担当医 A 記録ファイル:1初恋の先生は、既婚者で常識人なので絶対に手を出さない。
だから安心して冗談を言ってしまうんだよね。
「ねぇ、先生!後ろからハグしてみて!」
よく通る明るい声が診察室に響く。ちょうど窓から見える優しげな色合いの秋の空にはぴったりの音色だが、内容は随分困ったお願いだ。
「あおめくん、私はそう言った荒治療はしない主義だし、私の立場としてもとても問題になってしまうお願いだなぁ」
私がはぁ…とため息をついても、ニコニコと笑顔を絶やさないこの困った青年。
この子の担当医をしてから随分時は経ったが不思議と容姿は幼い時と変わらないあどけなさだ。
「そう言うと思った。でも、ボクの初恋は先生だし、知らない人じゃないから怖くないと思ってさ」
なるほどなと思う部分もあるが…
「君が好きだった頃の私ではもう無いよ。君の苦手な中年のおじさんになってしまった。」
「…まぁ確かにせんせー老けたねぇ〜同年代の人達と比べたら綺麗な方だとは思うけど」
悪戯に手を伸ばし、私の白髪混じりの短い前髪を指でくるくるといじる
「こーら、やめなさい」
軽く叱ると、ごめんなさーいとまたもや明るい声で悪戯をやめる。昔からする悪戯だ。
「知り合いの方のシェアハウスはどうだい?
一人暮らしの時よりかは幾分マシと前回は言ってたけど」
「楽しいよ!いろーんな人が居て、たまーにえっちなこともしてる!」
彼はあっけらかんと楽しそうに話すが、私は頭を抱えてしまった。昔から素直な子ではあるが…どこかで治療方法を間違えたのだろうか…
「コホン、また怖い目に合わないためにも、自分をもっと大事にしてほしいけど…難しいかな?」
そう私が訊いてみると、彼の表情は曇る。
ん〜…と拗ねた子供のように口を尖らせて言葉を探している様だ。
「……自分を大事にするとかよくわかんない。」
幼少期の傷があまりにも繊細な心に深く深く残ってしまっているのか、あまり自分を大事にしてくれない。
「…この話はここでおしまいにしよう。シェアハウスの人達について教えてくれないかい?」
俯いていた目に少しだけ光が宿る。
「良いよ!!もうね〜みんな個性豊かなんだぁ〜!誰からお話しようかな!?」
わくわくしたように楽しげに仲間たちを彼らしい表現で紹介していく。
次回の診察には、どんな変化があるだろうか?なんだか私も楽しみにしている。
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