「千歳って春生まれなの?」
「そうよ、あなたは春と言ったけれど、兄上は初夏の生まれだわ」
私のいた世界だといまの季節は冬だよ、と花梨は驚いたように言う。
「もう梅もほころびそうじゃない」
「……前から思ってたけど、風流とおしゃれは似てる」
「どういうこと?」
「我慢ってこと」
よくわからない、と千歳は笑った。花梨がよくわからないのは、今に始まったことではないが。
「そうだ、じゃあ誕生日プレゼントにつけてあげる」
「……それ、なあに?」
花梨が出したのは白い、軟膏のようなものだった。唇に塗ると色がつくリップクリーム、と説明されるが、なんのことだかわからない。言われるがままに唇を薄く開くと、花梨がそこに指でぽんぽんと軽く叩いた。唇を合わせて馴染ませると、甘い香りが千歳を包む。
「何の香りなの?」
「桜だよ」
千歳にぴったりだね、と花梨がよく見える鏡を出して千歳を映した。ほのかに唇が薄紅色に染まっている。
「千歳、お姉さんみたい」
「そうかしら」
「綺麗」
贈り物をもらったのは千歳だが、花梨のほうが楽しそうだ。睫毛上げていい? と懲りずに聞いてくる。
「もう、あなたがやりなさいよ」
「だって勝真さん、気付いてくれないもん」
兄上はだめね、と千歳が返し、くすくす笑い合う。千歳の唇から、気の早い桜が香った。