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    転生の毛玉

    あらゆる幻覚

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    転生の毛玉

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    【ヌビアの子】創作シリーズ、前日譚
    今回は美貌くんとそのお兄さんの話です

    ##創作

    集合前夜〜美貌編〜『5分後に部屋に行く』
    それは、実の弟に送ったメッセージだった。

    *****

    「入るよ」
    メッセージを送ってから、きっかり5分後。私は、弟の部屋の戸を叩く。
    『どうぞ』とも『嫌だ』とも返事のないドアを開ければ、日差しの差し込む窓の前に人影があった。人影は、目の部分を切り取っただけの大きな紙袋を被っている。
    「部屋は────……片付いたみたいだね」
    私は呟いた。見渡した部屋の中は、3つの段ボールを除いて、すっきりと殺風景なものになっている。床も、壁も、転居したばかりの頃と何ら変わらない。
    「……出ていくんだから、そりゃ、片付けるよ」
    紙袋の人影は、少し籠もった声で吐き捨てた。彼の部屋は、昨日までやや雑然としていたのだから、よく片付けたものだ、と思う。

    紙袋の人影。彼は、私の弟。
    ナスカ・パルパ─────【ヌビアの子/美貌】だ。

    「お腹は、空いていない?」
    私の問いに、ナスカは小さく頷いた。紙袋が、カサッ、と音を立てる。私が「パンならあるよ」と付け足すと、ナスカは先程より大きめに、首を縦に振った。
    思わず、私は笑ってしまった。それから、一言付け足す。
    「ナスカが明日から飢えに苦しまないか、心配だ。明日からは、私は助けてやれないよ」
    「助けてもらうつもりもない。何とかする」
    ナスカは、不機嫌の色を顕にして返した。

    *****

    『引きこもりフリーター』と銘打つべきナスカは、これまで1日のほぼすべてをこの部屋の中で送っていた。高卒に至るまで、学業はソーシャルネットワークの上で実施。卒業後、趣味や収入も同様にソーシャルネットワークの上で完結させている。そのため、食事と排泄、入浴以外に部屋から出る事情が無いのだ。

    とはいえ、それも今日までの話だ。
    明日からは、ヌビア学研究所内にある居住区の寮に一人暮らしをすることになる。加えて、ナスカは『ヌビア学研究所付属大学』の学生身分と『ヌビア学研究所』の職員身分を得ることになるのだ。
    そうそう、引きこもってもいられまい。

    *****

    パンを食べて、またそれぞれ片付けに戻って、夕日が差し込む頃。
    「フマナ」
    最後にと水回りを掃除していた私に、声が掛かった。声の主は、もちろん、唯一の肉親しかいない。
    「何だい、ナスカ」
    振り向くと、ナスカはクラゲの被り物をしていた。水色のそれは、表面が柔らかな素材で出来ている。一見するとどこにも覗き穴が無さそうに見えるが、被った状態でもはっきり外が見えるし、音も聞こえる優れもの。作ったのは、私だ。
    「これで、ちゃんと顔は隠れてるかな」
    「ん…」
    私は作業の手を止めて、ナスカをじっと見た。顎のラインに至るまで、ナスカの頭はすっぽり隠れている。一方、首の後ろから、ほつれた髪の毛が垂れているのが見えた。
    「髪が少し見えているよ。気にするかは、ナスカ次第だけど」
    「本当に?……気にする」
    ナスカは、自分の首の後ろを撫でる。そこに毛先が触れたのに気づいて、「うーん」と俯いた。
    「髪の毛、結い直さないと駄目か」
    ナスカは一瞬躊躇ったようだったが、クラゲの被り物を両手で掴むと、そのままスポンと持ち上げた。

    ────弟の姿が目に入る。白縹がかった髪の毛が解ける。長い睫毛に縁取られた瞳が開く。
    途端、世界が止まったような心地を覚える。
    大英雄没後、その美貌を誰より目にしているはずの私でさえ、毎度、目が眩みそうになる。
    私に詩人の才能があれば、この弟の姿をダイヤモンドや真珠、或いは氷河や冬の月と比較して勝ると詠ったのだろう。生憎私にその才は無いから、ただ、『美しい』とだけ思う。
    それが本人にとって、そして我が一家にとって、まさに『呪い』としか呼べない忌々しい外見であったとしても。

    ナスカはするすると慣れた手付きで艶めいた長髪を結い上げると、もう一度クラゲを被る。今度は、少しの髪の毛もこぼれなかった。
    「今度は平気だよ」
    「ん」
    私のグッドサインに、ナスカは少しだけ満足そうに頷いた。それから、胸の前で、クラゲの触手を模したパーツを手弄ぶ。これまで人との直接の接触を避け続けてきたナスカにとって、言わば、赤ん坊のおしゃぶりのようなものだ。少しでも心が落ち着くならば、それでいい。
    私はそう思いながら、作業へと戻る。あと少し、スポンジで磨きたい場所がある。
    「………フマナ」
    「ん?」
    なかなか去らないナスカが、また私の名を呼んぶ。しばしの間のあと、水一滴の落ちる音よりも小さな声が聞こえた。
    「………ありがとう」
    「─────うん」
    私の返事を聞くなり、ナスカは踵を返してしまった。取り残された私は、スポンジは握ったものの、動けずにいた。

    (………明日からは、他人として過ごさなくちゃならないのになぁ)

    私は、思わず熱くなった目頭を、無理やりに嚥下した。
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