ふれて、あふれて 白龍の神子が、留めた時を動かして、同じように、私の心も動かしてしまった。
その時は凶暴な力だと思った。固く閉ざされていた、閉ざしていた帳を無理やり明け放つようなものに感じた。絶対にさわらないでほしかったのに。
あの子がふれてしまってから、胸の奥に押し込めていたいろんな想いが、あふれてしまった──
「それじゃないわ、兄上」
「……俺はどれも同じに見える」
「違うわ」
「どれだよ」
「だから、その可愛い橙よ」
「どっちも橙だろう!」
「……花梨のような橙」
「……こっち、か?」
「そう。もう」
千歳がため息をつくと、勝真がじとりと睨む。お互いつんとしているが、こんなやり取りができるようになったのか、と内心嬉しくもあった。貴族の姫たるもの、感情を表に出すなんて言語道断だが、その辺りのことは勝真にとっては、大したことではない。
花梨が百鬼夜行を祓い、無事に年が明け、自然と千歳と話すことが多くなった。そちらのほうが大したことだ。もっと大したこととしては、翡翠やら幸鷹やらの助力もあってではあるが自分が邸を構えたことと、千歳の笑顔を見ることが多くなったことのほうが挙げられる。
「……お前宛に、花梨の文を預かってきた」
「ああ、いい香り。それに、私が好きだと言った花を覚えていてくれたのね」
勝真が初めてそう思ったのは、邸を構え、千歳と引っ越してきて、その祝いに贈られた花梨からの文を渡した時だった。花のような笑顔を見せる妹に、勝真はすこし照れくさくなった。兄妹とはいえ、あまり顔を合わせるものではないが、花梨は喜んでいるし、龍神の神子という肩書きを持ってしまった千歳を匿うためだ。一時は尼寺に入れることも考えたが、貴族から文はひっきりなしに来るし、無理やりさらわれそうになったりで(頼忠に借りができた)、自分が側についているほうが何かと安心だと結論に至った。それでも、勝真の親が浮かれてしまうくらいのとびきりの貴族から、ひっきりなしに文は来るのだが。
「ねえ兄上、庭に花梨の花を植えてほしいわ」
「……へいへい」
「花梨の花は、私に似合うぴんく色だと、花梨が言っていたの」
「……ぴんく? えー、もも色みたいな色か」
「そう、だから見てみたいの」
「わかった。今度、イサトに聞いておく」
「お願いね」
ちょっとした願望や、好きなものや色を無邪気に言う。千歳が子どもの頃にしなかったことだ、と勝真は懐かしいような、まぶしいものを見たような心地になる。それもきっと、花梨に出会ったからだ、と勝真は思った。