君を忘れないが、お互いに忘れてしまおう。そして、笑って別れよう。我らの友情の平和のために。それが不誠「誕生日おめでとう。」
そう言ってアオギリが渡してきた黄色いバラのブーケ。
「なんだ?」
そう言うと、アオギリの後ろからチームの研究員の他のメンバーが顔を出してくる。
「マツブサくんの誕生花のブーケよ!!」
「……高かっただろう。」
「気にしないで。いつもマツブサくん頑張ってるんだから。」
「いや、その……ありがとう。」
そんな会話の後に、その花は誰も使ってない花瓶に入れてなんとなくデスクの上に飾って、枯れていくのを眺めていた。
ちゃんと毎日水を換えながら多分チームの中で私と一番会話をしているというところで、渡す担当だったんだろうと思っていた。が、同じチームの仲間が歯磨きついでに横から
「それ、アオギリくんがね言い出したのよ。誕生日祝ってやりたいって。」
突然、ネタばらしをされる。
「それでね、折角だからって誕生花するかって。」
「……。」
「意外だよね。花ってガラじゃなさそうなのに。」
そのまま会話は続かず、彼女は歯磨きをし始める。
それを横目に花瓶を抱えながら、急いでデスクに戻った事はよく覚えている。
嬉しくてくすぐたっくて、どうしても顔が緩んでいくのが抑えられなかった。
腕の中の黄色いバラが告白のように思えてしょうがなかった。
そんなのは勝手な思い込みなのはわかっているが、あの頃は確かまだアオギリの事が好きだったのだから、そんな夢も見てしまっていたのだ。
だが、まぁ……その後すぐに私と彼は考え方の相違があることがわかった。
花瓶の中で干からびていくソレを研究所のゴミ箱にまとめて捨て、研究所を去ったのは記憶に新しい。
あの時、私は何を考えていたのかはよく覚えてはいない。
ただ、辞表を叩きつけて飛び出した研究所には何も未練が無かったはずだったと思う。
まるで自分ではないかのように浮足立っていた日常をどうやって忘れたのかは思い出せない。
ただ、終わりだとは思ったのだ。それだけは確かだ。
『君を忘れないが、お互いに忘れてしまおう。そして、笑って別れよう。我らの友情の平和のために。それが不誠実だとしても。』
「誕生日だったよな?」
目の前には見覚えのある黄色いソレ。
「……要らん。」
「花束の一つぐらいいいだろ。」
「すぐに枯れる。持って帰れ。」
マグマ団のもっとも奥に位置している私の部屋にわざわざ来るから、用だと思ったら……くだらない。
「お前、それなりに持たせてただろ。」
ソファの前の長机の真ん中に花束を置いて「テキトーにいらねぇコップにいれときゃ良いだろ。」なぞ、適当な事を言ってくる。
「で、まさかソレのためだけに来たんじゃないよな?」
そう言いながら、黄色い花束を机の隅に追いやる。
目障りだ。
「誕生日だろ?」
「それがどうした?」
机に腰掛けてくるアオギリを無視して、部下から届いた書類を手に取る。
「休まねぇのか?」
「部下は誕生日は休ませてるが、別に私は休む理由もない。」
「……そうかよ。」
「……夕方五時過ぎてるけど?」
「責任者にそれが適応されるとでも?」
「……。」
話が続かないのか、頭を掻きながら天井を見つめている。話すことが無いなら帰ればいい。
そもそもマグマ団とアクア団は和解はしたが、昔のように軽口を叩く仲でも無いのだから助けてやる義理は微塵もない。
「この後、暇か?」
「特に用事は無いが……。」
視界の端で黄色い物が動いてるのが見える。
アオギリの奴が手慰みで触っているのだろうが、チラついてはっきり言って集中を欠く。
書類を置いて、アオギリの方を見ると目が合う。
何故かわからないが、楽しそうだ。
「じゃあ、一緒に飯でも食いに行かねぇか?」
「……私とか?」
「良いだろ?たまには。」
「……。」
「それ終わったらで良いからよ。アジトの前の浜辺で待ってる。」
無言の私を放置して、アオギリの背中は出口へ消えていく。
次に目に入るのは黄色い花束。
手に取って眺めようか悩むが、どうせどうにかしなくてはいけないのだから触らないで済まない。
黄色いバラが七本。小さな花束になっている。
「……全く。」
思わず顔が緩んでしまう。
最近になって何故か昔のように何故か胸がくすぐったくなる。
チームだった頃とはまた違う。アオギリの行動で一喜一憂するわけではないが、またこうやって話せる事実で嬉しいのだろう。友人とまた話せるようになった。それだけだ。
それ以外に理由がある訳無い。
*
誕生日おめでとうと言いながら渡した黄色いバラの花束を花瓶に飾って幸せそうに笑うマツブサが好きだった。
辞める時にゴミ箱に花瓶ごと花束を捨てた時の何を考えてるのかわからないマツブサが怖かった。
ただ、今思えばあの頃からマツブサの事が好きだったらしい。
そういや、七月生まれのマツブサに誕生花に黄色いバラはどうかと提案してくれた彼女は面白い事を言っていたのを思い出す。
「バラにはね花言葉がいっぱいあってね。黄色のバラの有名な花言葉は嫉妬とか色のせいで悪い花言葉が多いけど、可愛いらしいとか恋してるとか、希望とかいい意味もあるのよ。他にも献身とか友情とかね。まぁ、マツブサくんがそんなこと知ってるとは思わないけど、こういうのって気持ちも大切じゃない?ね!」
他にも本数でも意味が変わるらしい。これはさっき花屋の店員が教えてくれた。
七本の意味は密かな愛らしい。
これは店員が勝手に「恋人用ですか?違う?あ!わかった!プロポーズですね!」なんて勘違いしたせいだが……まぁ、当たらずとも遠からずなので何も言えなかった。
そんなことを思い出しながらマツブサを待っていると、見知った赤毛がアジトの方からやってくる。
「遅かったな。」
「お前が押し付けてきた花束のせいだ。」
そう言いながらザクザクと浜辺を歩くマツブサに「大事にしてくれるのは期待していいのか?」なんて言えない。
「で、何処に行くんだ?」
「何がいい?」
「別に。なんでもいい。」
「誕生日だろ?なんかねぇのかよ。」
「無いな。そもそも、別に私は行くことに了承してないぞ。」
そう言いながら、俺の横の砂浜に座って海を眺め始めた。
「……どうしたんだよ?」
「私の……その、誕生日を祝わんでも、君とは今後仲良くやっていこうとは思ってるからな。」
「あ?」
急になんだ?
「手間を掛けさせたな。」
遠くを見ているマツブサの横顔はなにか懐かしそうだ。
そんな顔させたかったわけじゃねぇ。
俺は、あの時みたいな顔をしてほしかった。
「あー、なんだ?気に入らなかったか?」
「気に入らんかったら、目の前で捨ててる。」
「そうかよ。」
マツブサなら確かにしかねないな。なんて考えるが、目の前で捨てるまではしないだろ。
俺から花束をもらって、いかにも嬉しそうな顔をしていたマツブサを思い出す。
「黄色のバラの花言葉を知っているか?」
しばらく、波の音を聞きながら二人で無言で座っていると、マツブサが話し出す。
「友情という意味があるらしい。他にも色々あるが、まぁ……その、君を友人だとは思っているから、ぴったりだな。いや、誕生日プレゼントに何を言ってるんだという話だが……。」
無言が耐えられなくなって言い出したが終着点を見失って、尻すぼみになっている。
「他の意味って?」
「え?あ~、なんだったかな?良い意味は少なかった気がする。」
友情は覚えているが、詳しくは思い出せない。と小さい声で付け足される。
「嫉妬。献身。可憐。可愛い。希望。忘れない。」
「?」
「品種は混じってるが、こんな感じだったろ。」
「……よく覚えてるんだな。」
「本数にも意味があるらしいぞ。」
「あぁ、告白の常套句だな。」
一切、目線を合わせずに男二人でまだ夕方の浜辺で話し込んでいる。
ここから話すことで、マツブサに距離を置かれるかもしれないなんて頭の中で俺の声が聞こえるが、こんなに昔と違ってよそよそしいなら大差ないだろと捻じ伏せる。
「七本は密かな愛だな。」
マツブサの顔をチラリと見る。夕日に染められて表情は上手く読めない。
「……なんか言えよ。」
「……。」
三回ほど波の引いては寄せてを聞きながら、目線はマツブサの顔に合わせて返答を待ってみる。
「……、……だ。」
もごもごと何か言っているが良く聞こえない。目線が合っているからか、俺が聞き取れていないのは分かったのだろう。
「まるで、告白みたいだ……と、言ったんだ。」
「告白だからな。」
「な!?」
「驚きすぎだろ……。」
本当にびっくりしたのだろう。何センチか飛び上がって、メガネがずれている。
「こ、告白する……な、がれだったか?」
「……お前が研究所を辞めてから、その後すぐに俺も辞めたんだ。」
「そうだったのか……。」
「話してなかったなと思って……マツブサと揉めた後に、俺が辞めたって、その……最初はお前も身勝手な奴だと思って腹立ってたんだけどよ。
だけどよ、グラードンの一件でお前の事止めようとした時に気付いたんだよ。」
夕日が海に沈んで行くのを眺める。
一時間ぐらいここで過ごしてたのか。
横からマツブサが何に気付いたんだ?と怪訝そうな顔で見てくる。
「俺、お前に笑ってて欲しい。」
「……?」
「デスクに飾って、毎日楽しそうに世話してただろ。」
「あぁ……それは……。」
暗くなっていくせいでマツブサの顔が良く見えない。
「気持ち悪かったらすまねぇな……帰った方が良いか?俺。」
暗くなっても波の音は一定のリズムで聞こえてくる。
目を閉じて、頭の中で毎日毎日何が楽しいのか、誰にも見せないような笑顔を花に向けているマツブサを思い出す。
「……アオギリ。」
「なんだよ。」
「あれは……その。君がくれたからだ。」
「何が?」
「君が私の事を考えてくれたのだろう?それでバラの花束を私にくれた。君の事を少なからず想っていたのだから。その……あれだ。」
太陽は沈んだがまだ熱いだけではない。単純に顔が熱い。
「君の事を考えてた顔だ。それは、多分……多分だが。」
心臓の音がヤバイ。
海で溺れかけてるみたいだ。
マツブサの顔が見えないのが気に入らねぇ。
「ち、近い。」
「顔、見せてくれよ。」
肩を掴んで目を合わせると、顔が真っ赤なマツブサが良く見える。
「じゃあ、両想いって事か?」
「え!?あ、そうなるのか?いや、しかし……。」
「なんだよ。」
「私は若くない。それに、問題を起こした身で……その。」
どんどん真面目な顔に戻っていく。
「その……もう少し考えさせてくれないか?」
「それには俺も混ぜてもらえるか?」
この先、マツブサが笑ってくれるなら俺はそれを近くで見ていたいって思ったって良いだろう。
だが、抱き締めようとするとするりと逃げられる。
「逃げんなよ。」
「君と付き合ったわけではないからやめろ。」
立ち上がったマツブサの声の調子はいつも通りだ。
「両想いだろ。」
「イエスとは言ってない。」
「じゃあ、手は?」
「……勝手にしろ。」
そう言われたので、立ち上がってマツブサの手に指を絡める。
「じゃあ、飯でも食いに行くか!」
「それなら、離せ。」
今度はするりと手が離れていく。
横を見ると、耳まで真っ赤なマツブサ。
そのマツブサの逃げられた手ではなく、今度は手首を掴む。
「おい!引っ張るな!」
「いいじゃねぇかよ!」
そう言いながら、俺は昔二人で良く行った店に足を進めることにした。