「これは……」
「一風変わった支援要請ですね」
「時間指定つきか。それも夕方、他の要請が終わった後。可能なら課長や、ワジやノエルも一緒にって、何なんだろうな」
「課長は……。書類の山が出来てたし、昼から会議だって言ってたな。ワジも任務中だから無理だが、ノエルには後で通信を入れてみるか」
「そうね、そうしましょうか。にしても、試してもらいたいものって何なのかしら……」
「キーアもいっしょに行っていいの? 危ないことじゃないのかな?」
その日も特務支援課に来た支援要請はたくさんあり。ひとつひとつ内容を確認しながら今日はどういう組み合わせで要請に当たるか考えていたロイドたちだったが、最後の要請に首を傾げる。
詳しい内容には触れずただ、夕方試して欲しいものがあるので、他の要請が済んだ後に着替えを持ってミシュラムに来てください、とだけ書かれていたからだ。
差出人はマシュー。ユウナの父親だった。
彼は信頼出来る人物だ。なのでおかしな事ではないだろう。だが。
「……気にしていても、仕方がないか」
「そうだな。あの人からの要請なら、多分問題はねえだろ」
「夕食はどうしようかしら? ミシュラムに行くなら、たまには奮発してあそこのレストランで食べてもいいかもね」
「賛成です。こんなに働いているのですから、たまには贅沢したっていいと思います」
「今日はレストランで食べるの? やったー!」
「決まりだな。なら、終わったら一度ここに戻ってから、駅に行こうか」
帝国の統治下でミシュラムやウルスラ病院への鉄道も整備されており、今ではとても便利になっている。特にミシュラム行きの便の数はかなり多く、しかも船より早いため、ロイドたちもそれを使う事にする。
こうして二組に別れてその日の仕事を始めたロイドたちは、特に問題なくその日の業務を終えると支援課ビルに集合した。
「よし、全員揃ったな。ノエルも都合がついて良かったよ」
「久しぶりにロイドさんたちとご一緒出来て、嬉しいです!」
「私たちの方こそ嬉しいわ、ノエルさん。……課長はやはり会議が長引いているようね」
「お前らだけで楽しんでこい、だそうですが、何か知っているんでしょうか?」
「んー、どうだろ? でも、楽しんでこいっていうことはやっぱり危なくはなさそうだねー」
「んじゃ行くか。早くしねえと日が暮れちまうぜ」
こうして支援課一同は知り合いに声をかけられながら駅へと向かい、ミシュラムへとやって来た。
「ああ、皆さん。こちらです!」
「こんにちは、マシューさん。ご無沙汰しています」
「忙しくて要請でもない限りなかなかこちらまで足を運べなくて。お元気そうで何よりです」
「はは、ありがとうございます。セルゲイさんとワジ君がいないのは残念ですが、皆さんもお変わりなさそうで何よりです。夕食はもうお済みですか?」
「いや、まだっすね。要請が終わってすぐこっちに来たもんで」
「なら先に夕食を済ませてください。今日はこちらで持たせていただきますから」
「え、本当ですか!?」
「テ、ティオちゃん」
「はははっ。皆さんには娘共々散々お世話になっていますから、今日は是非ごちそうさせてください」
「は、はあ。……なら、お言葉に甘えさせていただきます」
「ありがとー!」
「どういたしまして。ああ、荷物は……」
「大丈夫ですよ。こんくらい大した量じゃないっすから」
「そうですか。では、お食事が済みましたら、そうですね。そこのロビーへいらしてください」
「わかりました。それじゃ行こうか、皆」
それからレストランでいつもより豪華な食事を楽しんだ後、一同が指定された場所へと行けば、マシューにこちらです、と案内される。
そして着いた先の扉には、変わったカーテンがかかっていた。
「これは何かしら。見たことがないわね」
「うーん、よくわからないな。文字が書いてあるけど」
「ランディさん。もしかしてこれは」
「ああ。魔女の里で見たのとちょいと似てるな。……なあ、マシューさん。こいつはもしかして?」
「はい。大浴場です」
さすがに温泉ではありませんが、と頭を掻きながら言うマシューだったが、トールズ第Ⅱ分校に滞在して以来大きな風呂の魅力に取りつかれていたティオとランディは、キラキラと目を輝かせる。
そして、いつの間にこんなものを作っていたのか、だの、お試しってこれの事ですよね、今日はタダで入れるんですよね? とテンションが上がったふたりがマシューに詰め寄るのを、ロイドたちは呆気に取られた顔で見ていた。
「トールズから帰って来てから度々大きな風呂が恋しいってぼやいてたけど、そんなに気に入ってたとはな」
「お前も一度入れば分かる! 広い湯舟にゆったりと浸かれば、疲れも抜けるし極楽気分ってな」
「そんなもんか? リィンの温泉フリークっぷりを笑えないな、ランディ」
「あ、あいつと一緒にすんなって。さすがにあそこまでじゃねえだろ」
男女に別れた後、ロイドとランディは脱衣所で服を脱ぎながら笑い合った。
これも一応仕事の一環ではある。だが、後で感想を聞かせてくれればいいとの事で、ならば楽しまなければ損だと満喫する事にしたのだ。
湯着に着替えたふたりが洗い場へ通じる扉を開けば、そこはかなりの広さで。
ミシュラムという事で、大勢の人たちが利用する事が想定されているのだろう。
それをふたりで貸し切りなんて贅沢だよな、なんて言いながらそれぞれ頭や体を洗うと、湯舟に浸かる。
「……確かにこれは、気持ちいいな」
「だろ? 向こうじゃほぼ毎日こんな感じの風呂に入ってたから、シャワーだけじゃ正直物足りねえんだよな」
「ならまた出向するか? ランディなら、分校も大歓迎してくれるだろう」
「冗談は止せって。確かにでかい風呂は魅力的だし、生徒たちは可愛くて教えがいがあったけどな。もうお前らと離れる気はねえよ」
「ランディ……。はは、ちょっと安心したよ。うーん、けどいつか俺も、分校に行ってみたいな」
「確か前にもそんな事言ってたよな。ま、いずれ機会はあるんじゃねえか? あの分校長からの無茶ぶりとかな」
「う。それは出来れば勘弁して欲しい……」
話は尽きないがあまり長湯をしてはのぼせてしまう。なのでほどほどで切り上げたロイドたちは、脱衣所へ通じる扉の前に設けられたベンチに座ると、女性陣が出てくるのを待つ。
するとそれほど待たずにエリィたちも出てきて、マシューにお礼と感想を述べたロイドたちはクロスベル市へと戻った。きっとこの大浴場はミシュラムの新たな目玉となるだろう、オープンしたらまた入りに来ようか、などと話をしながら。
果たして、その予想は大当たり。クロスベルには他にそういう施設がないこともあり、地元の人たちはもちろん、観光客にも人気となり、多いときには1時間以上も待つほどとなるのだが、それはまだ少し先の話、彼らが知る由もない事だ。