『糸を縒る』 2032年モストロラウンジ珊瑚の海店、海上テラス。新しく作られたこの店舗は、海底から海中、海上までの3階建てになっていて。数時間前まではグランドフロアもとい海底と海中はおもに人魚が。海上は専用の船で訪れた人間や獣人、妖精などで賑わっていた。
「誕生日おめでと」
「今年もお会いできて嬉しいです」
「……誕生日くらいは、ね」
学生時代よりも大人びた後輩は、質の柔らかそうなシルバーブロンドをオールバックに撫でつけ、三つ揃えのスーツを着こなしていたが、微笑んだ表情には昔の面影が残っていて、イデアは表情を綻ばせた。
「さみしい誕生日ですな。今日くらいは仕事休めばいいのに」
「お生憎様、独り身ですから」
「祝ってくれるひとは、いっぱいいるでしょ」
「だからこそゆっくりしたいのですよ」
「ふーん」
イデアは傍らに置いた紙袋をちらりと見る。ナイトレイブンカレッジを卒業してもアズールの誕生日だけはモストロラウンジに立ち寄り、こうして1つずつ歳を重ねた後輩とゲームをするというのが、アズールが卒業式の日にイデアにねだったわがままだった。
奇特な人魚だ。1年寝かせたおねがいごとを、そんなことに使うだなんて。
部活で誕生日杯をアズールが申し出てから、誕生日杯で彼が勝ったらお願いをひとつ無償できく。という提案をされたときには身構えたものだったが、意外と可愛らしいところがあったらしい。
「イデアさん、今回僕が勝ったら、とびきりのわがままを要求してもいいですか?」
「君の言うわがままって、こわいな」
「ふふふ」
顔を顰めたイデアに、アズールは楽しそうにカラカラと笑った。
「あなたにしかできないお願いですから」
意味深長に囁かれた台詞に、イデアが瞬きを繰り返した。
「これからさき、あなたが誰と一緒になっても、いくつになっても、またこうして遊んでくださいね」
今はまだ逃げ回っているものの、イデアはもうじき周囲の圧に折れてしまうだろうと言外に指摘したアズールに、イデアは唇をわななかせ、どうにか返事を絞り出した。
「うん。……当然だよ、君は最高の好敵手だから」
「ありがとうございます」
「じゃ、その景品は無効ですな」
「は?」
「いや、だって僕も毎年この日が楽しみで、いや、あー……今のナシ。とにかく、それは確定事項だから、景品は別のにしてよ」
「あなたって」
なにかを言いかけ、アズールが首を振る。
「わかりましたよ、じゃあ……」
その後、アズールが伝えた要求にイデアは不敵に笑い、こう言った。
「君が勝てたらね」