未定 緊急入院した私は寂しさのあまり、降谷さんの寝そべりぬいぐるみを抱きしめながらベッドに横になっていた。
点滴をしている手の甲が実際に痛いが見るだけで痛々しくもある。
「ぬいぐるみだった降谷さんが朝にはホンモノに変わってて……えへへへ」
妄想しながら寝るのはいつものこと。
朝、起きたら本当に降谷さんになってればいいのに。
「なんてね、」
そう呟きながら私は眠りについた。その呟きが現実になるとは知らずに。
翌朝、温かい温度に包まれて目が覚めた。目の前には褐色の肌のテレビの画面とか漫画で見慣れた顔があって。
「ふ、ふ、ふ、ふるやさん!?」
驚きのあまり、大きな声が出てしまった。降谷さんを見ると、まだ目を覚まさない。あれだけ大きな声を出したのに不思議だ。降谷さんの顔をよく見ると隈ができていた。
「お仕事おつかれまです」
やっぱり、忙しいんだなと思うと起こす気が失せて……降谷さんに抱きつきながら目を瞑った。
そのときは降谷さんの心音を聞いてるだけで安心できたはずなのに、いつからだろう? こんなに欲ばりになったのは。
最初は素っ気なかった降谷さんと普通に会話するのに数日かかった。
十日過ぎた辺りからは頭を撫でてくれたりとか、スキンシップをとるようになった。
大好きな降谷さんに抱きしめられたときには舞い上がってしまい、悲鳴をあげないようにするので手いっぱいだった。
「病院では思うようにいちゃいちゃ出来ないな」
降谷さんのその言葉もドキドキする要因で。
「退院したら、もっと凄いことしてくれるんですか?」
なんて、試すようなこと言ってしまった。
「……そうだな」
降谷さんは少し考えてから。
「キスより凄いことしようか」
降谷さんが綺麗な笑顔で言うものだから、照れてしまって出たのは声にならない声で。
「揶揄ってます?」
「僕が信じられない?」
質問を質問で返されてしまった。降谷さんの悪い癖だと私は思っている。だって、降谷さんはそうやって人を試すところがあるから。
「そうやって人を試すの降谷さんの悪い癖ですよ」
むくれながら言うと降谷さんは「すまない」と言って頭を撫でてくれた。
「君が可愛いから、ついつい試したくなるんだ」
微笑みながら言われたら、なにもかえせないじゃんか。
「降谷さんの意地悪」
意地の悪い降谷さんのことだ。
私が拗ねるのも計算のうちなのだろう。額にキスをして頭を撫でられれば私が許すのも計算のうち。そう、思うと寂しくなった。全ては計算なのだ。元の世界に帰るための。
「寂しい?」
「寂しい」
降谷さんの問いに素直に答えれば、寂しいのは私のほうの筈なのに降谷さんのほうが寂しそう。寂しそうというより、辛そうだ。どうしてだろうと疑問に思っていたのも、数日。
退院して、彼の家に連れてかれて知った。
この世界は私の知っている世界ではないということに。
どうやら、トリップしたのは彼ではなく、私だったようだ。
「降谷さんは知ってたんですか?」
すべて気づいてしまった私が問うと、降谷さんは素直に話してくれた。