ただの熱だ「ただの過労です。根詰めすぎですな」
軍医のハサンに栄養剤を注射してもらったブライトは解熱剤を飲み、自室に戻った。
偶然医務室に立ち寄ったクワトロ大尉に体を支えられながら。
自然に腰を抱いてくる男に「1人で戻れる」と伝え離れるように促したが「そんな身体でブリッジに向かおうとする方が悪い」とお小言をいわれ、ブライトはしぶしぶと彼に身を預けた。
戦闘空域外であるアーガマにおいてキャプテンルームに寄る人間はいなかった。
ドアを閉めると室内奥にあるベッドに、クワトロはブライトを降ろした。
ベッドに身を預けるブライトはよろよろと布団を被り、枕に頭を乗せ、一つ溜息を吐いた。
その傍に腰掛けるクワトロ。
「……クワトロ大尉」
ブライトが小さい声でクワトロを呼んだ。
彼が私を見上げている。
「すまない、付き合わせて…ハサン先生に叱られてしまったよ。自分の体調も管理できないなんて、艦長失格だな」
クワトロは内心ブライトの言動が意外だと感じた。熱が出ていると心が弱くなるというが、例に漏れずブライトも弱るのだな。
「気に病む必要は無い。艦長は気を張りすぎなのだ。日頃のツケが溜まったんだろう」
布団の上から胸の当たりを撫でる。
「ラーディッシュもサポートに回るという連絡があった。たまには体を休めた方がいい」
「大尉……」
「ン?」
クワトロを見つめるブライト、熱で汗ばみ紅潮した頬と、潤んだ瞳がクワトロを見上げる。
『そばにいてくれ』
ブライトの唇は閉ざされていたが、クワトロには確かにそう聞こえた。
「……」
クワトロはバイザーを外し、ゆっくりと身をかがめ、ブライトに口付けた。
あつい。
グローブを外して素手でブライトの火照った頬に触れる。
ひんやりと、そしてしっとりとしたクワトロの手にブライトは少し驚く素振りを見せた。
「馬鹿、伝染る……」
「構わない。それに、君がしてくれと言ったのだろう」
「誰が……」
「分かるさ」
「……ニュータイプだからか?」
「顔に書いてある。キャプテンは思っていることが顔に出やすい」
ぶす……
「ほら、そういうところだ」
ブライトの体温がクワトロの手へと伝わり、混ざる。
「ここに居る。貴方が眠りにつくまではな」
まじまじと見つめてくるクワトロ。
バイザーを通さずに向けられる青い瞳にブライトはたじろんだ。
「そんなに見られると、かえって眠れないんだが」
「そうか」
クワトロはベッドから立ち上がり、デスク傍の椅子を寄せて腰掛けると、足を組んでブライトが持っていた資料を読み始めた。
睡眠不足であることは否定できない。
ほっと安堵したブライトはすぐさま睡魔に襲われた。目を閉じてしまえばすぐにでも意識を手放してしまいそうだった。
まどろむ思考の中でブライトはクワトロへの疑問を浮かべた。
それが言葉として彼に伝わったかは定かでは無い。
『大尉……貴方はいつまでこの艦に……居てくれる……』
クワトロがこちらを向く気配だけ感じ、そのまま意識を手放した。
それは言葉になっていた。
答えることができないクワトロ。
眠る彼の顔を見つめながら少し申し訳なさそうな表情を浮かべ、再びブライトの頬に手を伸ばす。
ただの熱だ。一時的な、熱なのだ。
いつまでも続くはずがない。
……君もわかっているだろうに。
照明を落としたキャプテンルームにブライトを残し、クワトロは立ち去った。