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    hwahwa111

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    hwahwa111

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    電球の妖精とニックの再会。
    ※二人の年齢差(主にニックの幼さ)とか、捏造入ってます。

    #尼林
    nilin
    #ニクリン
    niclin.
    #電球の妖精

    発熱体 どーてーをどんなふうに捨てたかは忘れてしまった。文字どおり捨てただけだったんだとおもう。
     でも初めてのキスは覚えている。睫毛が掠った感覚。亜麻色の濡れた髪が頬に冷たかったこと。顔を傾けることを知らず鼻が当たったこと。大人になる直前だったこと。
     パーティーの夜、弟を家に送り届けたあと、俺はもう一度家を出た。なんとなくパーティーに戻る気になれず夜の住宅街をぶらついていると、遠雷ののち、にわかに雨が降り出した。「まじかよ…。」強さを増す雨の中、雨宿りができる場所を探すも近くに友達の家もない。コーヒーショップの灯りも。
     ちょっと走って家に帰れば母親がタオルを差し出しバスタブに湯をはってくれるだろう。でも帰りたくはなかった。ポケットに手を差し入れ、足元に水を跳ねかせながらどこへともなく走っていくと、公園の葡萄棚(地上のとは違う地獄の葡萄だがともかく葡萄だ)の下の陶器のベンチに見覚えのある後ろ姿を見つけた。
     〈それ〉がぶるっと身震いすると、壊れかけて明滅する電灯に反射して髪が光るのが見えた。まるで光を撒いたように雨粒が飛び散るのも。どうやらずぶ濡れという点で自分と同じくらい手遅れらしいこと、〈それ〉が誰なのかということはすぐにわかった。やっぱり家に帰らなくてよかった!俺はおろしたてのスニーカーが泥にまみれるのも気にせず公園に駆け込むと、〈それ〉の隣に転がるようにして座った。相手に向かって身を乗り出すと、前髪から、角から、ぽたぽた雫が落ちる。
     「奇遇だな、美人さん。雨宿りか?」〈それ〉はびく、と躯を震わすと、パーカーのフードを深くかぶりなおし、俯き加減に「えっと、まあ、そう…だ。」と言った。遠くからはわからなかったがその声と、細身ながら自分よりも高い位置にある肩に、〈それ〉は歳上の男性であるらしいことがわかった。「なんだ、男か…。」落胆はしたが別に声に出して言うことはない。
     「パーティーにいたよな。誰のともだち?兄貴とか?」「えーーっと…。」目を泳がせているらしく睫毛が震えるのが見える。やっぱり金属バット事案だったか?男は言葉を選び選び答えた。「その、別のパーティーに行くつもりが、家を間違えてしまって…そうしたら、君の弟が人酔いしているようだったから、外に出て、少し話をしたんだ。…あのようなパーティーに来るには彼はまだ幼すぎると思う。」
     責めるようにこちらを見やった瞳の色にドキっとする。暗い中でもわかる、見たことのない色だ。青みたいな、緑みたいな、そのどちらでもないような。パーカーの中に押し込まれた濡れ髪も、電灯に反射して刻々色を変える。
     「それは…仕方なくて。今家に送ってきたよ。」「よかった。」そう言うと再び俯き、全然似合わない灰色のフードに顔を隠してしまう。俯く間際彼が少し笑った気がして、その顔をもう一度見たいとおもった自分に少し戸惑った。振り払うようにTシャツを脱ぎ、ぎゅうと絞ってまた身につけた。ちょっとびっくりするくらい水が出た。
     「あんたもパーカー脱げば?冷たくない?」下心で言ったわけではないのに、言ってから耳が熱くなった。違う。違うけど。あの髪。あの眼。違わない。もっと見たい。いや違う。逡巡の幕切れはあっけなかった。「いや、これは、いいんだ。」いいってことあるか。でも強制する理由はない。「…風邪ひくなよ。」優しさと不機嫌さの丁度真ん中になるよう言ったつもりが若干不機嫌が勝ち、また恥ずかしくなった。別に気づかれないだろうに。
     「うん。」と答えた彼の声に、先程までの緊張はない。「君はおもったよりいい人物みたいだ。君の弟が言っていたよりは。」あいつ、一体何を言ったんだろう。「彼にはちょっとしたお土産をあげたんだけど、」彼が所在なさげに組み合わせる両の手に、パーカーのフードから雫が落ちる。「もうあげられるものがないんだ。ここへ持ってこられるものには限りがあるから。……そうだ。」そう言うと、彼はやにわに顔を上げ、こちらに向けた。真正面からその全貌を見ると、想像以上に端正だ。目にしてはいけないもののような気がして、電灯の明滅に明るく、暗くなる喉元ばかりを見ていた。
     「失礼。」見とれているうちに、彼は俺の濡れた前髪を上げ、静かに目を閉じて俺の額にくちづけた。呆気にとられていると、「これは祝福だ。君のこれからがほんの少しうまくいくように。」と薄く微笑んだ。たったこれしきのことで、耳だけでなく顔中熱くなってしまう。こんなに心が乱れるのは、俺がこどもだからだろうか。
     そう思うと、強烈な羞恥が俺を襲った。未熟な角が恥ずかしい。伸びきらぬ背が恥ずかしい。細く短い尾が恥ずかしい。今すぐに大人になりたかった。大人なら奪えただろう。この髪を、この眼を。この男を。
    でも、欲しいのは、今だ。
     「大人なら、キスはこうするんだろ。」雨水を湛え重たくなったパーカーの胸ぐらを掴みこちらに引き寄せる。彼がバランスを崩してベンチにとっと手をついた瞬間に、俺は彼の唇にくちづけた。初めてのやわらかな感触に、ほとんど失神しそうなほど興奮した。濡れた髪をパーカーから引き出して指を差し入れ、ぐしゃぐしゃとかき回した。
     唇を押しつけるばかりの幼いくちづけを終え、興奮冷めやらぬまま彼の顔を見ると、まるでよくわからないというふうにぽやんとしていた。ゆらゆらと、瞳の青と緑が揺れていた。「今のは…?」こどもだと思って馬鹿にしてやがる。犬猫とのキスと同じだとでも?「これは呪いだ。あんたはいつか俺にまた会う。俺が大人になったら。」吐き捨てるように言ってやった。もちろんこのくちづけにそんな効能はないが。
     「そうか。」いつの間にか雨は止み、雲の切れ目から月が彼を照らした。「それは楽しみだな。」髪に触れた拍子に脱げたフードの中に、彼の光る髪の中に、角がないことにその時になって気づいた。もしあればさぞ美しかったろう尾も。「あんた、何者だ…?」
     ふっ…と彼は笑った。自分でも可笑しいというように。「私はただの妖精だ。電球の、妖精。」
    彼の躯が、あたたかく灯った。

     あのとき授かった祝福とやらはそれなりに効果があったように思う。未来のことであれば、何もかもが「ほんの少し」うまくいった。
     俺がかけたでたらめの呪いの方は、未だ成就していない。また会ったらどうしてくれようか。今ならいくらでも思いつくが、あんなくちづけは、多分もう一生できないだろう。


     弟が住む部屋の大家が掃除機をかけている。ソファに寝そべっていると、顔に向かってクッションをボフッと投げつけられた。「ここはおまえの家じゃないぞ。」「固いこというなよ。ちょっと一休みしにきただけじゃ〜ん!」最大限かわいい顔を作ってみてもこいつには通用しない。「でかい体でソファを占領するなと…」言いかけて大家は「そうだ。」と何かを思い出した様子だ。「キッチンの電球を替えてほしいんだ。私では届かなくて。君ならできるだろう?」面倒くさいことは御免だが、このくらいなら頼られて悪い気はしない。低い踏み台に乗って古い電球を外し、新しい電球を嵌めると大家がスイッチを入れた。
     「点いた。助かったよ。」電球の光が反射して、ゆらゆらと、瞳の青と緑が揺れていた。
    外では雨が降り出したようだった。    (了)
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