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    nekonyanya82

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    nekonyanya82

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    オラシン。ファンタジーの世界ならSCPがいてもおかしくない!・・・ということで、シンカイちゃんと歌う雨音☔️

    美しい桃色の棘薔薇のような王と一緒に招いたお客人が、先刻から見当たらない。
    重厚な石壁に掘り抜かれた窓の向こうには厚い雲が重く立ち込め、ばらばらと大粒の雨を落としている。こんな天気の中、どこへ行ったというのか。オライオンは公務の合間に、綿毛のようにふわふわと漂っているであろうお客人を探して歩いた。この世ならざるものが見えているが故に不思議な空気を纏った男。音楽にばかり夢中で己を顧みないことがあることはよく知っていたので、この雨の中まさか外など出歩いていまいなと、窓から中庭を見下ろすと。
    「あんなところに・・・!」
    降り頻る雨の中、濡れて色を濃くした中庭の植物たちの中に、ぽつん、と真っ青な帽子や襟巻きが見えた。それらを纏った青年は、中庭で特に何をするでもなく立ち尽くしている。
    手には、シレーナから持ち込んだのか、海を漂う海月のような透き通った傘が握られていた。透明な傘は、リズムを取るように緩やかに揺れている。
    大切な客人に風邪でも引かれては困ると、オライオンは中庭へ向かうべく踵を返した。客人の世話なぞ使用人達に任せておけばいいという者も多い事だろう。だがこれは、オライオンにとってその客人がどれほど『特別』かを如実に表していた。

    廊下ですれ違った使用人から傘を借り、中庭に降りると、大きい雨粒が傘布を賑やかに鳴らした。短く刈った草を踏み分けながらゆらゆら揺れる背中に近寄る。
    「シンカイ」
    短く呼びかけると、透明な傘がくるりと振り向いた。オライオンの姿を視界に捉えると、猫のような目がやんわりと細められる。
    「オライオン様、どうしました」
    「それはこちらの台詞だな・・・。雨の中こんな所で何をしているんだ」
    雨の中庭に立っていることなど何も不思議でないようなシンカイにオライオンは苦笑する、何をしているんだと問われたシンカイは、耳を澄ませるように目を閉じた。
    「唄を、聞いています」
    「唄?」
    シンカイにならうように耳を澄ましてみたオライオンだったが、あいにく傘布を叩く雨滴の音が喧しく、音楽らしきものは聞こえない。首を捻るオライオンを見て、シンカイは小さく笑うと手招きをした。
    「・・・残念だか、私には聞こえないようだ」
    「こちらへいらっしゃっては?よく聞こえますよ」
    「・・・・・・」
    可愛らしい誘いに緩みそうになる口元を叱りつけ、辛うじて苦笑のような表情を取り繕う。一国の王とはいえ、やはり、想いを寄せる人間から同じ傘に入らないかと言われて、心が浮かれないはずがなかった。仕方ないな、というていを保ちながら、シンカイが迎え入れるようにすこし高く掲げた傘のしたに頭を滑り込ませた。使用人から拝借した無骨な傘は綺麗に畳んで手に持つ。
    シンカイはまた耳を澄ませるように目を閉じた。
    「聞こえますか?」
    「・・・・・・うん?」
    ぐっと近づいた体温とほのかな愛おしい香りに初めこそそわそわと落ち着かないオライオンだったが、不意に、囁くような音色が耳朶を打った様な気がして、目を丸くした。
    「聞こえましたか?」
    「これは・・・」
    優しく温かい、なのにどこか寂しげな旋律が、透明な傘布に反響するように静かに響いていた。複雑に重なり合う音色はピアノの音に酷似している。
    「これは、シンカイが鳴らしているのか?」
    オライオンがそう尋ねると、シンカイはふるふると首を振った。目を閉じたまま、演奏の邪魔をしないよう、囁くように答える。
    「いいえ。この傘が唄っているのですよ。雨が降り出したら、すぐに唄を聞かせてくれました」
    「雨・・・・・・」
    あれほどうるさくオライオンの傘を叩いていた雨滴の音は、ピアノの音に隠れて全く聞こえない。いや、紛れるというより、変わってしまったとでも言えば良いのだろうか。そう思わざるを得ないほど、美しい旋律が傘の中に響いていた。
    「・・・美しいな」
    「・・・えぇ、とっても」
    嬉しそうな、誇らしげにも聞こえる音色に、二人はしばし耳を傾ける。沈みゆく夕陽のような、穏やかな浅瀬の夜のようなその旋律は、背後の一粒の音を尾を引くように残して、やがて、終わった。
    あまりの澄み切った美しさは、思わずオライオンが小さく拍手を贈ってしまった程だった。
    ピアノの音が止むと、また、ばたばたと雨滴が傘を叩く音が戻ってくる。その沈黙は、何かを待っている様だった。

    ゆっくりと目を開けたシンカイは、傘をオライオンに差し出す。
    「すこし、この子をお願いできますか」
    「あぁ、構わない」
    手渡された傘を、シンカイの方に傾ける。
    シンカイはふわっと笑うと、常日頃から持ち歩いている真っ白な笛を取り出した。雨傘を見上げて、首を傾げる。
    「シレーナの唄は、ご存知ですか?私と演奏いたしましょう?」
    シンカイがそう提案すると、あれほど賑やかだった雨滴の音がするすると小さくなり、やがて、いつかシレーナの水路で聞いた曲が流れ出した。先ほどの曲よりも僅かに辿々しいその演奏は、シンカイの提案に健気に応えようとしめいるかの様だ。
    聴こえてきた故郷の曲に、シンカイはぱっと明るい顔をすると、笛をすぼめた唇に当てた。まもなくして、ピアノの旋律に重ねる様にして、聞き慣れた音色が流れ出す。
    だんだんと滑らかになっていくピアノの音に、そよ風の様な笛の音色が絡まっていく。透明な傘の下、シンカイは身体を揺らして故郷の唄を吹いた。
    歌う雨音に、未来の視える吟遊詩人。人の姿を借りた白銀の龍を見た後とはいえ、やはり世の中は不思議なものばかりだ。
    楽しそうにゆらゆら揺れる愛おしい演奏者に、透明な傘を傾けてやる。
    どうだ、楽しいだろう、傘よ。思い切り歌うと良い。きっと彼も喜ぶことだろう。

    雨が上がり、城に戻ると待ち構えていた使用人は呆れ顔だった。片方の肩だけ見事に濡らしてきた王にため息をつく。
    お部屋にお戻りください、すぐにお召し替えと湯をお持ちしますから、と背中を押されて自室に戻された。気を利かせてくれたのか、シンカイも同じ部屋に通されていた。
    分厚い木戸を閉じて、オライオンは濡れた外套を脱ぐと皺にならないよう掛けた。シンカイから帽子と襟巻きを預かると、同じように壁に掛けてやる。ぴたん、と染み込んだ雫が石の床に落ちた。
    「・・・不思議な傘だったな」
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