さいごのひマスターからのパスを切って、ストームボーダーを飛び出した。
人類が繁栄した痕跡は一切ない、真っ白い地面と真っ青な空の境界線しか残されていなかった。
右手に彼の感触を確認してなるべく遠くに、血の果てを目指して歩いた。
24時間待たずして自分達は消えるだろう。
だがサーヴァントになって、誰の手にもかけられず消滅できることは幸福を覚えない自分達にとっても最高の幸せだと思った。憎い人類の手に消えるわけでも、憎いカルデアに消されるわけでもないのだ。
真っ白いが寒いわけではない世界を不思議に感じながら言葉もなく歩いた。
魔力が尽きて足を折ったときにはもうカルデアの姿はなく、四方は地平線に囲まれていた。
青白い顔をして震えるヴォーティガーンを温めるように抱きしめた。
彼にはいつだって秋の森の匂いがした。湿った草木が晴天に干された香りとほんの少しの呪いの臭い。
カルデアに殺されたことを彼を抱きしめるたび思い出した。
魔力が枯渇した身体は熱を求めるように熱をあげた。だが求めた肉体にももう魔力はない。
指先を動かす気力も声を出す力も残っていない。おそらくものの数分で何も残さず消えてしまう。
消滅を感じてさらに強く抱きしめた。指先に力を込めて、彼の身体の形を確かめるように強く強く抱きしめる。1人で消えてしまわないように。
彼はずっと僕に言われるがまま動いていた。生まれた時から、今消える時まで、ずっと僕に従っていた。
彼はそれで本当に良かったのだろうか。
僕らはどっちが優れているかだとか、どっちが主導権を持っているとか、どっちが正しいとかそんなの関係なかった。僕らはどちらもオベロン・ヴォーディガーンという霊基を刻まれた何者でもないものだったのだから。
だから彼が消えたくないと泣いてカルデアに帰っても、それを間違っていると否定することは出来ない。ただちょっと寂しい気持ちで見送るのだ。
「……」
声にならない声で名前を呼んだ。口を動かすのがやっとだった。
頬を撫でてその顔を覗き込んだ。泣いていないだろうか。怒っていないだろうか。苦しそうにしていないだろうか。
向き合うのが少し怖い。思えばこうして向き合ったことはなかったかも知れない。
彼を憎んで恨んで、それから愛して尽くしてあらゆる感情を彼に向けて来た。けど彼の感情を僕は果たして見つめていただろうか。
霞む視界で捉えた彼の顔はとても安らかで、良かったと自惚れてしまった。
冷たい左手が頬を撫でる右手に重ねられる。まだ彼の左手を感じられた。
しあわせだ。彼の口がそんな風に動いたように見えた。もう輪郭もぼやけてしまっているから、本当かどうか分からないけど。
つぎはいつ会えるだろうか。もしかしたらもう会えないかもしれない。
本来会うはずのない僕たちだから。
さよならの言葉が言えなかったことがひとつ心残りだった。