果たして"私"とはなんなのだろう。私が”私”を定義することはひどく難しかった。崩れ続ける影に定型などあろうはずもない。
「卿はたまに頭が良さそうなことを考えるな」
「普段は頭が悪いみたいな言い方はやめていただきたい」
目の前に座ってチェスの駒を手に取ったラインハルトは、ちいさく首をかしげながらテーブルの天板にひじをついた。手持無沙汰のようにチェスの駒を掌のうえで転がしている。
「そう悩む話でもあるまい」
「……というと?」
「たとえば、そうだな。私を呼んでみろ」
「ハイドリヒ」
「だろう? 卿がそう呼ぶなら私はハイドリヒだ。では、カール、卿は?」
カールなのかもしれないと自分でも心配になるくらいの能天気さで考えた。
カールが自分の考えに沈み込んでいる間に、ラインハルトはチェスの駒を盤面に置いた。
カールとは目の前の男の友人だ。それ以上でもそれ以下でもない。たぶんそれでいいのだ。我ながらちょろすぎやしないだろうか。それはそれとして。
「今回も私の勝ちですね」
すっと駒を動かすと、友人は苦笑した。
「賭けはなんだったかな」
「クリスマスプレゼントです。もうひとつください」
「卿にあげるものはもう渡しただろう」
「ええ、とても嬉しかったです。でも、賭けで勝ちましたので、追加でもうひとつ。あなたの時間をいただけたら、幸甚に存じます」
「なんだ、そんなことか。いつも卿にくれてやっている気がするんだがな」
能天気に応じた友人に、カールは曖昧に微笑んだ。