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    sh__aomedohu

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    あおめくんとお医者さんの会話

    担当医 A 記録ファイル:3「何か嬉しい事でもあったかい?」

    この子の担当医になってから10年そこそこは経っているが、今日は目に見えて嬉しそうだ。
    薔薇色の頬と無邪気な微笑みは幼い頃から変わらないが、これはどうやら……

    「あのね、恋人が出来たんだ…!」

    くふくふと幸せそうに笑う。

    「…その人は、とても素敵な人のようだね。」

    何でわかるの?と言ったように小首を傾げる青年は、次は少し恥ずかしそうに両頬を手で包む。

    「ボク、そんなにわかりやすい??」

    「ははは!君と何年付き合ってると思ってるんだい?」

    むぅっと少し拗ねたが観念したように肩を揺らして小さくため息をすると、惚気けても良い?と訊ねられたのでどうぞと返す。

    彼の楽しげな話は、彼の幸せを願うためにまた後半でここに記録しておこうと思う。


    私は彼の過去について改めて記述しておかなければいけない。
    過去の事件と、その後の彼を。

    この青年の心は出会った時と変わらぬ繊細さと純粋さがある。それにより、随分と自らを責め傷付けてしまっていた。

    誘拐と監禁、性暴力を受け死にものぐるいで逃げ出した小さな彼は、傷の治療を受けながら虚空を眺めていた。
    暗闇や中年の男性を恐れていた。
    繊細過ぎる少年の長い治療のはじまり。

    そして、これから先の記述は
    私の記憶した中で憤りと哀しみを感じた事件。
    あれは彼が16歳。
    暗闇はまだ無理だが、常夜灯の光には慣れてきた頃だった。

    「彼氏が出来たよ。先生。」

    「…そうかい。どんな人?」

    初めて診察をした時のような、暗く光の無い瞳が虚空を眺める。どんな?と訊くと眉を顰め不安げな表情に変わる。赤く腫れた頬が痛々しい。

    「高校の先輩。…えっちした。痛くて怖かった……」

    「君は相手が好きなのかい?」

    そう訊くとふるふると首を横に振る。

    「…性行為は互いに想いあっている人同士がするものだよ。どうして?怖かっただろう?」

    「…手を、怪我しないようにするのに夢中で……嫌って言えなかった…また、パパとママを傷付けたくなくて…そしたら、フラッシュバックしちゃって叫んだけど口塞がれて後はあんまり覚えてない…気絶してたと思う。」

    彼の目からはぽろぽろと涙が溢れている。

    「君のご両親は、手や体を怪我していても生きてて良かったと言っていただろう?それを忘れないで……それにこれは強姦だよ。警察に相談しなければ…」

    「…っ!!警察に行ったら殺されちゃう!!」

    青ざめ戸惑った様子に大方脅しなどでもされたのだろう。それを宥め警察へと相談する事になった。男性の場合の性暴力はあまり咎められないが、過去の事件もありスムーズにことは運んだが未成年だった為謹慎と厳重注意となった。やりきれない。

    「ねぇ、先生上書きして。」

    ある日、切羽詰まった様に彼は私に縋った。

    「…もしもそれをして、傷つくのは君だ。心優しく聡明な君なら解るだろう?」


    「…そういうとこが、好きだよ。」

    弱々しく彼は笑った。
    そして初恋が私だったと聞いた。
    とても光栄だが、私は妻を愛していることと子供のいない私たちにとって君は家族のようだと伝えた。
    傷を傷で埋めてはいけないと。
    この記録は私の不甲斐なさからの懺悔なのかもしれない。
    あの時どうしていれば正解だったのか、どうしていれば彼を救えたのか当時も今も解らない。


    その後、面白がって近付く人間は居たという。高校生と言えど、子供社会は複雑で時に大人よりも陰湿だ。

    「ボクが…平気で居れば良いんだ。
    これはただ、気持ちいいことだもん。もう怖くもないし痛くもない。」

    悪い流れになってしまった。
    暗い目は何かを諦めたように冷たく、哀しいほど大人びて見えた。
    一種の自己防衛とも言える。只只哀しい。

    「…これだけは約束してくれ。暴力や強制をする者は必ず離れ断る事。心を許した人にだけ…好きな人だけにして欲しい。」

    「泣かないで…先生……ごめんね…ボクも解んなくなってきちゃった。」

    恥ずかしながら気付けば悔しさに泣いてしまっていた。医者としてあるまじきことだ。
    慰めるのが下手なのか彼はまた昔からする悪戯で、くるくると嫋やかな指で私の前髪を撫でた。
    私の願いは虚しく彼は当時の恐怖を埋めるように、たくさんの性的接触に依存をしていってしまった。
    それがボクの人生なのかもと、飄々としていたがその繊細さを汲み取ると
    心配をかけないように、怖がらないようにと恐怖と戦っているようにも見えた。
    悪循環である。何度かたしなめたが、放っておいてと言われてしまった。
    彼なりの反抗期、なのかもしれない。
    大人になっても変わらず当時よりは開き直ったのか楽しげだが悪循環からは抜け出せないようではあった。

    この悔しさと青年に対する親愛は
    記録ファイル:1、2にて、記述した通りとする。

    そろそろ、この青年の今の話を記録しよう。
    心から幸せになって欲しい子の新しい日々を。

    「あいせくんはね、ふらふらしてるボクをちゃんと繋ぎとめてくれるんだ。
    この間もね、夜にちょっとだけ散歩に行きたくなってふらっと出かけたら心配です!って言って一緒に手を繋いでくれて…」

    暗闇に慣れてからたまに散歩するとは聞いていたが、2人だと淋しくなかったと楽しげに惚気話をする。
    幸せそうな表情に目頭が少し熱くなるのを誤魔化しながら話を聞いていく。

    「……先生、昔ボクを慰めなかったこと後悔してるでしょ?あの時は言えなかったけど、先生は間違ってなかったよ。ありがとう。」

    「…本当に、あおめくんはどこまでも優しい子だ…もっと私に怒ってもいいはずなのに」

    視界がぼやける。

    「先生も、辛かったよね……ごめんね。
    本当に心から大事にしたい人が出来たよ…大切にされてるよ…いっぱい、いっぱいごめんね。」

    「私こそすまない…君の力になれなかった……」

    彼は私の手を取り首を静かに横に振った。

    「先生が居たから、ここまで来れたんだよ。
    先生は暗闇を照らしてくれたの。
    ふふふ、泣かないで先生!まだはじまったばっかりなんだから!応援してて…ね?」

    またくるくると私の前髪を悪戯に撫でる。
    あと何回このやり取りが出来るだろうか?
    名残惜しい気もするが、いつかは離れてしまうこの手を親心を込めて送り出せる日を
    私は楽しみにしようと思う。

    診察が終わるとすっかり辺りは暗くなってしまった。彼はスマホをいじると「あ!近くまで来てくれたみたい!」と嬉しそうにはしゃぎ、自身の目が腫れてないか何度も私に確認する。

    「いつか、先生にも会わせてあげたいな。
    先生みたいに優しくて真っ直ぐな人だよ!」

    心地よい夜風に包まれながら、私は青年の背中を見送った。

    担当医 A 記録ファイル:3
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