「ねえ、ロイド。ひな祭りって、知ってる?」
キーアが突然そんな事を言い出したのは、2月も終わりに近づいた頃だった。どうやら日曜学校で、東方では3月3日に女の子の健やかな成長と健康を、そして5月5日には男の子のそれを願い、祝う風習があるという話が出たらしい。
「うーん。しばらく共和国で暮らしてたけど、聞いたことはないな」
「私も知らないわね。ふたりはどう?」
「さあ、知らねえな。聞いたこともねえ」
「私も知りません。そうですね。東方の事なら、リーシャさんに聞いてみてはどうでしょうか」
ロイドだけでなく他のメンバーも知らないと首を傾げるなか出てきたのは、《アルカンシェル》の看板女優のひとり、リーシャ・マオの名前だった。
確かに、共和国出身である彼女ならば、何か知っているかもしれないと。善は急げとばかりに早速ARCUSを取り出したロイドは、リーシャと通信を始める。
その様子を固唾を呑んで見守る面々を見て、ツァイトはくあ、と欠伸をすると、相変わらずの親バカだが平和なのは良いことだ、などと思いながら丸くなり、寝る体勢に入った。
「ひな祭り、ですか? ええ、知っていますよ。別名桃の節句、とも言いますね」
ちょうど手空きだったらしく、すぐに通信に出たリーシャが問われた事に知っていると答えれば、画面の向こうではロイドが破顔する。
その笑顔に少し顔を赤くしながら(リーシャがロイドの事を好いているのは、当人以外にはバレバレである。そう、当人以外には)どうして急にそんな話を? と尋ねれば、キーアが日曜学校で聞いてきたという答えが返ってくる。そしてどういう事をするのかと聞かれたが、共和国よりもっと東の風習のため、リーシャもそこまで詳しくは知らず。
だがキーアを、そしてロイドをがっかりさせたくはないと以前聞きかじった事を懸命に思い出しながら伝えると、助かったよ、ありがとう、という言葉を残して通信は切れた。
劇団はもちろんだが、近頃共和国ではきな臭い動きもあり、このところロイドたちと顔を合わせる機会は以前より減っていて。思わいもよらぬあちらからの連絡に、リーシャはそっとARCUSを胸に抱えると、先程見たロイドの笑顔を思い浮かべ、頬を赤く染めるのだった。
リーシャから詳しい話は聞けた。だが、今から準備を始めて間に合うのか、というのが、支援課のメンバーにとっての次の課題だった。
ひな人形、というものを飾り、ちらし寿司やハマグリのお吸い物、ひしもちなる物を食べるらしいのだが、見たことも聞いたこともなく、頼みの綱のリーシャも作り方までは知らないらしい。
お役に立てずすみません、と謝る彼女を宥めて通信を切った後で、何か代わりの物は用意出来ないだろうかと頭を寄せ合い考えた一同は、キーアのお祝いなのだから食べ物はあの子の好きな物を用意すれば良いだろう、という結論に落ち着く。
となると残るのは人形をどうするか、というもので。
どうやら女雛と男雛という男女一対の物と、三人官女という三体の女性型の人形、五人囃子という五体の男性型の人形を飾るらしいが、それだけの人形をどうやって用意するかというのは、かなりの難題だった。
翌日百貨店に行き、支配人に尋ねてはみるが、やはりそういう特殊な人形はなく。代わりと言ってもなかなか難しい。
マリアベルがいれば、彼女の持つローゼンベルク人形を貸してもらえたかもしれないが、彼女は《結社》へと身を寄せたため、親交などもはやなく。ダメ元でディーターに尋ねれば、やはり人形は全て持っていったという。
あれこれ手を尽くしたものの人形を揃えるのは無理そうで、ひな祭りが3日後に迫った日、ロイドたちは深刻な表情で顔を突き合わせていたのだが。そこで、ランディが何か閃いたような顔をした。
「人形がダメなら、いっそ俺らで代わりをするってのはどうよ」
「へ?」
「どういうこと?」
「わかるように説明してください」
「だから。俺らが乗っても大丈夫なくらい頑丈な台を用意してさ。人数を集めてそれっぽい格好をして、その上に乗ったらどうかって言ってんだよ」
「うーん。けど、そんなに人数が集まるかな」
「それに、場所はどうしますか? このビルでは無理なのでは?」
「それはまあ今から考えるんだが。案としては悪くないんじゃねえ?」
ランディの出した案にしばし考え込んだ面々だったが、確かに人形を用意するよりその方が良いかもしれないと思い始める。
するとそこへ、途中から話を聞いていたらしいキーアがやって来て、ならキーアお姫さまがいい! と言い出した。
「おひなさま、な。けどまあ似たようなもんか? ならキー坊。王子さまは誰がいい?」
「ロイドー!」
「え、俺?」
「まあ、そうでしょうね。なら三人官女は私とティオちゃんと、あとは予定が合えばノエルさんにお願いしようかしら」
「五人囃子は課長とランディさんとヨナ。それと――」
「なんだ、俺も数に入ってるのか?」
「あ、かちょーだ! ねえ、かちょーも一緒におひなさま、しよう?」
「はあ。まあ、良いが。……なら、そうだな。アリオスと、ダドリーの奴を巻き込め。シズクちゃんも喜ぶだろう」
「シズク? ならお姫さまはキーアとシズクのふたりで、王子さまはロイドとアリオスのふたりが良いな!」
「とすると、男があとひとり、か。ワジのやつは今任務中で、ここにはいねえからな」
ふむ、と腕を組んだランディだったが、その後ろから当のワジの声がする。
「僕を呼んだかい?」
「どわ、何でいるんだ? 帰ってくるのは早くてあと5日後になるとか言ってなかったか?」
「早めに終わらせて帰ってきたのさ。何だか面白い事が起こりそうな予感がしてね」
「はあ。さすがというか何というか。……ならワジ。五人囃子の最後のひとり、頼んだ」
「任せてくれ。愛しのリーダーのためなら、張り切っちゃうよ?」
「ワジ、近いから少し離れてくれ」
「連れないなあ。前はもっと派手に反応してくれたのに」
「慣れたんだよ、散々からかわれたからな。……さて、それじゃ後は場所と台と服、か?」
「場所、ね。市民会館のホールを借りられないか、ちょっとおじいさまに相談してみるわ」
「なるほど。確かにあそこなら広いですし、大きな台を組んでも大丈夫そうですね」
「なら台についても、使えそうな物がねえか聞いてみてくれ。イベントで使ったやつとかあるかもしれねえし」
「後は服か。東方の着物はさすがに無理だから、ドレスやスーツ、か?」
「なら百貨店だね。まあ、ミラはそこそこかかるだろうけど、いざという時のために換金せずに取ってあるセピスがあるんだろう?」
「あれはいざという時の蓄えなんだが。……まあ、ある程度なら、持っていって構わん。また貯めればいいしな」
「ありがとうございます! よし、課長のお許しも出たし、明日百貨店に行ってみようか」
こうして準備は急ピッチで進められ。巻き込まれたヨナ、ダドリー、そしてアリオスは渋い顔をしたものの、シズクに、そしてキーアに勝てるはずもなく。
ひな祭り当日の夕方には会場も台も服も用意でき。支援課の面々が張り切って作った料理が会場のテーブルの上に所狭しと並ぶなか、ドレスアップした面々が勢揃いして、せっかく着飾ったのだからと写真を撮った後、賑やかにお祝いをするのだった。