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    かじの

    カップヘッドAUのファンアートとしょうもない落書き置き場

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    かじの

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    この間の続き

     「ありがとう、明日はオレが作るからさ」
     彼は水切りカゴから赤と白のマグカップを取り出す。赤いほうには牛乳、白いほうにはインスタントコーヒーの粉を振りかけ、ケトルのお湯を注いだ。

     「そういえば、手は……」
     「大丈夫だ。まだ少し痛むが、前より動くようになった」

     彼の問いかけに右手を振って答えると、彼はテーブルの向かいに座り、私にコーヒーを差し出した。
     私の右手の中心には、いつどこで付けたかも見当がつかない深い刺し傷があり、彼が樹脂で塗り固めたという。今は固定のため、その上から包帯が何重にも巻かれている。

     「見せて……ヒビが目立たなくなればいいけど」

     彼に言われるまま右手を差し出すと、それはそのまま彼の両手に包まれ、包帯越しに撫でられる。まるで割れ物を扱うかのような、温かくさわさわとした手つきに胸がむず痒くなり、堪らず目を閉じた。

     「あのねぇ、私はもう子供じゃあないんだぞ。そんなに心配しなくても平気だ」
     「子供だったかもしれないじゃないか」
     「まさか」
     「……大人でも、辛いよ」

     そんなことを、怪我をした本人よりも辛そうな声で言うものだから困る。朝食が冷めてしまうぞと話を逸らすと、彼は立ち上がり、冷蔵庫からマーガリンの箱を取り出した。

     「なぁ、今度2人でピクニックに行こうよ」

     再び向かいに座った彼はそう言うと、バターナイフでたっぷりのマーガリンをトーストに塗りたくり、ベーコンと目玉焼きを乗せて徐にそれを頬張ばった。
     この州最大の湖がある自然公園には、白いマーガレットの広大な群生地があり、もう少しすれば満開になるという。かつて森の奥で気性の荒い植物や花々に囲まれて育った彼にとって、そよ風で穏やかに揺れる、白いレースのような花々は新鮮そのものだったようだ。

     「初めて見た時は本当に驚いたし、とっても感動したんだ。きっと、ア……あなたも気にいるよ」

     目に星を光らせて熱弁する彼の話を、トーストにマーガリンを塗りながら聞いていた。口に入れて咀嚼すれば、安っぽく乳臭い匂いが鼻から抜ける。
     彼のことはよく知らないが、何故か彼が花に興味を持つとは意外だと感じた。例えば彼がそれを他人と見たとしてもつまらなそうにして、その辺の蝶々でも追いかけ回しているような……きっと、彼が私に勧めてくる映画がアクションものばかりだからだろうか。それでも、私を真っ直ぐに射る彼の視線と、真剣な口ぶりには、一切疑念は生じなかった。

     「どうして私を誘うんだ?家族や想い人と一緒に行けばいいのに」
     「あなたと一緒がいいんだ」
     「記憶のない私への同情はやめてくれよ」
     「してない。オレは本気だよ」

     そこまで彼が感動したと言う花畑には寧ろ興味を惹かれる。

     「私の返答が何であれ、どうせ連れていくのだろう。今の私には、君しかいないのだから……」

     彼の目を見てそう答えると、彼の頬は薄紅色に色づき、満面の笑みを浮かべた。頭にさした赤いストライプのストローはピンと立ち、明らかに上機嫌で嬉しさを抑えられない彼の様子に、不思議と見ているこちらまで胸の奥がくすぐられる。
     抗うことが耐え難いほどの優しさに、しかし真実を求める牙が、チクリと心に痕をつけた。

     「キミには感謝しているよ。記憶のない私を家に置いて、本当の家族のように扱ってくれている。まるで私のことを昔から知っているように」

     私がそう言うと、彼はミルクを口に近づけたまま動きを止めた。

     「こんなこと、とんだお人よしか、変人にしかできないだろう」
     「オレは、あなたの味方だ」

     なぜ、と聞く隙も与えず、彼は口速くそう答える。

     「……一緒に過ごすうちに、そう思えたんだ。変人だと思われてもいい。だって本当のことだから」

     身を乗り出し、穴が開くほど必死に私を見据えるその澄んだ瞳は、いかにも嘘はついていない証明でもあった。ならば。

     「では、知っているなら教えてくれ。今日、夢で私は誰かを傷つけていたんだ。キミに似た、誰かを……。私にはそれが、ただの夢には思えなかったんだ。私は、一体何をしたんだ。私は……誰なんだ」

     彼との間に寸刻の沈黙が流れる。

     「……アンタはアンタだよ、ダイス」
     「……は」
     「あ、もうこんな時間だ!」

     彼は皿の上のものを急いで口に放り込むと、矢継ぎ早にクローゼットに向かう。そしていつもの通勤服に着替え、玄関にあるトレンチコートを羽織った。私はただ彼の後を追いかけるしかできなかった。

     「いくらなんでもまだ早過ぎるだろう」
     「朝から大事なミーティングがあるんだ……なるべく早く帰ってくるよ」

     爽やかな笑顔の裏に隠した焦りの色は誤魔化せない。行ってきますと抱きしめられると、重いドアがバタンと彼を連れ去ってしまった。

     「……全く、答えになってない」

     1人取り残された私は、ただドアの前を見つめるしかなかった。
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