とりっく おあ とり〜と!【牧台】「「とりっく、おあ、とり〜と!」」
白い布を被った子供たちが、がおー!とも音が付きそうな声でヴァッシュに迫る。聞こえる声は何とも楽しげで、迫られているヴァッシュも楽しそうな笑みを浮かべている。
「おかしくれなイタズラすんでー!」
「おかしくれなきゃ、イタズラするよー!」
「ぎゃー!それは嫌だなぁっ!!」
微妙に違うセリフは、それでも重なり、白いオバケ2体はヴァッシュに纏わり着く。返るヴァッシュの声は棒読みに近いが、離れていても楽しそうである事が充分に解る
ヴァッシュは「とりっくおあとり〜と!」と鳴く子供たちを躱しながらリビングを逃げ回る。追いかける子供たち──5歳のヴァッシュと4歳のニコラスは、必死にヴァッシュを捕まえようと追いかける。それほど広いリビングでもないのだが。
そんな嫁と子供たちを、ウルフウッドはソファで煙草を咥えながら見守る。
やれハロウィンだ何だと数日前から騒いでは、そわそわワクワクと落ち着かない様子を見せていた。登園先でもハロウィンイベントがあったらしく、仕事から帰宅したウルフウッドに一生懸命話し伝えててくれる様子は控えめに言っても可愛い。
(今日もワイの嫁さんと子供らが可愛い)
ウルフウッドは無言でスマートフォンのカメラレンズを向け、はしゃぐヴァッシュと子供たちの動画を撮り始める。
正直、ウルフウッド自身はハロウィンに興味が無い。それに託けた騒ぎに辟易する事もある。それでも、我が子たちが楽しむ姿だけは特別で、見ていて自然と頬が緩む。
「「とりーっく!おあ!とりーと!」」
「次はおとんの番や!」
「お菓子くれなきゃイタズラするぞ〜!」
見守っていると、カメラレンズの前に突然子供2人の顔がドアップで映る。子供のヴァッシュとニコラスは目をキラキラと輝かせ、スマートフォンを通り越してウルフウッドを見て来る。
「お父さん、お菓子持ってないから、イタズラし放題だぞ〜!」
子供たちの後ろで、ヴァッシュがニヤニヤと笑って2人を煽る。
「?!チビら、けしかけるなん、せこいで?!」
「えー?何のコトかな〜ぁ?さぁ、行け!ヴァッシュ!ニコラス!」
「「とりっく、おあ、とりーと!!」」
「お菓子くれなきゃ」
「イタズラや〜!」
子供たちはヴァッシュに言われるがままにウルフウッドに突撃して、乗っかりじゃれつき、ケラケラと笑う。
「だぁぁぁっ!!オドレらにもイタズラや〜!!」
なんて、いつの間にやらイタズラの立場が逆転して、ウルフウッドが子供たちをくすぐる。
「ぎゃっ!!」
「やーめーてーーー!あははははっ!!」
「ワイにイタズラしようなん、100年早いわ」
「ぎゃははははっ!」
「やーーーーぁ!!ははははっ!」
賑やかで明るい笑い声がリビングに広がる。子供たちからの襲撃から逃れたヴァッシュは、キッチンで2人分のコーヒーと2人分のココアを用意しながら、幸せだなぁ…と、優しい笑みを零す。
ウルフウッドと、子供のヴァッシュとニコラスが全力ではしゃいでいる様子は幸福以外のなにものでもない。
当初の趣旨はどこへ行ったのやら。
それでも、子供たちが楽しいのならそれでいいかと、ヴァッシュは穏やかな気持ちで3人を見守った。
◆ ◆ ◆
「えらい、あっさり寝よったな」
「はしゃぎ疲れたんでしょ」
楽しそうだったもんと続けてヴァッシュが笑う。
散々はしゃいで笑って騒いだ2人の子供は、電池が切れたオモチャのように、パタっと眠りに落ちた。仲良く手を繋いで眠る兄弟に、心がまたあたたかくなって、溢れてくるのは、やはり幸福感。
子供部屋で仲良く眠る兄弟を見届けて、今はウルフウッドとヴァッシュだけの、ふたりの時間。
「trick or treat?」
ヴァッシュをベッドに組み敷き、艶のある低音が囁きを落とす。
「興味無いんじゃなかったの?」
自分を見下ろして捕えるウルフウッドを見上げて、ヴァッシュはくすりと嗤う。
「そうやねんけどなぁ。一応乗っかっとこか思てな。チビらも楽しそうやったし」
はしゃぐ子供たちを思い出して、ウルフウッドの表情が穏やかに和らぐ。けれど、それはまたすぐに熱を帯びた表情に変わる。
「───で、どっちなん?」
鼻と鼻とを擦り合わせ、間近で伺う。
交わる視線は逸れる事はなく、ヴァッシュもまた、艶を含んだ表情をウルフウッドに返す。
「お菓子が欲しい訳じゃないでしょ?」
「ワイが欲しいんは、菓子より甘いもんやなぁ?」
ヴァッシュの身体を服の上からなぞり、唇が触れる距離で、ウルフウッドは含んだ言葉を吐く。
甘い菓子よりも甘いもの。
甘い菓子よりも、はるかに美味なもの。
「ふふ。お手柔らかに」
そう言って、ヴァッシュはウルフウッドの背に腕を回すと、その甘い身体を差し出した。