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    datto_51

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    datto_51

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    ベータ版使ってみたかったので倉庫からマサマリ引っ張り出しました

    特別優待彼氏席 アンダーグラウンドなロケーション。シャッターの向こうを潜ればまるで飲み込むように続く暗がりに視界を奪われど、闇が深まるにつれ心は怖気付くどころか、この先に待つもの目当てに浮き足立っていた。
     切れかけたネオンが唯一の明かり。それらを目印に、ゴミやら箱やらでごちゃついた足場に十分気を付けてシャッター街の一本道を進むことしばらく。おどろおどろしい雰囲気さえある明かりが急にギラついた頃に突如現れるライブハウスがある。
     リーグ公認スタジアム。スパイクタウンのあくジム。

    「チケット拝見しまぁす」
    「ぁ……はい」

     色とりどりのストリートアートが覆う分厚い扉の前、ショッキングピンクに髪を染めた受付担当の女の人にスマホ画面を見せる。「あん……? 失礼しまぁす」とやたら間延びする声でスマホを奪われ、ついついとスマホを操作すること数秒。訝しげだった受付さんは目的の表示を見つけたのか、ニコリと微笑みブツを返してくれた。
    「お嬢のライヴ、おたのしみくださぁい」
     受付さんが手を振ると、扉の前を守っていたエール団の男性団員二人が分厚い防音扉をゆっくり開いた。

     瞬間、自分の足音しか響かなかった静けさを横殴りして蹴散らすような爆音がライブハウスから漏れ出た。

     まず、腹の底を揺るがすような低音。肌を泡立たせるギター。耳と頭を殴りつけてくるボーカル。正直音楽の詳しいことは分からないけど、こういうちょっと背徳的な危うい感じのアウトローな音色は嫌いじゃない。
     あぁそうだこのギャップ。こういうサプライズがしたいからジムを改装したって二人してドヤ顔してたんだった。
    「団長のライヴ始まってるんで早く入って入って」
    「ナックルからの苦情面倒なんであんま音漏らしたくないんですよ」
     扉を守る二人から背中を押されてレーザービームと轟音の海の中に放り込まれた。気遣ってくれてありがとうと一言お礼を言いたくて振り返ると、最高級の防音素材で覆われた鉄扉はもうぴったり閉まっていた。
     そうこうしている間にも音の暴力が容赦なく全身を揺さぶってくる。早く位置につけ、もう始まるぞ、お待ちかねの女王様がヒールを鳴らしてイラついてる。そんな感じの物騒な歌詞で観戦マナーだとか簡単なルール説明だとか、今回の対戦相手の紹介をするエール団団長の歌声は今日も絶好調だ。ビブラートの伸びがいい。
     団長の足元で刻まれるビートに観客は身体を揺らしてシンクロする。そうするとライブハウス全体が音が作った波に乗るように上下に揺れるのだ。本当に。
     こればっかりは大きなスタジアムじゃできない演出だ。あそこはせいぜい、ダイマックスでしか揺らすことの出来ない建築構造だから。観客の声援で空気は揺らせど、足場のしっかりした建物はびくともしない。

    「さて、と」

     キャップを目深に被り直して指定された席へ足早に向かう。ちょっとのんびりしすぎた、バレないタイミングで入場したいって言ったのはこっちなのに、このままだと一人だけ空気に染まってない余所者がいるって大注目されちゃう。
     観客席は後方。ジムリーダー側のコートが一望できる最後列。今はバトルコートのセンターで歌ってる人が、バトルフィールドの様子が見たいなら最前よりも最後列がいいと勧めてくれた席。
     に、着いたんだけど。

     ここ、ただの立見席では?

    「おや。君は?」
    「おいおい遅れちゃダメだぜ兄弟! ……って、見ない顔だな」

     立見席に戸惑っていると、既にちらほら立っていたサポーター数人から声を掛けられた。
     見ない顔? まずい。マスクはつけているけど鼻の当たりを引っ張りあげた。

    「フフン。もしかして新参か?」
    「マリィのやつ、また一人引っ掛けたのか……さすが俺の見込んだナオン」
    「ようこそここへ。踊ろうぜブラザー」

     何故か全員腕を組んでいる集団に次々と話しかけられた。暗闇に加えてギラギラのレーザービームで一人一人の顔はよく見えない。けど、全員むやみやたらに自信に満ち満ちた笑みを浮かべているのはわかった。
     そんな中、一番始めに声を掛けてくれたおじさんが一歩出てきて微笑みかける。

    「やぁ。はじめまして。君の名前は?」
    「えっ! あっ、えっと」
    「ん。や、ごめんよ。名乗るならこちらからだね。ワタシはパパおじさん」
     パパおじさん。
    「パパおじさん……?」
    「コードネームさ。ここでは本名は明かさずコードネームで呼び合うんだよ」
    「こ、コードネーム、ですか」
     パパおじさんの後ろにいる人達がうんうんと頷く。
    「あぁ。この立見席一帯は、『マリィの彼氏席』さ。ワタシたちは皆、マリィの活躍をここから見守る彼氏集団だよ」

     彼氏集団とは。

    「オレはモヒカン。見た通りだ!」「俺は革ジャン。よろしくニュービー」「ウチはスワロフスキー!」「僕は瓶底」「オイラ、タンクトップ!」「500mlペット」「漆黒のブラック」「サーキュレーター!」「眠れる大地と歌と七色の閃光……」
     多い、多い。どんどん出てくる。腕組みした色んな人がどんどん出てくる。この人たちみんなマリィの彼氏らしい。ジャンルの幅が広すぎる。
    「うん。これで全員だね。さぁ、君の名前、コードネームは?」

     名前、コードネームは。
     そんな、後方の列がこの人達のテリトリーだなんて全く知らなかったし考えてるわけない。もしかしてあの人、ここがそういう席だって分かっててわざわざここを指定したのか!
     まだ前説のライブが終わっていないステージを見る。不敵な笑みを浮かべてノリノリの団長はこちらの状況なんて知ったこっちゃない風にスタンドマイクを蹴り上げてパフォーマンスを繰り広げていた。
     お前はまだその席がお似合いだって意味だろうか。まぁ、実際ここがお似合いなんだろうけど。
    「ぼ…………僕は、……あー……」
     どうする。僕、ネーミングセンスなんてないぞ。いやセンスはいらないのか。皆さん自由につけてるみたいだし。考えすぎてとんでもない人いるけど。
     だったら。

    「び……ヴィクトル、です…………」
    「ヴィクトルくんだね! よろしく!」

    『待たせたなピーチクパーチク群れたココガラどもォ!! おれたちの女王! あくタイプの鬼才ッ、スパイクジムリーダーマリィの名前を叫んでみせろぉッ!!』

    「マリィ! マリィ! マリィ!」「うぉおおおーーーっ!! マリィーーー!!」「マリィちゃーーーん!!」「ぎゃああああああああああネズさんの生ココガラああああああ!!」「某、小鳥なので囀ります」「マリィ〜〜〜! ネズ〜〜〜〜!!」

    『女王様に楯突くのは誰だッ?! おまえらもう知ってるよな!!』

    「ユウリ! ユウリ! ユウリ!」「チャンピオーーーーーンッ!!」「ユウリちゃーーーーーん!!」「いやああああああああ今日もマントに着られてるかわいいいいいいい!!」「圧倒的アウェー……だが安心しろユウリ、俺だけは君の味方だ!!」「ばっっっかお前だけじゃねーだろ! 俺だって味方だ!!」「あたしだっているよぉーーー!!がんばれユウリーーー!!」

    『おいおいチャンピオン! 片方だけでいいのか? 片手で足りるマリィじゃないぜ! オニーチャンはどこいった!』
    『別件です』
    『ルンルンな正論サンキューチャンピオン!!』

    「別件じゃ仕方なーーーい!!」「ユウリちゃん緊張してるーーー!?」「いつかダブルバトルでエキシしてーーー!!」

    『ユウリ! 今日こそあんたから勝ちを奪っちゃる!』
    『わっ、わわ、わ私だって、まけっ、まっ、まけなっ、うぎゅう』
    『チャンピオン。無理に乗ろうとしなくていいですよ。ゆっくり、深呼吸なさい』

    「出たーー!! 深呼吸タイム!!」「待ってるからゆっくりでいいよぉーー!!」「むり、もうむり、スパイク兄妹とユウリちゃんの生交流拝めるとか、しぬ? きょうしんじゃう?」「生きて!! 息してぇ!」

    『いくよーーースパイクタウーーーーン!!』
    『──バトル、スタートッ!!』

     スパイクタウン独特の煽りが飛び交う中、熱狂のファンのテンションとは全く違うリアクションを貫いていたのが、最後列で立ち見をしている人達だった。
     声を荒らげることはない。しかし冷めているというわけではない。熱の篭った瞳でコートを見下ろし、満足気な笑みを湛え、頷き、腕を組んでマリィの彼氏ヅラをしているのだ。
     なるほど。ここが、「マリィの彼氏席」か……!
    「新人。ここのルールを分かっているようじゃないか」
     モヒカンさんが、バトルフィールドからは一切視線を逸らさず僕の肩を叩いた。
    「見守ろうぜ、オレたちで。マリィの「生き様」ってやつを……!」

     ===

    「レパルダスのねこだましの精度をあげてきましたね。全く予備動作がないです。いや、悟らせないようにしているだけで実際の動作はあるんですけど、トレーナーの死角をついて撃ち込んでくるので相当勘の鋭い相手じゃないとあれは回避不可能ですよ」
    「そうだな」
    「しかもタイミングが最良の一手です。バンバドロのカウンターを完全にいなす形でのねこだまし。あと一瞬でもズレがあればレパルダスは一撃で瀕死でしたね……普通、2倍に返されるダメージを10分の1どころかほぼゼロにまで抑える……カウンターのカウンター。これは、マリィかなり仕上げてきてますよ」
    「そ、そうなんだな」
    「モヒカンくん。マリィチームの分析が足りてないようだね。ワタシとバトルログ見るかい?」
    「見ます」
    「ユウリの目が変わった。ねこだましのトリックに気付きましたね、あの顔は。次は無いでしょう。彼女のバンバドロの特性はじきゅうりょくなので今までのブラフみだれひっかきで耐久が蓄積されている状態……ううん、メロメロを狙ってくるか、引き付けておいてわるだくみ、とんぼがえりで特攻交代か……」
    「ニュービー。ヴィクトル」
    「あ、はい」
    「君はマリィのこと好きかい? それともバトルの方が好きなのかい?」
    「マリィも、マリィのバトルも大好きです」
    「……そうか。ワタシもだよ。いやぁなんだか、嬉しいね。よろしく兄弟」
    「ん……? よ、よろしくお願いいたします……? あっ!! そこでくさむすび!? いつの間に仕込んで、……ッ! さっきのモルペコのタネマシンガンッ! 地面に落ちたタネをくさむすびに転用して……! ば、バンバドローーーーッ!!」
    「すげぇ新人が入ったな」
    「あぁ。期待の彼氏候補だ。これは負けてられないぜ」
    「──マリィの彼氏席も新たな時代に突入ですよ……!」

     チャンピオンユウリとあくジムリーダーマリィのエキシビションマッチは、マリィの新たなバトルスタイルの披露により大いに盛り上がった。
     そのスタイルのひとつひとつを即座に把握、理解し、的確な解説を挟むのが、マリィの彼氏席にぽっと現れた帽子を目深にかぶったマスクの新人であった。

     しかし、彼らは知らなかった。
     その新人がチャンピオンユウリの兄であり、現チャンピオンの片割れの「マサル」であることを。そして。

     つい先日、マリィの告白を受けてお試し期間として交際を始めた、本物の「彼氏」であることを。
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