思うだろうが、今のアキレウスにはとてもそうは聞こえない。下半身に乗るというところまでは同じでも、こうも違った意味になるとはケイローンとそういう関係になるまで思いもしないことだった。ケンタウロスジョーク、とはまた違うような気もするが、ともかくアキレウスは言葉を失いはくりと息を飲みこんだ。記憶と妄想が入り交じり、脳内が淫らな色に染まっていく。
    「しかし食べてすぐの運動はむしろ身体によくありません。なので十分な休憩をとってからですよ」
     爽やかな声音で無情なことを言い置く年上の恋人に、アキレウスがじとりとした目を向けてやると、ケイローンはのんびりお茶を飲んでいた。ほんのり甘い緑茶のかおりにアキレウスはぐぅと唸る。こういう時、煽りながらも余裕を見せてくるところが本当にずるいのだ。
    「俺が乗るなら先生は動かなくていいじゃねぇか」
     そう小さく反論を試みる。けれどケイローンの涼しい顔は崩せない。
    「いつももう無理これ以上動けない、と言って泣くのは誰でしたか?」
     その上すぐさま反撃までが返るのだから、これ以上余計なことは言わない方がいいだろう。アキレウスは降参するように両手を挙げ、ふたり分の食器を片付けるため立ち上がった。
     そして、この日のいつもどおりは朝で終わり、朝食後には濃密な時間を過ごすことになった。
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    onionion8

    DOODLE今さらまた一人先生の誕生日ネタにたぬきを添えた胡乱な話。富Kのつもりで書いてはいるけどCP要素はあんまりない。
     実家に戻った富永は、忙しいなかでの眠りのうちによく夢を見るようになった。それは今さら国試に落ちる夢ではなく、どこか異世界を旅するような夢でもない。何度も繰り返し見る夢は、懐かしい、T村で過ごした日々だった。吹雪と血。違法な医療行為と警察沙汰。はじまりは凄惨なものであったのに、気がつけば穏やかな暮らしがそこにあった。
     同居を許された診療所。同居人となったその主。起きている時にも時おり思い出しはするが、夢ではいっそう鮮やかに、あの頃のKが目の前に現れる。それは白衣姿であることも、マント姿のこともあるが、そのどちらでもなく、くつろいだ部屋着であることも多い。
     富永がKとともに過ごした八年間を振り返ると、やはり医者としての姿が浮かぶので、不思議といえば不思議だった。どうしてこうも、何でもない日の何者でもない彼を夢に見るのだろう。まだ預かった子も昔の執事も看護師だっていない頃、ふたりきりだった診療所。寝起きのKがぺたぺたと、スリッパを鳴らして歩く姿。あるいは風呂から上がって出てきたKが、濡れた髪をタオルで巻いている姿。
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