吸血鬼ドラ氏の死にたくない一日 数日前から付き合いはじめたドラロナ。
怠さの残る体を起こし、ロナが食事の席に着くと目の前に出される素うどん。
「素うどん?」
「なんだ、手抜きとでも言いたいのかね?」
「いや、珍しいなって」
「…まぁ、リスクは最小限にしたくて」
「ふぅん…?」
それから食器の片付け、掃除、洗濯。会話も嫌味の応酬も普段通り。しかし、洗濯カゴを持って歩くドラの姿をソファーから眺めて、はたと気づく。
(遠い…)
わざとではないかもしれない。それでも効率がいい動線を考えると不自然な遠回りだった。
(俺に近づこうとしない)
あからさまではないが、自然でもないその行動が引っかかる。人を爆弾扱いしやがって。
「…………………」
どうせ大した理由なんてないだろう。何かの占いの結果が『ゴリラに近づかないように!』だったのかもしれない。誰がゴリラだ、ぶっ殺すぞ。
「それじゃ、私はシ"ョンとオー夕ムに行ってくるから」
「ヌー」
「あ、ああ、今日だったか」
「そうそう。次のクソゲー企画についてコ"ウくんとの打ち合わせ」
「死にまくって周りに迷惑かけんじゃねーぞ」
と、ロナはいつものように軽く言葉を投げたつもりだったが、身支度のために背中を向けていたドラの動きがピタリと止まる。
「死なない」
「………は」
聞こえた低い声が、誰のものか一瞬分からなくなる。ドラがゆっくり振り返り、口を開く。
「今日は、死ねない」
ドラの虹彩はほとんど点でしかないのに、その視線にまるで射抜かれたようにロナは二の句が継げなくなる。ドラの腕の中でワタワタと手をバタつかせるシ"ョンの可愛さで、少し緊張が解れた。
「っ…そうかよ」
ロナが一息ついて言葉を絞り出した時にはもう、ドラの纏っていた硬い空気は霧散していた。
「それじゃあ、行ってくるね」
「ヌッヌヌヌーヌ」
「…おう」
パタンと閉まったドアを見て、改めて息を深く吸い、そして長く吐く。緊張した?おれが?ト"ラ公に?
「馬鹿馬鹿しい」
そう小さく呟いて立ち上がる。今日はまだ依頼の予定はないから、少しでも原稿を進めなければ。
居住スペースから出て、事務所の机に着こうとしたところで、窓の方から車の止まる音がする。
「なんだ?」
気になってブラインドの隙間から下を覗くと、ちょうどドラが車に乗り込むのが見えた。
黄色い車体に、緑のランプのそれは──────
「あいつ、タクシーなんて使いやがって…!」
見慣れたそれはこの辺りをよく走っているもので、駅から徒歩7分の立地にあるこの事務所の住人には縁遠いものだ。あいつだって、いつもは駅まで歩くのに。
「…怪しい」
駅までの道のりでの死を避けるためにタクシーまで使うなんて。経費で落ちるにしてもワンメーターだ。タクシーの運転手さんの落胆の眼差しで死んだりしないのか?と疑問を抱くロナ。
俺に近づかなかったのは、いつ拳やら吸血鬼叩きやらの餌食になるか読めなかったからだろうな、と思う。
窓から離れて、ソファーに座る。仕事机に着いて執筆に勤しむ気にはなれなかった。
自分には言えないことなのか。こないだから付き合いはじめたばかりなのに。俺には何の信頼もないのか。
『今日は死にたくないから、殺さないでね』
そう言えば、俺だって殺さないように頑張るのに。
こ、恋人なんだから、言ってくれれば今日一日ずっと、守ってやるくらいしてやったのに。
「…………………ウッ…」
どうせ俺なんて頼りない恋人でしかないんだ。
そもそも頼りないなら恋人でいる資格もないのでは?
(………いや)
涙の滲んだ目を擦り、立ち上がる。
言わないあいつも悪いが、聞かなかった俺も悪い。
「帰ってきたら、聞こう」
噛み締めるように呟いて、自分自身に言い聞かせる。返答に怯えて何も聞かないまま傷つくのは無しだ。
ドラがオー夕ムから早く帰ってきて欲しいような、欲しくないような、そんな心持ちのまま夜は更けていった。
+ + + +
3時間ほどで帰ってきたドラだったが、ソファーの対角線上に座ってジッとしてる。その腕にはシ"ョンを抱えたままだ。
それとなく近くを通ろうとすると微かに肩が跳ねる。声をかけると後ずさる。とうとう、手を伸ばしたらシ"ョンを間に挟むまでに至った。
シ"ョンガードの発動で、ロナのケツイはバラバラに砕け散った。
「やっぱ、やめる」
「な、なにを?」
「付き合うの」
「なんでーーーー!!!???!」
って結局ドラはショックで死んだ。
すぐに元に戻って、涙をはらはらと落とすロナの肩を掴んで揺さぶるドラ。
「もう!死んでしまったじゃないか!!」
「で」
「え?」
「…っ…別れる?」
「別れませんけどーーーー!???!!」
「俺とセッして、やっぱダメだってなったのかと思った」
「違うーーー!!!」
「だって避けてたじゃんんんんん…」
「あ〜〜ごめんね〜〜!!ほら、するまえにオシ"イ様にもらった"47797-6"飲んだでしょ?私」
「なんだっけその数字」
「シナナクナール」
「ああ」
「失敗できないでしょ。で、君に吸い付かれても噛みつかれても、引っ掻かれても死ななかったでしょ?」
「うん」
「寝て起きて、洗面所で鏡を見たらすごくて。傷とか痣って痛みの副産物だから嫌なイメージしかなかったけど、君が付けたんだよな〜と思ったら愛おしくて、勿体無くて。消したくなかったんだよ」
デスリセットをここまで恨んだことはなかったね、と照れたように笑うドラを、ウ、ウワーーー‼︎って殴って砂にしたのち、ロナは呟く。
「べ、べつにこれからもつけてやるから」
「そ、そうか」
赤くなって黙る二人の間でシ"ョンがヌヒヒと笑った。
終!!!!!!!!!