Wisteria:零れ話(1)●「Wisteria:零れ話」について。
本編閑話タイトル其々のおまけのような話、補足や本編その後、とても短い話・隙間話や納めきれなかったお話達。時系列は都度変わります。大体本編と同じ様にいちゃついてるだけの他愛のない話。
以下は本編と同じ注意書き。
○「Wisteria」に含まれるもの:創作BL・異類婚姻譚・人外×人・R-18・異種姦・ファンタジー・なんでも許せる人向け
異種姦を含む人外×人のBL作品。
世界観は現実世界・現代日本ではなく、とある世界で起きたお話。
○R-18、異種恋愛、異種姦等々人によっては「閲覧注意」がつきそうな表現が多々ある作品なので、基本的にはいちゃいちゃしてるだけですが……何でも許せる方のみお進み下さい。
又、一部別の創作作品とのリンクもあります。なるべくこの作品単体で読めるようにはしていますがご了承を。
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【項目 Wisteria:零れ話】
「笑み灯る小さな贈り物」
「笑み灯る小さな贈り物」
藤に代わり正門の戸締りをしている時だった。
以前此処へ来た依頼人が無事に直してくれた礼にと、箱が入る兎の紋が描かれた袋を手に訪れた。
その相手によると最初見た時は茶碗蒸しなのかと思ったが、味はとても甘く美味だと言う。以前藤と訪れた街にある菓子店で、贈り物を探していた時に丁度季節限定の品を入れて一組の物が売られていたので、それを選んでみたのだと。菓子ならば藤が喜ぶだろうと有り難く受け取る事にした。
「あれ、これって何?」
厨の卓上に置かれた見慣れない袋に藤が頭を傾げる。
聞いてみると、ついさっき依頼者がお礼にと持ってきた手土産だと言う。
「甘い菓子らしいぞ」
その言葉に目の前の人物の瞳が輝いた気がした。
「開けてみてもいい?」
「ああ、いいぞ」
少し弾んだ音でそっと聞かれる。わくわくとしているその表情で此方も気が揺れてしまう。
長方形の箱がそっと開かれた其処には、三つの菓子が綺麗に行儀よく並んでいた。
「可愛いね」
兎型のクッキーがそれぞれの台座の上にちょこんと乗っている。見た目も惹かれることながら、ふわりと誘う甘い香りがまた魅力的で。
しばし姿を楽しんだ後、食後の楽しみにしてみようかとしばし置かれる事となった。
共に入れられた小さな添え書きには南瓜、栗と焦がしキャラメル、カスタードと書かれている。『跳ね駆ける兎達から貴方に贈り物を』の文字と一緒に。
「食べるの、何だかもったいないね」
嬉しそうな藤に渡された小さな添え書きを受け取る。その添え書きの秋らしい装いに、季節限定と言っていたのを思い出した。
「南瓜味に、栗とキャラメルの味……かすたーどっていうの知ってる。プリンの中で比較的に多い味って聞いたよ。朽名はどれが食べたい?」
「お前はどれにしたいんだ?」
「うーん……」
藤が悩みだす。どれも魅力的で選びかねている様子だ。
「前のように分けたらどうだ?」
ぱっと輝いた藤が此方を見る。
続けてではどれからにするかと尋ねたらまた悩みだしてしまった。その姿に苦笑する。藤が決めるまで待つ事にした。
上に座る菓子をそれぞれ食べてみる。
ほろほろと口の中で崩れてはバターの風味が舌の上に転がっていく。これだけでも十分に満足が行くような出来だった。何時もながら良い笑みを浮かべる藤がそれを証明している。
匙で上に乗るクリームと共に掬い上げてみる。
これもまたふわりと香る風味が心地良い物だった。甘い香りの中に仄かな香ばしさ。それが濃いクリームと混ざり合ってまた好い味わいになっていた。
藤の方も気にいったのか二口目を含んでいる。柔らかくなめらかで、とろりとした舌触りがまた次を誘い出したのだろう。「蕩けるほどおいしい」と顔で語っている。
「はい、朽名」
目の前に現れていた表情を味わっていたら藤から器を差し出される。自身の手元の器と交換でそれを受け取り、同じように掬い上げてみると此方も中々に先とは違う風味で、味わう事を自然と舌先に教えられた。
「南瓜の風味も好きだけど、こっちの風味も美味しい」
甘いものが好きな藤にも甘味だけではなく、仄かな苦みが香るこの味わいは気に入りの一つになったらしい。
一匙掬ってはまた一匙。そしてまた交換しては別の風味を楽しんでみる。隙間に他愛の無いやり取りをしながら幸福感を己の中で噛みしめた。何より味わい楽しんでいるのは心地の良い藤とのこの時間だろう。
やがて一つの器を食べ終わった藤が何処かそわそわしている。三つめの行方が気になるのだろうが、恐らくもう一つ手にして食べても良いのか迷ってもいるのだろう。
「食べないのか?」
「……もう二つ分も味わっているのに、全部食べていいのかなって……。ご飯も少し前に終えたばかりなのに」
想像通り躊躇っている藤を見て、朽名は残されていた器を手にする。一つ掬うと藤へと差し出して食べる様に促した。
「それ、みっつめ……」
だが、一つだけ今此処で残しておいても仕方がないのも事実だ。
もう一つ食べる事が、何だか少しだけいけない事をしている気がする藤は、誘惑もあってかごくりと息を飲み込む。そして意を決するとぱくりとその一口を含んだ。
ほわりと藤から喜々とした雰囲気が飛び回る。
素材の濃い香りと味で、特徴を強く持つ二つの菓子の中に居ても存在感が薄れず、それどころかまた手に取りたくなる味わいだ。自身の温度で蕩ける一口が美味しくて仕方ない。この美味しさを相手にも味わってもらいたいと思いながら噛みしめていると、
「ふふっ、食べたな」
「うぐっ」
「ほら、残りも食べろ」
手に抱えていた小さな器が手元に差し出される。
この蛇は遠慮ではなく、本心から藤へと差し出しているのだからほんとに……
「俺を甘やかさないで!」
「はははっ、どうせなら砂糖に漬け込んでいる様な甘さにしてやろうか」
むくれる藤に、蛇が笑みを浮かべて冗談……半分冗談をかましている。
「うぅ……罪悪感が」
わざとらしく胸を押さえる。そんな藤にまた蛇が笑った。
「偶にはこうしたのも良いだろう? 何ならばお前を唆した私も悪役だな。ほら、私と悪事を分け合おう」
「……じゃあ……これも半分個にしよう」
差し出されていた器をそっと受け取り一口掬い上げる。真っ赤な顔で、今度は朽名へとそれを差し出してきた。
「朽名も食べてっ」
嬉しそうに藤から手渡されたものを口に含む。
見ていた表情から美味しい事など疾うに知っていたが、やはり口の中で蕩けるそれは再確認させて来る。
「美味いな。いやお前と〝悪事〟を共有しているのが更に好いのか?」
藤と共に食べ、美味しさを共有し、藤自身から手渡され。嬉しさと美味しさを噛みしめた蛇は頷く。
「……何だか朽名の所に来てから、していいのかなって事いっぱいしてる気がする……」
少しむくれる様に溢す藤の言葉に笑みを落とす。
(お前は我慢をしすぎなんだ)
遠慮と我慢を積み重ねて来た藤へ、これ程では甘やかしのあの字にも届かないと蛇は自負している。
実際、出会ってから今まで悪事の文字どころか〝甘さ〟すら見た事が無い。心が弛みきっているなら今頃は藤と日々堕落の生活に浸りきっているし、此の隠世にも移り棲んでなどいない。
(ならば悪事に奪われてばかりだった藤を、私が甘やかし倒したってバチなど当たらんだろう?)
「ではこれからも私と悪さをしてくれ、藤」
にやりとして告げる相手へ、やがて藤も和らげる。そしてまた相手へ一口を寄せた。
(……ちょっとだけ、朽名の気持ちが分かったかも……?)
やたらと自分に手ずから食べさせたがるその相手。
断るでもなく渡したものを美味しそうに受け取る相手に嬉しさを感じてしまう。美味しいも楽しいも二人で共有する。そんな嬉しさを。
手元の器を眺めるその顔には笑みが灯っていた。
「……やはりお前の一口は好いな。与えられるのも良いが、与えた時のその口が小さく愛らしい」
その言葉にまた藤の頬が脹れる。
(い、今それ言うの? 自分でももう少し大きく食べれたらなって思うのにっ!)
トウアを見て一口が小さくて可愛いなと微笑ましくなるけれど、いざ自分が「一口が小さい」「愛らしい」と言われると何だか不服だ。
「何よりその時の顔が――」
更に言葉を続けようとした相手の口を、兎のクッキーで蓋をする。美味しそうに食べている相手のその顔を見ながら、自身も再び菓子の甘さに浸っていく。
「美味しいね」
ふと礼として贈られたその甘さを堪能する。二人で笑い合いながら。
秋の美味を贈ってくれた季節も、そろそろ過ぎようとしている。そんなほんのひと幕の出来事だった。
- 了 -