とある冬の夜の話 ヤカンからコポコポと気泡が上がる音が聞こえて来る。コンロのツマミをカチリと回した安室が台所でお茶の用意を始めた。
コナンがぼんやりとその様子を眺めていると、いつの間にかマグカップを両手に持った安室が和室に戻ってきた。
「コナン君、ココア入ったよ」
「ありがとう」
「熱いから火傷に気をつけてね」
「わーってるって」
思わずが地が出てしまいコホン、と咳払いをしてからコナンが猫を被り直す。
その様子を見て安室は何か言いたげだった。しかし特に何か口にする事はなく、そのままマグカップを二つ机にそっと並べると、コナンの左隣に腰を下ろした。
安室の淹れたココアは香りから美味しそうだ。ふわりとシナモンが鼻腔を擽る。ふうふう、と息を吹きかけ一口含むと、甘過ぎない優しい味が口の中に広がった。
「あ、おいし……」
コナンの思わず口をついて出た言葉に、一緒に飲んでいた安室が「それは何より」と微笑んだ。
「夜だけ雪がちらつくって。天気予報で言ってたよ」
「そっか」
寒くなるね、とコナンが言うと安室は近い距離を更に寄せてくる。体温の高い安室がいる左隣だけ暖かい。
ココアを飲んでいる間は、二人共無言で過ごした。色々と警戒していた頃の自分達には信じられない位、隣にいても居心地の良い空気が流れている。ベランダに続いている掃き出し窓のサッシが寒風でカタカタ音を立てている以外は、静かな夜だった。
コナンは今まで安室と一緒に解決した大小様々な事件を思い浮かべていた。出会ってからの期間は短いけれども、随分と濃密な時間をこの人と過ごしてきたなと横目で隣に座る、今は特別な感情を抱く人を見遣る。
安室の表情を見ても、何を考えているかはわからない。でも、いつもの密やかに気を張っている様子はなく、寛いでいるのだと感じられた。
立ち上がりカーテンを開くと、外はまばらに雪がちらつき始めている。
今夜の雪は、積もりもせず朝には止んでいるだろう。もしかしたら、夜のうちに雪が降った事すら気づかない人もいるかもしれない。でも、とコナンは思った。
俺は、今夜この人と一緒の夜に降る雪を密かに覚えておこう。