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    クノ🎲

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    夢人 フラッシュバックについて

    壊れたラグランジュポイント 全て無意味だった。
     巨大な文字が頭の中を支配している。ぎちぎちに詰めているせいで、その皮膜を突き破りかねないほどに伸ばしている。文字の隙間にはまたさらに別の文字や画像・映像がぐちゃぐちゃと詰まっている。成長しない体。『よくやった』。崇拝していたひと。それが、頭を撃たれる画像。他にもさまざまなものが、宇宙の中のデブリのように飛び交っている。
     こうなればもう何もかもが無駄だった。夢人は両手で頭をかきむしりながら洗面所を後にする。指のあたりにどろりとした触感があり、血が滲んでいることが解る。どうでもいい。この程度の痛みなんか、まだまだ足りない。
     きっかけは単純だった。年下の相棒といつもの朝食を取った時、食器を渡す時、たまたま彼の手を見た。大人の手へ、確実に向かっていることが解った。指が伸び、節がはっきりして、大きい。少しばかり、この時点で動揺した。
     もちろん、何も言わなかった。穏やかな食卓に妙な火種は持ち込みたくない。何もなかったように振る舞った。彼は気づかずに食事をしていた。そのはずだ。そうであってほしい。
     朝早くに学校へ行く彼を送り出したあと、朝の眩しい光から逃げるように眠りにつくため、歯磨きをしようかと洗面所に行った。そして、鏡で自分の姿を見た。大人になれない子どもの体を。やめておけば良いのに、手をかざしてしまった。銃を握っているために柔らかくはないものの、指が短く、節もなく、丸っこい子どもの手。
     その瞬間、例の文字が瞬時に脳裡に現れ、夢人を支配した。大体のきっかけはこれに類するものだ。でなければ、うっかりと表の世界で幸せに過ごしている子どもでも見た時か……。
     どうでもいい。
    「あ……ぁ……」
     嗚咽を漏らす。胃のなかがぐるぐると回って朝食の内容物がせり上がってきそうだ。トイレに行って吐いてしまった方がいいような気もするが、まだ平気と判断した。それよりも頭の中をなんとかしたい。足元がふらつく。めまいがする。
     電灯のついていない自室に入る。まっすぐに(実際は足元が狂っていたのでやや蛇行していたが)ベッドへ向かい、体を打ちつけるような勢いで倒れ伏す。腹が圧迫されて、吐きそうになった。シーツを汚すのは嫌だ。唾を飲んで耐える。血だってシーツにつけたくない。頭は抱えたまま、髪の濡れた部分が直接シーツにつかないようにする。こうしていれば手が他にやれないから、なお良い。自室に刃物はないが、爪を剥がすことくらいはできる。
    「考える、な」
     呟いた声はいやに弱々しい。もう一度強く言おうと思ったが、あまり声を出しすぎると吐きそうになるのでやめた。その代わりに、頭の中で繰り返す。考えるな。考えるな。考えるな!
     全て無意味だった。その文字を、自分の脳内の声でかき消そうとする。十数年を、あの湿っぽく、ひどく閉鎖的な場所で無駄に過ごした。言葉ばかりは読み書きも含め、『使命』の執行のために教えられたが、他は殺人に関すること以外、何もなかった。人を殺すために訓練し、人を殺す。ありもしなかった神秘を崇拝し、自分があそこの人間たちの役に立ってると思い込んでいた。それを心の底から喜んでいた。それは、全くの嘘だった。人生のほとんどは嘘でできていた。
     だめだ。考えを散らさなければいけない。考えるな。
     ベッドの上で体を大きく丸める。相棒が出かけてからで本当によかった。彼にかけらも心配をかけたくない。波が収まるのを待って、冷たいシャワーを浴びて寝よう。寝れさえすれば、起きた時にはきっと完全に落ち着く。息が荒くなっている。カーテンの隙間から太陽が射しているのが鬱陶しい。光が嫌いになったのも、光の中にいると自分のことを考えてしまうせいだ。
     考えるな。
     何度でも繰り返した。ぐちゃぐちゃになった頭の内容物が、薄れて無視できるようになるまで。
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