11/10広大なヌビア学研究所の敷地内を駆け回る。
カステルとセーヌは、ある男の姿を探していた。
カステルは細い足を屈伸させてストレッチをしながら、セーヌに尋ねた。
「ラリベラ、いた?」
「全然…見当たりません」
セーヌは量の多い髪を僅かに揺らして答える。カステルは、うーん、と唸った。
事の始まりは、こうだ。
『アイちゃんとテーネのお誕生日と合わせてパーティーしようって言ったのに、ラリベラがいない!!』
11/8に誕生日を迎えたテネレが、昼間、食堂でランチを楽しむカステルとセーヌにそう告げてきた。カステルは、二日前の記憶をたどる。確かに、カリスマの双子は、そんな事を言っていた。
『忘れちゃったんじゃないのかな、ラリベラのことだし』
カステルが答えると、テネレはツインテールを大きく振り乱して否定する。
『そんなわけない!!言っちゃあ何だけど、テーネ達は“カリスマ”だよ?ラリベラだって、パーティー、いいなって思ってるはずなんだよ』
『まぁ、それはそうかもね』
双子の誕生日に、双子はこの週末の誕生日パーティーを企画した。ハトラ、すなわち“野望”ほどの強制力はないとは言え、“カリスマ”の二人の発言には、誰もが魅力を覚え従う。“パワー”であるラリベラがそれに打ち勝つことは、考えにくかった。
『────ってなわけで、テーネからのお願いがあるの』
『……えっ?』
そうして、フィジカル少女たちは、ラリベラ捜索へと駆り出されたのであった。
「ラリベラさん、ご自宅にお帰りになってしまったのではないでしょうか…?」
「可能性は否定できないけどね…」
セーヌは伺うような声を上げる。カステルもまた、首を捻る。
今日の午前中、カステル・セーヌ・ラリベラの三人は、ヌビア解剖生理学研究室にて、実験に参加していた。それが終わってから、既に2時間が経過している。居住区に住んでいるほとんどの“ヌビアの子”と違い、ラリベラは、アクセスの良い敷地外に自宅を構えている。既にそちらに帰ってしまった可能性は拭えない。
とはいえ、二人は、可能性の無い中で闇雲にラリベラ捜索をしていたわけではない。途中で会ったハンザが『16分ほど前に、敷地内のコンビニエンスストアにいるところを見かけた』と言ったり、トゥニャが『10分くらい前にラリベラの声を聞いた』と言ったりしたから、まだ敷地内にはいるだろう、と見当をつけていたのだ。
「でも、敷地内にいるとしたら、どこでしょうか…?」
「居住区に行く用事はないはずだし、研究棟…?それか、事務所の方に用事があるとか、かな」
「事務所……そうですね、可能性はあります」
カステルとセーヌは、半ば諦めながら、事務所の方へと足を向けた。いわゆるお役所的な役割や、ヌビア学に関する広報担当を担っている、その大きな建物。ヌビア学研究所の中でも大切な役割を担う機関だ。とはいえ、“ヌビアの子”そのものである彼らは然程この施設を必要とはしていない。むしろヌビア学を志す学生の奨学金がどうこうとか、居住区の家賃がどうこうとか、そんなことを処理する機関だ。特権的に色々なものが免除されている彼らは、殆ど足を向ける必要もない。
「まぁ、駄目元で行ってみようか。アタシがサッと行ってきちゃうよ」
カステルがそう言って駆け出そうとした瞬間───
「あれ、カステル」
「ラリベラ!」「ラリベラさん!」
前方から聞こえた声に、二人は揃って声を上げた。まさしく探していたラリベラその人が歩いてきたのだった。横には、ヌビアの子の仲間でもあるリヨンがいる。
「リヨンも。どうしたんだい、珍しい組み合わせで」
「少し、勉強のお話をしておりました」
「勉強!?ラリベラが!?」
「わぁー、その言い方傷つくなー」
カステルの言葉に返しながらも、ラリベラはけらけらと笑っている。ヌビアの子の中で筆記テストをしたら最下位は免れないであろうラリベラから『勉強』という言葉が出てきたのだから、無理もない。ラリベラは、少女たちを見下ろして微笑む。
「俺じゃなくてね、シスターの勉強。リヨンに聞けば、良い資料をくれるだろうと思ってねー」
「ええ、なので、図書館に」
「そっか、図書館か……」
カステルはセーヌを見上げて、がっくりと脱力する。ラリベラの性格上、図書館にいるはずはないと思いこんでいたのが仇になったわけだ。
「考えてなかった…」
呟き、それから、思い出したように大きな声を上げた。
「そうだ!ラリベラ、誕生日だろう!アイールとテネレがパーティーをするのにって探してたぞ!」
「ぱーてぃ?そんな事するって言ってたっけ?」
「言ってた!!」
カステルが叫ぶと、ラリベラはこてんと首を傾げる。カステルはまた大きくため息をついて肩を落とした。それから、携帯電話を取り出す。
「今から双子に連絡するよ。覚悟して捕まってくれ」
「ええーっ、あの二人に捕まったら大変そうだねー」
ラリベラの言い方は、まるで人ごとのようだ。リヨンとセーヌも、僅か目を合わせて、肩をすくめて苦笑した。