それにしても金がほしい。
リビングで藤井蓮はテーブルの上に並べた自身の全財産を眺めながら唸った。そろそろ夏が近い。友達と遊びに行くための資金のことを考えると、そろそろ貯金を始めないといけないが、今から貯めたところでちょっと足りないような気もする。
大学の授業の合間にバイトはしているものの、これがなかなか難しかった。接客業をやればうっかりお客様の喧嘩を買い上げてしまったりと、自身がそこそこひねくれた人間であることが遠因で仕事が続かない。
「金が欲しいか」
「うっ……」
背後から兄の声が降ってきて、藤井蓮は身を固めた。
本能が警告している、「断れ」と。
藤井蓮は葛藤の末にじりじりと後ろを向いた。ソファの後ろに立っている兄は、妙に優し気な微笑みを浮かべた。そんな空虚な笑みを向けられても怖いだけだ。何をさせられるのか、まったく恐ろしくて仕方がない。
「良いバイト先を知っている。紹介してやろうか」
金が欲しくとも、この男にだけは頼るまい。
人間であるのならば、本能のままに生きるのではなく、理性でもって衝動を制御するべきではないだろう。
「よろしくお願いします!」
「その愛想の良さは仕事先で出せ」
そういう事になった。
兄に教えられた場所に行くと、妙に雰囲気の良い喫茶店についた。
植物をモチーフにした飾り彫りで彩られた窓枠には色鮮やかなステンドグラスがハマっている。
見える範囲で中に客はいない。本当にここであっているのだろうか。
そっとドアを押すと、ぶら下がっていたベルが揺れて、澄んだ音が響く。
一歩中に踏み込んだとたん、まばゆさに目を細めた。
店の奥の方にその男はいた。本を片手に椅子に座っている。無造作に投げ出された足は長い。
ステンドグラスから差し込む光が七彩に輝き、豊かな金の長髪を照らす。読んでいる本を見下ろす横顔は怖いくらいに美しくて、心臓がうるさくなった。こちらを見た金の瞳がシラーを帯びて輝く。
「なるほど、そう来たか」
そうつぶやく男の声は、魅惑的に鼓膜を揺らす。
体の向きを変えて、蓮に向き直ったその男はにこりと微笑んだ。さっきまで煩かった心臓が一転して大人しくなる。というより止まっている。
「私はラインハルト。卿がカールの紹介で来たバイト志望、かな」
「ああ、ええと、はい」
「仕事内容は聞いているか?」
「いや、いいえ、聞いてないです」
「ああ、話し方は気にしなくていい。カールの身内なんだろう」
反射的に顔をしかめる。そういう風にひとくくりにされるのは好きではない。しかし、まあ、事実ではある。
「まあ、兄です。俺は藤井蓮」
「弟がいたとは、初耳だな。まあいい。ようこそ、オブスクラへ。怪異専門の探偵事務所だ」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまったのは、仕方がないだろう。