夜中にふと目が覚めると隣にいるはずのオベロンがいなかった。
波の音とカーテンの揺れる音で、ベランダの窓が開いているのに気がついて外へ視線を向けると彼はいた。
1人でテラスの椅子に座って煙を燻らせている。ズボンは履いているようだったが上半身は裸のままだ。
昼間は結ばれている髪が下ろされている姿を久しぶりに見たかもしれない。
もう一度寝るつもりだったが明るかった月明かりに目が覚めてしまった。
ゆっくりとベッドから降りると、床に捨てられていたパーカーと下着を拾ってオベロンの下へ歩いていく。
窓が開く音に気付いたオベロンはすぐに振り返って「まだ夜遅いよ」と声をかけてきた。
「……夜は涼しいんだな」
「そうだね。海風が気持ちいいだろ?」
あえて海、という単語を使ったオベロンに思わずムッとする。
「そんなに海に入りたいなら入ってきたらいいのに」
「そこまで言ってないだろ〜」
タバコを消しながらオベロンはケラケラと笑った。
「そのタバコ、どうしたんだ?マスターから、じゃないよな」
「最近来た、アステカの、テスカトリポカ?とかいうやつにもらった。一本吸う?」
「吸ったことないぞ、タバコなんて…」
オベロンに差し出されるまま一本貰うと、火まで用意してくれた。
咥えたままオベロンが火を近づける。一瞬怖くなって目を閉じたがすぐに火の熱さは消えた。だが代わりに無意識に息を吸ったせいでタバコからの煙をうまく吸い込めずに盛大に咽せてしまった。
慌ててタバコを離して咳き込むと「オベロンは大丈夫?」と背中をさすってきた。
「初めてのタバコはどう?」
「最悪だ。こんなものを好んでいる奴らの気がしれない」
「ふふ、そうだね。じゃあこれは僕がもらおう」
ひょいっと手から火のついたままのタバコを取り上げる。それから慣れた仕草で口に咥えて、自然な仕草で煙を吐いた。
絵になるその様子が少し気に入らない。
自分が上手くこなせなかったからとか、最悪だと言った後に見せつけてくるようなところが気に入らないとか、そういうのではなくて普通に様になりすぎているのが少しだけ癪だった。
彼だって初めてのはずなのに、どうしたってそうスマートに出来るのだろう。
髪をたなびかせていつもは大きく笑う口をすぼめて煙を吐く横顔に、いつの間にか尖らせてた口はぽかんと開いていた。
「見惚れちゃった?」
オベロンが突然向き合って煙を吹きかけてきた。彼のいう通り思いっきり見惚れていたヴォーティガーンはオベロンの言葉にも反応できず、ぽかんとしたまま吹きかけられた煙でまた咽せていた。
「ゲホッ、やめろ!もう!臭い…」
煙を散らしながら咳き込むヴォーティガーンにオベロンはごめんと悪びれる様子なく謝った。
「というか君、そんな格好で外に出るんじゃないよ」
椅子に座った姿勢ではほとんど下着が見えない。履いてないのではなんて馬鹿らしい疑問がよぎるほどだ。
言われて彼はパーカーの裾を引っ張ったが、「お前だって似たようなものだろ」と反論してきた。
「どこが。僕は水着。君はどう見ても下着でしかもパーカー羽織っただけじゃないか」
「誰もいないし、いいだろ別に」
「いいわけあるか。どこに誰がいるともしれないのに」
「早く部屋に戻ると思ったんだよ」
ぼそっと呟いた言葉に今度はオベロンがキョトンとした。
「部屋に戻りたかったの?」
「そうだよ。まだ夜も長いのに……って、なに笑ってんだよ」
肩を震わせているオベロンにヴォーティガーンは怪訝な顔をしながら軽く肩を叩いた。
「ひとりで、戻ればいいのに。僕と一緒に戻りたかったの?」
「は?…あ、いや、……もう、笑うな!そうだよ!お前のことを呼びにきたんだ!」
誤魔化せないと悟ったヴォーティガーンは顔を赤くさせた。そしてすぐに椅子の上で膝を抱えてその顔を隠した。
「うう、バカ。もう、ここにきてこんなのばっかだ……」
「うっかり?」
「うっかり言うな!はー、気が緩んでんのかな、情けない」
「君は少し肩の力の脱ぎ方を覚えたほうが良いよ。こう、振り幅が極端だから」
「俺はいつもやる気ないし、肩の力なんて抜きっぱなしだけど」
「そういうとこだよ」
「は?」
「いや、なんでもないない。まあ、でもいいじゃないか。南国なのだし」
ぐっ、と体を伸ばしたオベロンにヴォーティガーンはふん、とそっぽを向いた。
「気にすることないよ」
「気にするに決まってるだろ!俺ばっかり情けないとこ見せてさ、別にリラックスしてるつもりもないし、そんな気分になれるわけないし」
不本意だと言わんばかりにヴォーティガーンはこの島に来てからの不満を漏らした。
結局この島でヴォーティガーンがやらかしたことは全てオベロンに収めてもらったと言っても過言ではない。
おまけに変な精霊にまで気に入られてついてくることになってしまったし。
こんなはずじゃなかったのに、と悔しそうな声で呟いた。
「僕は君をここに連れてきて良かったと思っているよ」
「……」
「そりゃ、まぁ、不本意なこともあったろうし気分が悪くなるようなこともあったと思うけど少なくとも僕は君のそういうところを見れて良かったと思った」
「どうして」
「完璧主義な好きな子のそういうところを見て愛しいと思わない奴はいないだろう?」
「なんだよそれ、馬鹿にしてるんじゃないか」
唇を尖らせて不満を伝えようとするものの、顔の火照りに耐えられず彼は途中でまた顔を伏せてしまった。
「さあさあ、愛し子よ。部屋に戻ろうか、南国でも身体が冷えてしまうからね」
「子供扱いするな」
「抱えてあげようか?」
「いらないって!」
恭しく手を引くオベロンの手を振り払うと彼は面白がって一息で部屋に駆け込んだ。そのまま部屋に戻って行くと思ったら、入り口で振り返ってまた手を差し出していた。
ヴォーティガーンはため息をついて呆れながらその右手を取った。
ヴォーティガーンの背中を支えて部屋に迎え入れると、彼はぴっちりと扉を閉め、外の世界と隔てるようにカーテンまで締めた。
わざわざ下着とパーカーを着たのに部屋に入った瞬間に再び全て剥ぎ取られてベッドに押し倒された。