1.邂逅 今日のウェズンはやけに苛立っていた。理由は単純だ。上位の守護者にデュエルを挑んで、完膚なきまでに打ち負かされたからだ。その鬱憤を晴らすためにパンディア収容所に来ていたのだが、ここのホシビトくらいではウェズンを満足させることはできなかった。いくら数が多かろうと、雑魚は所詮雑魚。それがウェズンの苛立ちをさらに加速させていた。
「クソッ! クソッ!」
思い切り振り回した大鎌はホシビトを一撃で粉砕する。しかし一体倒せばまた一体現れ、ウェズンを囲んでいく。だがそんなことはウェズンにとってはどうでもよかった。目の前に現れた敵は全て壊せばいいだけだからだ。今までもそうしてきた。これからも。
ホシビトの残骸が山を作った頃にウェズンは我に返った。――こんなに倒したって俺様じゃ浄化できねぇってのに。
だが、ウェズンと契約したがる浄化者はあまりいなかった。戦うこと、強くなることに固執するせいで、いい噂を聞くことがあまりないからだ。狂犬とまで言われることもある。
(強くなって何が悪い……)
ウェズンは小さく舌打ちし、その場を後にした。
暗い中にいたために、収容所の外の光が目に刺さる。セレーネ杜はいつも霞が出ているが、そんななかの光でさえも目を眩ませる。その光にも慣れてきたとき、ふと視界の端に気になるものが映った。
人が倒れている。
――そんなのは良くあることだ。弱いのに自分の力を過信してやられる奴なんてごまんといる。下らねぇ。
いつもならば人が倒れていようと気にしなかっただろう。だがウェズンの足は無意識に倒れているその人の元へ向かっていた。
そこには小柄な少年が倒れていた。小さいとは思っていたが、近くで見てみるとより小さく感じた。
「おい」
ウェズンが声をかけると、倒れていた少年の目がパチッと開く。赤い瞳に光が反射し輝いている。
「兄ちゃん、誰だ?」
少年は無邪気に質問しながら倒していた上半身を起こす。どうやら怪我はないようだ。
「人に名前を訊く前に名乗るのが筋だろ」
ウェズンは人騒がせな少年に呆れながらそう言うと、少年は口角を上げながら
「おれはアダーラっていうんだ」
と答えた。
「今日は遠くまで行こうって思って、色々走っていたらこんなところに来ちまって」
アダーラはペラペラと経緯を話す。
「いっぱい走って少し疲れたから休んでたんだけど、なんか眠くなっちゃってさ」
だからあんなところで倒れてたのかとウェズンは納得する。確かに気付かれにくい場所ではあったから多少は休憩をとれるだろうが、それでも無用心すぎる。
そんな話を聞きながらウェズンはアダーラの体に目を向ける。小柄だとは思ったが、腕も脚も細すぎる。よくこれでセレーネ杜に来れたものだ。
(大方、敵から逃げてきたんだろう)
そうウェズンは見下した目で見ている。そんな視線にアダーラは気づかず、楽しそうに話を続けていた。だがその話もアダーラの腹の音に遮られてしまう。
「そうだった、おれ腹が減ってたんだった」
さっきまでの元気そうな顔は、一瞬で頼りない表情へと変わってしまった。そんなアダーラを見て、面倒くさそうにしつつもウェズンはどこからともなく携行食を取り出し、アダーラに投げて寄越す。
「これ、食っていいのか?」
アダーラの表情がぱぁっと笑みにかわる。携行食の袋を開けると、一気に口へと放り込む。相当腹が減っていたのだろう。そんな姿をウェズンは見つつも、自分も食べようと携行食を取り出す。だが、それを見た瞬間アダーラが声をかける。
「おれが勝ったらもう一袋くれよ」
そう言うや否や、アダーラは突然飛びかかり、その拳がウェズンの顔面を掠める。油断していたとはいえ、ウェズンも実力のある守護者だ。不意打ちであろうと無様に食らうことはなく、体を反らしうまく避けた。
「ちぇっ、当たると思ったのに」
アダーラは身を屈め、戦闘体勢を取る。ウェズンも自分の愛用する大鎌を構える。
(やるとは一言も言ってねぇよ)
心のなかで文句を言いつつも、ウェズンの口元には不敵な笑みが張り付いていた。好戦的な奴と闘うのは血が騒いで楽しい。あんな虚ろなホシビトを破壊するよりも。
アダーラの足が地を蹴ると、瞬時に間合いを詰めウェズンの懐へ入り込む。今度は顎の辺りを狙ったのだろう、鋭く正確な拳が放たれるが、ウェズンはそれを苦もなくかわし反撃をする。大鎌をアダーラは受けようとするが、ウェズンの方が力量が格段に上だった。受けるのは無理だと判断したアダーラは体を屈ませ、器用に避けつつウェズンに蹴りを入れる。
「くっ……」
だがその蹴りは浅すぎて、ウェズンを軽く呻かせることしかできなかった。アダーラはぴょんと飛び退き、鎌の間合いから離れる。
(これなら勝てる……!)
アダーラはにやりと笑い、次の攻撃を打ち込もうとした。今度こそは成功だ、そう思った瞬間、アダーラの耳に低い声が聞こえた。
「調子のってんじゃねぇよ」
否、聞こえたと気づいた瞬間にはアダーラは地に叩きつけられていた。ウェズンはアダーラに馬乗りになり大鎌の柄で首もとを押さえ付けた。
「俺様の勝ちだ」
ウェズンがそう宣言すると、アダーラの瞳からも戦意が消え不満そうな顔に変わった。
「くそー、なんで勝てねぇんだー!」
そう拗ねる顔は年相応の顔で、さっきまでの戦いに餓えた少年はもうどこにもいなかった。ウェズンはアダーラの上から退いてやると、横に座り携行食をアダーラに渡した。
「え、おれ負けたんだけど?」
「食いてぇんだろ? 今度から自分の食糧はちゃんと用意しろ」
不愉快そうにウェズンは答える。しかしこの携行食が最後の一つだったわけではない。またどこからともなく取り出して、ウェズンも食べ出す。
「……いくつ持ってんだ?」
「さぁな?」
面倒を避けるために食糧は多めに、しかし邪魔にならない程度には持ってきているのだが、それが逆に面倒を引き寄せている気がする。だが、十分な準備をしなかったために行き倒れるのは格好悪い。
(どうして上手くいかねぇんだか)
ウェズンは最後の一カケラを口に入れながら自嘲気味に笑う。だがそれも悪くない。
「そういや、兄ちゃんの名前を聞いてなかった」
アダーラが思い出したように声をあげる。そういえば人に名乗らせておいてウェズンは答えるのを忘れていた。アダーラが話し続けていたのが悪いのだが。
「俺様はウェズン様だ、よぉーく刻んどけ」
ニヤリと笑い、ウェズンは立ち上がる。陽はまだ高いがこの小さな猟犬を送り届ける必要性を考えたら早めがいい。
「お前はどこのエトランゼなんだ?」
「おれ? 終末だよ」
道理で、ウェズンは内心笑った。確かにこんな勢いで遠出する守護者は、規律を重視する他のエトランゼには似合わない。
「じゃあ行くか」
ウェズンが歩を進めると、アダーラも軽々と立ち上がりウェズンの後を追いかける。
(今日は本当に散々な日だった)
ウェズンはそう思ったが、アダーラと闘ってから心なしか身が軽くなっていた。
――アダーラのあの好戦的な瞳。それにウェズンも心が動かされていた。負けたくない、絶対に勝つ、そんな炎を灯した瞳だった。
ウェズンは最初はアダーラを見下していたが、的確に相手の急所を狙うアダーラの拳は格上の敵とも互角に戦えるのだろう。だからセレーネ杜まで無傷で来られたのだろう。
アダーラへの評価を改めながら、次に闘うときはもっと楽しい闘いになるのだろう、とウェズンは楽しみで仕方がなかった。