飼育の日まず大事なのは、光、水、空気。植物と同じだ。
次に栄養。休息。代わり映えのない毎日は心が死ぬのだと、本丸で誰かが言っていた。僕も彼女が笑っているのを見るのは好きだ。だから楽しんでもらえるように工夫した。
そう、笑っていた。
みんなに囲まれて笑っていた彼女は、今僕の隣で笑っている。誰の隣でも、工夫さえすれば笑うのだ。
「綺麗だね」
「うん」
与えるものを間違えなければ、生き物はすくすく育つ。悪い葉っぱは落として、ちゃんと薬を塗るべきだ。記憶に巣食う病害虫を取り去れば、悲しい顔をしないで済む。
少なくとも、彼女の脳はそう判断したようだった。
「くわな」
「うん」
桜の大木を見上げていた彼女が、こちらを向いて呼ぶ。ああ、また。
抱きしめてやると、啜り泣く声がした。なんでだろう、ごめんね、と呟く彼女の背をさする。たまに、五感が重い記憶の蓋をこじ開けて彼女は泣く。栽培も日々試行錯誤だが、彼女のこれにはいまだ上手い方法がわからない。彼女が泣くと、僕も悲しくなる。でも僕も泣いているわけにはいかないから、ただ一緒にくっついて体をさすってやるしか無かった。
手足があって、言葉も話せる。できることが刀の身よりうんと増えたのに、泣いている彼女にできることはこれしかない。
さすっていると、だいぶ落ち着いたようだった。もう戻ろうと声をかけると否やは無かった。手を繋いで戻る。
この世に一人きりの君を大事にしたいだけなのに、と思うと、ちょっと笑ってしまった。どうしたの?と振り向く彼女へなんでもないと返す。まだまだ研究の余地あり。ぐっと手を握り返して、夕食の相談をした。